目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第96話


――街に戻って来て三日。


「や、やっとできた……!」


泥で手を汚したグレアは出来上がったものを掲げ見て、額の汗を拭った。とても美しく綺麗……とまでは言えないが、やっと使える形をしたすり鉢が完成したのだ。


「こっちも仕上がったぜ」

「こっちもだ」

「おう」


次々と仕上がりを口にする船員たち。彼らの手元には、綺麗に塗装し終えたものがあった。拙い陶芸を補強するためのものだと、先日筆と墨をサイモンが持ってきたのだ。「誰のモンが拙いって?」とキレかけたが、自分としても不安だったのでありがたく使わせてもらっている。手先の器用な船員がいてくれて助かっている。


「形は少しバラバラだが、この際文句は言わせねェ」


鍛冶屋に畑違いの仕事を押し付けたのだ。今更後悔されようが文句を言われる筋合いはない。出来上がった鉢を箱に入れ、船員の一人に店へと持って行かせた。

息を吐いて、勢いよく椅子に座る。熱い窯での作業は楽じゃないが、楽しい。ふと視線を下げれば、見るも無残な失敗作たちが転がっていた。


(ったく、無茶ぶりしやがって)

こっちは久々に鉄が打てると思って着いてきたっつーのに。

三日三晩、ほとんど寝ずに習得した焼き。火で溶かして打つのとは違い、じっくり焼いて終わる土器は勝手がわからなくて苦労した。

(火加減も時間もわかんねェしよ……)

何度焦がしたことか。作り方を書くなら火加減も時間も書いとけよな。なんでそこだけ空欄なんだ。


「グレア、これでいいか?」

「ああ」


とある船員の言葉に振り返る。数を熟すうちにどんどん綺麗になっていく器を複雑な心境で受け取り、グレアは窯の中に突っ込んだ。器を焼くにあたり、いろいろと改造させてもらった。文句はあの男に言ってくれ。

(……でもまあ、こいつらは俺のこと怖がらねぇし、やりやすいけどな)

船員たちはグレアに支持された通りに動いてくれている。年下だからとか、獣人だからとか、オオカミだから、とか。そんなくだらないことで差別しないし、怯えられることもない。それどころか、体も手もデカ過ぎてまともに轆轤も回せないグレアに大笑いしていたくらいだ。

(海賊ってのは、そんな奴らばっかなのか?)

豪胆というか、妙に肝が据わっているように思う。……自分が世間を知らないだけかもしれないが。


「後いくつ作ればいい?」

「あー、待ってくれ」


えーっと、とグレアは数を数える。足りない数を口にすれば、同時に扉が開かれた。サイモンだ。


「よ。元気にしてるか、グレア」

「うぜェ。帰れ」

「つれないなぁ」


口元を尖らせるサイモン。いい大人がよくやる……。

(結構本気でうざいな)

つーかいろいろ押し付けたくせに、呑気にここに来るなんて。


「チッ。肉くらい持って来いよな」

「グレア、君本当に俺に容赦ないな」


がっくりと肩を落とすサイモン。その表情に何とも言えない気持ちになる。

……こういう構ってくるところとか、そのくせ無理難題をぶん投げてくるところとか。凄く育ての親――ジョンに似ている気がして、グレアは落ち着かない。

(オヤジってのは、みんな“ああ”なのか?)

どうにもうまく流せなくて、困惑する。


「今度は干し肉でも持ってきてやるよ」と言われ、グレアは「絶対だからな」と念を押した。


「ところで、作業はどうだ? 進んでいるか?」

「見りゃわかんだろ。つーか、テメェはやることねーのかよ。毎日毎日……暇なのか?」

「失礼な。こう見えても教会大掃除したり、薬の材料を集めたり、大変なんだぞ」

「へー」

「興味なさそうだな」


サイモンが苦笑いを浮かべる。「聞いて来たのはそっちなのにな」とボヤくところは、同じオヤジでも似ていない。

(ガキかよ)


トントン。

ノック音が響く。扉の向こうに、何かの気配を感じる。

トントン。


「はーい」

「オイ、勝手に返事すんなっ!」


立ち上がるサイモンに声を荒げる。しかし「いいだろ。どうせ通すんだから」と強引に押し切られてしまった。ああもう、一応ここを任されているのは自分なのに――!


サイモンは止まらず、鍛冶場の扉に近づく。三回目のノック音が響いた。急かすようなノックに、さすがに怪しくなってくる。

(急いでるのか?)

なら声を掛ければいいのに。グレアは眉を寄せ、警戒心を引き上げた。


――瞬間、響く絶叫に、二人は駆けだした。


バンッ!


「「大丈夫か?!」」


破壊する勢いで扉を開ける。その先に見えたのは、白い巨大な柱。


「……え?」

「は?」


(な、なんだコレ)

なんでこんなものがこんなところに? というか、なんだコレ。いつできたんだ。

呆然と柱を見上げていれば、ふと足元から声が聞こえた。強面の船員が一人、座り込んでいる。手元には壊れたすり鉢が三つ転がっていた。「グ、グレアか」「? どうしたんすか。そんなところに座り込んで。何してるんすか」グレアが問えば、船員はいやいやと大きく首を振った。


「何って、そんなのちゃんと見ろよ! ほら!」

「?」


船員が慌てた様子で声を上げ、扉の反対側を指す。視線を向ければ、白い柱の正体がそこにあった。

(デッ……!?)

――でっけー、梟ッ!?


見上げるほど大きな巨体。能面のような白い顔は、どこかデジャヴを感じる。

クルクルと聞こえる声に先に反応したのは、サイモンだった。


「お、お前、もしかしてフクロウの森から来たのか?」

「クルルル」

「と、トトの奴――――ッッ!!」


バッと頭を抱えるサイモンに、びっくりする。

(うわっ、すげーでけー声)

サイモンのこんな声、初めて聞いた。戦っている時とも違う声は、鍛冶場に大きく響き、中にいた全員が振り返っていた。


「えっと……よくわかんねーけど、一旦落ち着けば?」

「うっ……グレアが優しくて怖い……」

「そのまま梟の餌にでもなってろ」


心配して損した。

とりあえず、敵じゃないならいい。

グレアは船員に手を差し出す。重ねられる手を引っ張り上げ、転がり落ちたすり鉢を拾う。船員が「あっ」と声を上げる。「それ、壊したから直してくれって言われて持ってきたんだ」「そうか」


「これはあっちに持って行ってくれ」

「了解」


船員は通りすがりにサイモンをちらりと見たが、何も言わずに走り去った。無視されたサイモンがショックを受けている。面白いな。


「笑うなよ」

「笑ってねーよ」


「それよりアレ、手紙じゃねーの?」とグレアが梟の足を指す。言葉を理解したのか、梟は自らの足を見せるように立ち上がった。

(立ち上がると余計にデカいな)

自分の三倍以上あるのではないだろうか。


「本当だ。よく気付いたな」

「あっちにあった飯の匂いがする」

「犬か」

「オオカミだッ!」


グルルル! 威嚇すれば、サイモンは「悪い悪い」と口にする。フンッと鼻を鳴らして視線を逸らせば、サイモンは梟の足音に向かった。

太い足に括り付けられているのは、手の平に収まるほどの小さなバッグ。中には手紙が一つと巾着が入っていた。「開けてくれないか」と言われ、中を見れば透明な球がコロコロと入っている。


「何だこれ?」

「ああ、水晶だな」


「トト、送ってくれたのか」とサイモンは呟く。

(これが、水晶……)


「……キレーだな」

「だろ? だから昔は結構アクセサリーとか、ブレスレットとかによく使われていたんだ」


「贈り物にも大人気! ってな」と笑うサイモン。

(そうだったのか)

知らなかった。


「で。この梟、どうすんだよ? ここに居られても困んだけど」

「ああ。爪を少しもらったら帰ってもらうよ」

「爪?」

「治療薬で使うんだよ」

「この梟の爪をかッ!?」


グレアは梟を見上げた。

(この化け物みたいな梟の爪を使うのか!?)

――大丈夫、なのか……?


ぼうっとこちらを見てくる梟に、グレアは頬が引き攣る。……何を考えているのか全く分からない。においも普通の梟と違うし、得体の知れない怖さを感じる。じっと目を合わせ、込み上げる恐怖に背中の気が逆立つ。

(う……)

苦手だ。この感じ。


「神の遣いだから、大丈夫だろ。むしろ逆にありがたいんじゃないか?」

「そういうもんか?」

「さあ?」


さあ、って。

グレアは頬を引き攣らせる。「……もう好きにしろ」「ああ。あ、ちょっとここ封鎖しててもいいか? 爪切ったら帰らせるから」「ハイハイ」

さっさと切って、さっさと帰ってくれ。


「あ、そうだ。グレア。終わったら武器のメンテナンス頼めるか?」

「! どれだッ!?」

「わかりやすいなぁ……」


うるさい。


「テメーはよく今回みたいに無茶振りするけど、見れる武器の種類が多いのは楽しいからな」


サイモンはいろいろな武器を使うから、メンテナンスする度に学びになっていい。


「まぁ、毎度刃こぼれ以外に『魔力回路の修正してくれ』とか『回路の変更しろ』とか言われて、テメーの頭何度噛み砕いてやろうかと思ったかわかんねーけどな」

「ワクワクしながらそれ言わないでくれ」


「本気でやり兼ねない……」と言われる。……半分は本気だ、なんて言ったらどうなるんだろうか。どうでもいいが、珍しい武器が見れなくなるのは困る。


グレアは何も言わないまま、踵を返した。「早く退けよ」と告げれば、「わかってる」とサイモンが笑う。どこからかハサミのようなものを取り出したサイモンは、梟の爪を切り始めた。……梟は思った以上に大人しかった。



――翌日。

似た梟が二羽訪ねて来た。二つの山に、さすがのグレアも威圧感を覚えた。


「クルルル」

「クルル」

「……」


じっと見つめてくる黒い眼に急かされ、グレアは大きく息を吐き出す。

その後は梟に急かされ、どこにいるかもわからないサイモンを一日かけて探させられた挙句、手が離せないとかで爪切りをさせられた時は、久しぶりに苛立ちに全身が獣化した。


「これじゃあ作業が進まねーじゃねーかッッ!!!!」

「グレアがキレたぞー!!」

「ほっとけー。いつものことだろー」

「牙しまえー」

「うるせェッ!!!」


早く鉄を打たせろ!! 鉄を!!



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?