「お、お気遣い感謝しますわ!」
今さらのように気取って礼を言うアリシアの様子を、アルゴは快活に笑った。
「はっはっは! その通りだよ。おもしろい人だなぁ、アンタ」
ルーガは何となく、アリシアとアルゴが一気に打ち解け合ったようなこの会話をレオが聞いていたら余計な心配をするのだろうなと他人事で考えていた。そして、ついつい自分も引き合いに出して考えてしまう。自分は都市の行事になんて興味はないし、王子達なんてどうでもいいし、小難しい木の呼び方なんて知るよしもない。蚊帳の外に置かれたような、わずかな疎外感がある。
そうこうしているうちにアルゴは店先を離れていた。
「ルーガ!」
アリシアが朗らかなトーンで名前を口にして、そんな風に自分を呼ばれるとは思っていなかったルーガは一拍遅れて「ん?」と反応した。
「ロアラでも、ちゃんと売れましたわね!」
にっこりと笑顔を浮かべて、アリシアが礼を言う。
「ルーガがピオ村まで戻って、新たな追熟用のプラムを運んでくれたからですわ。しかもかなり重量があったでしょうに、新たにおやっさんが仕込んでくれた蜂蜜ジャムも追加してくださって……本当にありがとう。このロアラで店を出せたのは多くの方のご協力のお陰ですけれど、間違いなくあなたも立役者の一人ですわ」
ルーガは、自分に向けられるとは思っていなかった言葉の連続を頭の中でどう処理すればいいのか混乱してしまう。こういうところだ。こういうところが、この令嬢は素直すぎて危なっかしいのだ。
「……そういうことは、レオの旦那に言ってやれよ」
「え? 今、何と?」
ぼそぼそとつぶやいた意趣返しは、小さすぎてアリシアには届かない。ルーガは、「せいぜいお役に立たせて頂きますよ」とどこか楽しげに皮肉っぽい口をきくのだった。
アレチ座の人気はさすがで、チケットブースに劇団員スタッフが詰める時刻を迎えるとちらほらとアリシア達の店にも客が訪れるようになった。
「ニナ。あなたとルーガに、少し店を任せても構わないかしら?」
アリシアが尋ねると、側付きメイドは「はい、もちろんです!」と答える。
「ありがとう。学院の卒業要件の研究のために、王立図書館で文献を確認したいの。ステージにジェイド様やケイル様がお越しになるまでには戻るわ」
『リデルも行くーっ! あ、いえ、行きますわっ』
微笑ましいリデルの様子にニナは笑顔を浮かべ、「かしこまりました」と返事をして令嬢を見送った。
王立図書館は、時計塔からそう遠くない。王城都市ロアラの中心は、広場と図書館と庭園だ。何本か交わる大通りを抜けて行く時、アリシアは見知った顔に気が付いた。
「キャス……じゃなくて、ルーク!」
ピオ村で親しくなった少女とそっくりの少年。二人は双子なのだから当然だ。アリシアは、昔馴染みの少年に手を振った。ルークのほうも、すぐアリシアに気付いたらしく、駆け寄ってくる。
「アリ……! お前、最近どうしてた!? 噂になって以来見かけなかったから……」
往来で名前を呼ぶのはよくないと、アリシアがハンカチをスカーフとして顔周りに巻いている様子から察したようで、ルークはアリシアの名前を呼びかけてやめにした。声も、心持ちひそめている。
「あらお生憎。ぴんぴんしてますわ!」
『そうよ! ママはずーっと元気ですもの! 失礼しちゃいますわ!』
いつも通りのアリシアの様子にほっとしつつ、ルークは小さな妖精の姿に驚いて何度もまばたきを繰り返した。
「えっ、よ、妖精!? 人形じゃないよな……?」
辺境の荘園に身を寄せていたのだとルークにかいつまんで事情を説明し、その荘園で出会った妖精なのだとアリシアはリデルを紹介した。
「本当に妖精なんだ……」
『ええ! 偽物なんかじゃなくってよ』
リデルの言葉に、「なんだか、小さい頃のお前みたいだな……」とルークが印象を述べる。
『えーっ、ママとリデル似てる!? 嬉しー! あっ、嬉しいですわ!』
「……ママ?」
訝しげな顔をするルークに「深く考えないで。多分、鳥の刷り込みみたいなものよ」とアリシアが言い添えた。ルークは、まじまじとアリシアを見つめる。
「でもよかった。これでも、その、心配はしてたんだ。いろんな人があることないことを……お前のことも、マンジュ卿のことも、好き勝手に言っていたのに、僕は何もできなかったから──」
ルークの視線は、大通りの石畳に落ちている。どうにもばつが悪いらしい。
「あら、そんなこと。気にする必要ありませんわ!」
はつらつと言い切るアリシアに、思わずルークが食ってかかった。
「そんなとはなんだ! もしものことがあったらと……」
「ありがとう、ルーク。
うーん、あなた方には本当にお世話になりっぱなしね」
思わずピオ村でのキャスのことも連想しながらアリシアは礼を言ってしまい、ルークに首をひねらせてしまう。
「あなた方……?」
リデルが『あー、それはキャスが……』と言いかけた口元をサッと押さえて、これ以上の迂闊な発言を押しとどめた。
「ほほほ……。もしもそれが運命の思し召しなら、きっといつかあなたに伝わるはずだわ」
「何だよ、もったいぶるなぁ」