不思議そうなアリシアにキャスが解説する。
「畑の様子をね、何度も見に行くほうがいいって。そういうことなんだそうです。おまじないみたいでしょう?」
「なるほど、そういうことですか」
話を聞いて何度か頷くアリシアに、キャスが「おじいちゃんは、そういうおまじないとか畑でのセレモニーをいろいろ教えてくれました。お花がしおれだら休めている畑でお葬式をするんだよとか、姫菊が咲いた畑は羊の寝床にしなくちゃいけないとか。種を植えたり苗を移したりする前に灰を撒くことがあって、すごく楽しかったのを覚えてます。昔話の、花さかドワーフみたいでしょう?」と笑う。アリシアは、優子としての記憶のために、花さかじいさんパロディだ! と言いたくなる気持ちを抑えて、引き続きふむふむと頷いた。
「……その、灰というのは」
話に加わったのはレオだ。
「畑で、藁などを燃やして、その後の灰を土に鋤き込むということでしょうか?」
「はい、そうです。よくおじいちゃんは
このおまじない……、レオさんもご存知なんですか?」
レオが「素晴らしい知恵ですよ。魔法学的にも、非常に理にかなっています」と微笑む。
「
「へえ!」
キャスは話に興味を惹かれ、ディーゴは自分の亡父が褒められているような嬉しさを覚えて笑みを浮かべた。
「そうか……。親父が幼い娘に話を合わせているものだとばかり考えていましたが、この子がさっき話していたお花の葬式や羊の寝床というのも、土を豊かにするための昔ながらの工夫だったのでしょうね。確かに、菊は痩せた土地を好んで咲く種類がいくつかありますから」
それを聞いて、アリシアはこれまでこの畑に立ってきた幾人もの村人達を思わず想像した。その手で土に触れ、作物の声を聞き、恵みを受け取って次の世代へ伝えてきた者達。
レオは周囲の畑を見回し、心地よい光を浴びながら言う。
「休耕地ではすぐ土壌改良に着手できますが、今、すでに作物を育てている畑はそれらを引っこ抜くわけにもいきません。全ての土が良質な状態に変わるまでには時間がかかると思います。ですが、大切な畑です、根気よくやっていきましょう。拙速に事を運べば、それこそワントの実験農園の二の舞になりかねませんから。
そうだ、村の住民の中で魔法の心得のある方を探して、その人達が祈りを捧げた火を点けるのもよさそうです。火の
一旦話が一区切りついて、アリシアが「なかなかに長期の計画となりそうですね。となれば、それとは別に、目先の改善策や商売に関する案も打ち出したいところですわ」と思案する。
考え込む令嬢の向かいで、キャスの父親が口を開いた。
「あの、さっき娘が言っていた親父のおまじないですが……記憶にあるものをいろいろ思い出してみたんです。で、ドワーフが分け前を欲しがる畑にはプラムを植えてみろ、という言葉がありまして……」
「それって……作物がうまく育たない土地に向いている、という意味でしょうか?」
「はい、おそらく」
ディーゴの答えを聞いたアリシアの顔に喜色が浮かぶ。大いにヒントになりそうな情報だ。
「プラムかぁ。最近とんと見かけねぇなぁ。ガキの頃はそこらに
ルーガが、転がっていた石を器用に足で蹴り上げて遊びながら返事する。
『プラム! リデルも好き!』
アリシアも「わたくしもよ」と頷いた。王都のポーレット家の邸宅の庭には、アリシアが生まれた時の記念にプラムのバースデーツリーが二本植わっている。ロアラの短い夏に生るその実は、酸味のある甘さと清涼な風味が魅力でアリシアのお気に入りだった。
「あら、プラムは夏のくだものですから、ワントの方はよくお召し上がりになるのでは?」
アリシアが尋ねると、レオが「近年はあまりに気温が上がっていまして」と説明する。
「熟した実が収穫を待たずに弱ってしまうんです。いわゆる高温障害というやつですね。皮もシワシワによれてしまって、なかなかいい値が付かず、そのために最近ではあまり作られなくなりました。確かにプラムを植えるのは良い案ですね」
大人に交じって、「プラムなら、森の近くに何種類かまとめて生えています。前まで管理していたおばあさんが、足を悪くしてから放っていた元果樹園なんです」とキャスも情報を共有する。
「そんなことが……。でもどうして、この畑の一帯ではなく、森の近くに果樹園を作ったのでしょう? 世話に行くのも大変でしょうに」