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第14話 目指すは村おこし〈9〉


 挨拶を終えて、アリシアがレオを紹介する。

「今日はまず、マンジュ卿から説明と対策をお伺いします。マンジュ卿はワントの出身で、現在はロアラでの貴族の地位を受けておられます」

 令嬢が「あのっ、話せる範囲でもちろん構いませんので!」と小声で付け足し、レオは苦笑する。アリシアがレオに間近で話しかけるたび、若い獅子はほのかな恋慕を抱いているのだが、彼女はまだそれを察してはいなかった。頼られる嬉しさを感じつつ、レオは頷く。

「大丈夫ですよ、別に秘匿されている情報を漏らすわけではありません。私はその件の関係者でも責任者でもありませんから、そんな自分でも把握できている範囲ということで」

 軽いジョークめいた受け答えの後、ワントが模索していた魔法を利用しての土壌改良についてレオは話し始めた。

「数年前のことです。ワントで、魔法を使った農業の研究が始まりました。品種の改良、可食部の肥大、病気の根絶などいくつかの研究がありましたが、このピオ村の近くで行われていたのが土の研究でした。ご存知の通り、ワントは夏の国です。冬にあたる季節がないわけではありませんが、気温が下がるのがせいぜいで、年間を通してほぼずっと夏の気温の中で暮らしています。干ばつなどの天災も少なくありませんし、極端な大雨が降って川が溢れてしまうケースも増えました」

 レオはちらりとルーガを見て、「彼は、今はピオ村のために尽くしてくれると誓約を立てた身ですが」と断りを入れる。

「安定しない気候や作物の不作は、国民生活を脅かします。まともに食べていけない状態では、治安も悪くなる。先日、ピオ村を乗っ取ろうと暗躍した者達がいたのは周知の通りです。逃亡した主犯は食い扶持のない若者を募って、自分達が豊かな暮らしをできるコミュニティを作ろうとそそのかしていました。いずれ、そこに家族を呼び寄せることも踏まえてです」

 アリシアは、先日取り逃がしたハイエナ型獣人のアナヒェを思う。彼は今、どこにいるのだろうか。

 レオが「その土にまつわる魔法の具体的な内容ですが……」と、足元の土を軽く掘り返して手に取った。

「メインは土の基素エーテルと水の基素エーテルのバランスですね。厳密には他の基素エーテルも関わってくるのですが。作物ごとに理想的な土中の基素エーテルの状態を整え、例えば気温が高くても枯れにくくするとか、少ない水量を畑の中で循環させるとか、成長をはやめるとか……」

「すごい。そんな難しそうなことが魔法でできるなんて……」

 思わず感嘆の声を漏らしたキャスに、レオが頷く。

「ロアラよりもワントは魔法に頼る比重が大きいのです。

 でも、今、キャスさんがおっしゃった通り、自然を魔法でコントロールするのは容易ではありません。かなりコストがかかり、試算の結果、計画は頓挫したようです。調整管理しようとしたその弊害も起こりました」

 ここまで話して、レオが「ルーガ、この畑の基素エーテルはどうだろう?」と話を振った。集まった面々の興味と関心が一気に向けられて、ルーガはほんのちょっぴり恥ずかしそうに頭を掻く。「んー……」と小さく声を漏らしながら、布靴のつま先で土をざくざくと掘り返した。

「少ねぇな。土の基素エーテルが少なすぎる。畑じゃなくて、大水にやられた後の汚れた川辺みたいだ。あと、多分、金属の基素エーテルがやたら多い」

「そんなことが分かるのですか……!」

 アリシアの素直な驚きに、ルーガが「狼獣人は、土の基素エーテルを地面から拝借して走るんだ。特に逃げ足の魔法はお家芸だし」と、やや照れくさそうに説明を加えた。アリシアは、ルーガが自分をさらった時、鮮やかに逃げおおせたことを思い出す。レオが「ありがとう、ルーガ」と話を引き取った。

「弊害、と話したのはこれです。ワントの実験農園が畑の中の基素エーテル構成をコントロールしようとしたことによって、周辺の土地から特定の基素エーテルを奪ってしまったり、逆に不要な種類の基素エーテルを周囲へ排出することになりました。その余波が、今なおピオ村の畑では尾を引いているのだと思われます。それが近年の原因不明の不作の要因でしょう」

 ディーゴが「そんなことがあったとは……」と驚いた表情を見せる。それは敵意や非難ではなく、単純な驚嘆だった。

「魔法を農業に生かすなんて、私共はそんなアイデア、思い付きもしませんでした」

 それを聞いて、アリシアが「ロアラの国全体の傾向かもしれませんが、あまり魔法を多用しない気がしますわね」と、口元に指先を当てて考える仕草を見せる。

 考えてみれば、取り組もうと思えば花を早く咲かせたり、散らないように咲かせ続けたり、そういうことも魔法でできそうなものなのに、ロアラの民の性格からすると咲くのを今か今かと楽しみに待ったり、散ってしまう儚さも含めて花の佇まいを愛でているような気がする。

 キャスの父親も腕組みをして考え込んだ。

「そういう新しい試みはあまりやれていないんですよ。昔ながらの方法を代々続けているだけで」

「あら、知や経験を先代から受け継ぎ伝えてゆくのも大切なことですわ」

 フォローするアリシアに、ディーゴが「私が仕事を覚えたのは、主に亡くなった親父からです」と振り返った。

「麦には人の足音を聞かせなきゃならん、というのが親父の口癖でしてね」

「足音?」

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