手の中の瑞々しいプラムに、アリシアは指先で触れる。触ったらその色が指に移ってしまいそうなほど、鮮やかな色彩。生き生きとした力が、この中に丸くなって自分に寄り添っている。
「今日、
美しい果実。自然の生命力と人の営みが生み出す結晶だ。
(結晶……学院を卒業するための研究課題である
アリシアの言葉を受けて、ディーゴが「どうでしょう? 畑の様子の確認が終わったなら、プラムの試食をうちでやりませんか? 台所を使って頂いて、加工の試作をしてくださっても構いません」と申し出た。
「そうですわね。ではお言葉に甘えて移動して……」
言いかけて、アリシアは「あっ」とひらめく。
「料理についてなら、ぜひ意見を仰ぎたい方がおられますわ」
アリシアはにっこりと微笑み、一行に広場へ向かおうと提案するのだった。
「おやっさん!」
「お嬢様! お揃いでどうしました」
アリシアから屋台の店主へのフランクな呼びかけにキャスとディーゴは驚いた。アリシアも令嬢が使うべき語彙ではないようにも思うのが、店主のほうがこの呼称でなければ「そんな呼ばれ方、こそばゆくって返事できないねぇ」と応じなかったのだから仕方ない。
アリシアが嬉しそうに村の広場の屋台へと向かい、イヴの父親に話しかける。広場にはフォグの露店の店じまい前に買い物に来た客やベンチに腰かけてくつろぐ者、楽しそうに駆けっこして遊ぶ子供達がいた。
「お忙しいかしら? おやっさんの知恵をぜひお借りしたいの」
ディーゴが持っていた布袋に入れさせてもらったプラムを一つ取り出し、アリシアは事情を説明する。
「ふむふむ……するってぇと、生で売ってもいいし、料理に使ってもいいってことですね。とにかく都会の人間に売りつけられるものを作りたいと」
「ちょっと父さん、言い方、言い方!」
アリシアの話の途中から合流し、プラムを切り分けて面々にサーブしていたイヴが、父親のストレートな物言いを諫めた。プラムの甘さに舌鼓を打ちながら話していたアリシアが「でも、言いたいのはそういうことです。それくらいの熱量をもって、手に取ってほしい、買って頂きたいと思っています」と真剣な表情で言う。
「ただ、価値のないものの値段を吊り上げて売りさばくようなことはしたくありません。あくまでピオ村の産業に魅力を感じてもらって、このおいしさや感動を提供して、買ってもらいたいのです。それだけの品をぜひとも用意して」
「中央じゃ、プラムの旬が
「ですが、リスクと訴求シーンの限定が気になるのです。新鮮で追熟しきったプラムをその場で食べてもらうのが一番ですが、持ち帰って数日楽しむことは難しくなります。
もしすぐに話題にならず捌け切れなければ
「プラムの加工品ねぇ。うちならカスタードと一緒にタルトに仕込むけど、こいつを美味いって食べてもらえるのは焼きたてを売っての売り切れ御免だからなわけで……。よその集落とか、ましてや都に、この屋台やうちの窯を持ってくわけにゃいきませんしねぇ」
アリシアの熱弁と、客寄せで鳴らした屋台店主の声の大きさに、大通りや広場にいた村人がちらほらと集まってくる。元々屋台のそばにアリシア、リデル、レオ、ルーガ、キャス、ディーゴがいたのだから、多少の人だかりがあれば自然と注目されるものだ。
「あっ、お嬢様だ」
「今度は何だ何だ?」
「プラムだとよ」
「どうも、外へ商売しに出るらしい」
おもしろそうだと興味を持つ声もあれば、「えっ、まさかこれから冬支度をするって時にわざわざ?」と訝しげな目を向ける者もいる。
(村民の方々の心情を思えば、外貨獲得のために何かを売り出すにしても、わたくしが個人的に動くことが肝要なようね……。村人をこちらのプロジェクトにわざわざ割いたり、村で管理する備蓄などに手を付けることはできないわ)
外野の声を素知らぬ顔で拾いつつ、アリシアは屋台の店主と思案して言葉を重ねる。同席していたレオ達も試食と相談に加わって、議論は白熱していった。
「ふむ……日持ちのメリットを考えると、ドライフルーツもよさそうですが、いかんせん時間が必要ですからね」
レオが考えあぐねる表情を浮かべ、店主の彼も頷く。
「売り出すのが来年でいいならできそうですがね。でも、生の実も売りたいんでしょう? そんな悠長なことしてたら生ってる実が腐り落ちちまいます。加熱するのが手っ取り早い」