──「ろくじさんぎょー?」
──「えっとね、ピオ村で作物を作るだけじゃなくって、加工したり流通させたり、他のいろんなこともピオ村の人達でやっちゃうって感じかなぁ」
回想しつつ、アリシアは小さく拳を握ってガッツポーズと共に気合いを入れる。
(フラグ回収ばっちりだわ……! 村おこしプロジェクト案件……、これはぜひとも成功を収めたいっ!)
元の世界の優子は、いずれ商品開発の仕事にも携わりたいと願っていた。だがなかなかチャンスをものにできず、数回の悔しい思いを経験している。そんな経緯があっての今回のピオ村の立て直しだ。情熱を傾けないわけがなかった。
アリシアが決意を固めたところで、リデルとルーガが戻ってくる。
『ただいま!』
「とりあえず、食えそうな感じに熟したプラム、人数分よりちょっと多めくらいで摘んできたぜ」
『見て見て! おいしそうでしょー! まだまだたーくさん生ってたよ。ミツバチもいっぱい飛んでてね、お友達になっちゃった!』
一緒に行かせたリデルとルーガだが、ケンカでもして険悪なムードで帰ってきてもおかしくないかもしれないとアリシアは思っていたから、二人が楽しそうに戻ったのを見て少し意外だがよかったと思う。ルーガの両手に乗ったプラムの一つをリデルが指差した。
『ほら、この一番赤っぽいの! これ、ママに!』
「えっ、こっちの右端のほうが色が濃いぜ! あっ、いや、売りモンにするなら、この試食はひょっとして一番甘そうなやつじゃなくて、一番甘くなさそうなのを食べてみるほうが大事なんじゃねーか?」
『えぇ~、ママには甘いのあげたいー!』
(……この二人、精神年齢が結構近いのかもしれないわね……)
妖精と狼獣人の会話を聞きながら、アリシアはまるでリデルに兄弟ができたような感覚を覚えていた。そんなリデルとルーガにアドバイスをしたのはレオだ。
「ならば、リデルとルーガが見繕ってくれた中でも一番未熟に見えるものと、最も色付いたものをアリシア様にお渡しすれば、味のブレを確認しつつ甘さを楽しんで頂けるのではないか? 摘んでくる数に余裕を持たせておいてくれたのだろう?」
『それいいー!』
はしゃいで返事をするリデルに、キャスも「切り分けて、皆で確認することもできますよ」と微笑んだ。さっきライバル視した感覚がまだ残っているのか、リデルは少しだけ返事を渋る様子を見せたが、『……それもいいな』と返事をする。結局、アリシアに色形、艶などをチェックしてもらってから切り分けることで話は落ち着いた。
『はい、ママ! 一番おいしそうなの、これ!』
ご機嫌な表情で、リデルがアリシアに色付いたプラムを手渡す。小ぶりだが、鮮やかな赤紫色の表皮。手に取ると瑞々しく詰まった実と果汁の重さが伝わる。甘い甘い匂いがアリシアの鼻腔をくすぐった。
「リデル、ありがとう。とってもおいしそうだわ。いい香り」
アリシアにディーゴが「お嬢様、差し出がましくも少しご紹介させてください」と申し出る。
「皮にうっすらと粉を吹いたようになっているでしょう? これはブルームといって、天然のワックスです。雨から実を守ろうとしたり、乾燥を防ごうとしたりして、植物自身が分泌します。このブルームが付いているということは新鮮な証なのです」
「なるほど、そうなのね。新鮮さのバロメーターが可視化されているのは、生のくだものを取り扱う上でお客様にアピールするために重要そうだわ」
「この実は自然に生ったものですから多少傷が付いていたり小さかったりしますが、手をかけて剪定や摘果などの世話をすればより商品としての見た目も良くなると思います」
アリシアは頷き、「さすがです。ご教授、感謝いたします」とディーゴに礼を言った。
改めて、アリシアはまじまじと果実を眺める。ふと、キャスと出会ったきっかけとなった白スグリの実を思い出した。
「ねぇ、キャス」
「はい」
アリシアは、ピオ村に到着した最初の日に思いを馳せる。
「あの日、馬車酔いして気分の悪かったニナのために、わたくしはくだものを探していました。偶然出会ったあなたが、親切にも教会のフサスグリのことを教えてくれて、あまつさえ道案内まで引き受けてくれたわ。思えば初めて話したあのタイミングですでに、何て賢い子なのかしらとわたくしは感動していたのよ」
「きょ、恐縮です……!」
令嬢の言葉にキャスが顔を赤らめ、また少しだけリデルがむくれるような表情を見せた。隣にいたレオが「大丈夫」と小さく囁く。
「拗ねたい気持ちになるのは悪いことじゃない。ただ、アリシア様が誰を褒めようと、リデルのママなのは変わらないよ」
さらりとレオは妖精を肯定するが、リデルはそれ以上何も言わずそっぽを向いた。アリシアは言葉を続けている。その場で共にいる全員が、令嬢の話に聞き入った。
「慣れない土地で親切を受け、そして手にしたスグリの実の一粒ひとつぶはまるで宝石のようでした。本当に、そう思ったのです。実際、あのひと口によって、自分もニナもこの場所に迎えてもらう最初のきっかけをもらった気がしています」