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第14話 目指すは村おこし〈11〉

 アリシアの疑問に、キャスがすぐさま回答した。

「森にミツバチの巣があるから、きっと受粉しやすくてたくさん実が生るのだと思います。今は秋ですが、夏の名残のぶんがまだ多く実っていたはずです。木の剪定をしていないから、実の全部が全部は甘くないかもしれないですが」

「キャス、さすが!」

 アリシアがすかさず褒めると、リデルが『リ、リデルだって……!』といきなり対抗意識をあらわに空へと羽ばたいた。

『待ってて! そのプラム摘んでくるっ』

「えっ、あっ、リデル!」

 アリシアが止める間もなく、リデルは畑の向こうの森の入り口の方へ飛んでいく。一瞬追いかけようかと迷った令嬢だが、これはきっと止めに行こうにも追い付けないスピードだ。

「ルーガ! 頼めるかしら」

 アリシアが言うと、すぐさま「あいよ」と狼獣人はリデルの向かった方へと駆け出した。一陣の風が、ルーガの通ったルートをなぞるように吹き抜ける。ルーガの姿が見えなくなるのを見送ってから、レオが切り出した。

「プラムというのはなかなかいいかもしれませんね。両国の交易についてはおおよそを把握している私ですが、少なくとも昨年の輸出入の目録には掲載がなかったはずです。もちろん目録に載るのは一定量以上の届け出義務がある品目のみですから、少量の取引はあると思いますが」

 瑞夏ずいかの国・ワントであまり栽培されていないとなれば、夏の果実、プラムのロアラでの市場流通は相当少ないとみていいだろう。

(これは、結構なビジネスチャンスなのでは⁉)

 アリシアは、光明を得た気がした。その場にいるキャス、彼女の父親、そしてレオに考えを話してみる。

「世の中には、数え切れぬほどの種々の品々や技術があります。王都で人々の話題にのぼって注目を浴びたものに価値が付加される様子を、わたくし幼少の頃から目にしてまいりました。それは実際のところ、価値の有無によらず、大衆の耳目を集めるか否かによって変わることも少なくありません」

 優子の世界のボキャブラリーでいえば、バズるという現象だ。

「人々が欲すれば需要と価値が生まれ、そこに動線を準備できれば人と金銭は動きます。まぁ、言うはやすく行うはかたし、というわけですけれど」

 アリシアの言葉に、レオが「そうですね」と相槌を打つ。

「そういう意味では、ロアラの民、特に中央にお住まいの方々は夏の果実の魅力を知りつつ、地方の農村部ほど頻繁には口にできていないでしょうから、需要はあるでしょうね」

 ディーゴが「生のフルーツは、傷みやすいものがほとんどです。運搬できる範囲は限定的です。税として納める品は小麦が主流ですし、領主様のご指定があれば栽培するくらいで畑は小規模でしょう。たまたま豊作の年に余剰があっても、フォグさんのような行商の方が買い取って流通させるくらいが精々です」と意見を述べて、アリシアが「なるほど」と情報を頭の中で整理する。キャスが思案顔をしてから、「あの」と問いを発した。

「アリシア様、少し気になったのですが……王都の方々は、くだものは生でお召し上がりになりますか?」

 尋ねられたアリシアは「そうねぇ」と考える。

「生で食べられるならそのまま頂くけれど、お菓子やジャムの材料にすることも結構あるわね」

 令嬢の答えを聞き、キャスが少し黙って考え込んだ。その上で、再び「アリシア様」と呼びかける。

「本で読むと、貴族の方々のお食事は火が通っているものが多いと思うんです。煮込んでパンくずでとろみを付けたソースにしてパンに添えたり、パイの中身のフィリングにしたり。王都で夏の果実を売り出すなら、生の状態で食べてもらうのと、加工品を工夫して提供するのと、どちらが人気を博すのか気になるなと思いまして」

「まぁ……!」

 キャスの利発な意見にアリシアは感嘆し、「なんて聡明なのでしょう!」とべた褒めする。レオはちらりと、この場にリデルがいなくてよかった、きっとまたキャスと張り合ったに違いない、とアリシアに懐く妖精の不在を思った。アリシアはレオの憂慮にはまるで気付かず、一人、胸中で燃えていた。

(これ……ルーシィちゃんが言ってたことだよね⁉ 私が元々やりたかった仕事だぁあ~……!)

 ピオ村に来てすぐの頃、ルーシィが再び自分を導いてくれたセカンドチュートリアルのことをアリシアは思い出す。

 ──「元の世界で、あなたはどんなことを仕事にしていたかしら?」

 ──「食品メーカーの営業や事務ね。ネオフーズ、ってところ」

 ──「……っていうと?」

 ──「うーん、作った商品をデパートで取り扱ってもらったりとか、飲食店に売り込んだりとか……」

 ──「そう。そうやってあなたは生活を営んできた。あなたを取り巻く全部は繋がってるし、無意味なことなんてないの。元の世界での仕事も、このライゼリアで絶対関わってくるはずよ」

 ──「そういうものなのかしら……」「あっ」「つまり、これってひょっとして、このピオ村で六次産業的なことをやんなさい、ってこと⁉」

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