ルークは不満そうだが、これに関しては勝手に口を滑らせるわけにはいかない。アリシアは、茶化すことのない眼差しで少年を見つめる。
「ごめんなさい。もしその時が来てあなたから核心を尋ねられたら、ちゃんと包み隠さず答えるわ。今のわたくしが感じている感謝を」
ゲームをプレイしていた時とは、明らかに異なる思いがアリシアの中に湧き起こっていた。ゲームの攻略対象キャラに抱く感情とはちょっと違う気がする。幼少からの数少ない友人で、自分とレオを心配してくれていた優しいルーク。彼がこれからの人生をどう歩んでいくのか、見守っていたい。今一緒に暮らしていない双子の妹について、もしもルークが知ることになるなら、その時には誰も傷付いてほしくはない。
「感謝ぁ? 白々しい」
『もうー! 言い方!』
憎まれ口も、きっと彼の幼さゆえの不器用さだ。リデルが都度都度指摘するのがまた可愛らしいとアリシアは思う。
「ルーク。あなたがどう言おうと、わたくしはあなた方の優しさに救われていますわ」
素直な言葉は真っ直ぐにルークに刺さったようで、「だから、それ、あなた方ってどういう意味だよ……!」と彼は零す。ふいと令嬢に背を向けた少年はそこそこ頬を染めていたのだが、「じゃあまた! ちょっと急いでいますの!」と声をかけるアリシアが気付くことはなかった。
ルークと別れて王立図書館へ向かったアリとリデルは、木漏れ日の中にいた。
『こんな木が、中にあるなんて……』
リデルが驚くのももっともだ。王立図書館の中央には巨木が植わっている。屋根は可動式だ。今は大きく開き、青空のもとで太陽の光が図書館の中に注いでいる。アリシアは、ひそひそ声で連れの妖精に解説する。
「不思議でしょう? これは魔法の効果で、セントラルツリーの
アリシアは以前リアムから受け取った参考文献のリストを取り出し、窓口の司書に相談した。指定の論文資料はもちろん、
(うぅ……プロフェッショナル! 司書さんのリファレンス能力に感謝だわ……!)
積み上げた本を急いで読み進め、必要な箇所を確認してリサーチする隣で、リデルは絵本を何冊か広げている。アリシアはしばし文献調査に没頭し、一段落したところで凝り固まっていた体をほぐして伸びをした。
「あら?」
アリシアが目を留めたのは、リデルが読んでいた絵本だ。
「その絵本、わたくしも小さい頃お気に入りでしたわ
『この絵、とっても可愛らしくて素敵ですわ』
ニナ達が言う通り、本当に自分達の言葉遣いが似てきていて、思わず二人で声をひそめて笑い合う。何て満ち足りた時間なのだろう。
(わたくしが木の
いつまでもここで過ごしていられそうだ。だが、この後の品評会の表彰式にジェイドとケイルが登場することや、アレチ座の
「ただいま!」とアリシアが芝居小屋横のブースに戻ったとき、まだ芝居の観客はそこまで集まっておらずニナと話せる余裕があった。
「いかがでしたか? アリシア様」
「ありがとう。時間を作れて本当によかったわ!」
「ちょっと聞いてくれる?」と前置きして、アリシアは今日の成果について語る。
「
「ふーむ。かなり難関な課題なのですね……。
ふふ、物語のタイトルを見ていると、確かに主人公が大活躍するストーリーがずらりと並んでいますね!」
「そうね……これがいわゆる、物語の主人公
ニナはちょっと言葉の意味がよく分からないと思ったが、アリシアが納得している風なのでよしとする。アリシアは、以前聞かせてもらった、マンジュ家の魔法に関する心構えの話を思い出す。
(真の共生や調和が為されるとき、全ての
「そういえば」とニナが話を切り出した。
「気になっていたのですが、ポーレットのお家には顔を出さずでよろしいのですか?」
「そうね、今のところは。
商品の販路を広げるために尽力します、との報告はしています。お父様に知らせたら、きっとこんな風に自分で動くことは難しくなるでしょうから」