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第17話 帰れ王都へ〈終〉

 話していたアリシアとニナに「おーい」とルーガが声をかける。

「距離があるから、俺の耳もそこまで正確に聞き取れるわけじゃねぇけどよ。あっちのステージ近くに、例の王子様達が到着してるみたいだぜ」

「ルーガ! ありがとう!」

 アリシアが「行ってくるわね!」とニナに告げ、そばにいたリデルも『ママ! 私も行く!』と追いかける。さっきよりも人が増えている広場や往来を進むのは思ったより時間がかかり、ステージへなかなか近付けない。そうこうするうちに、王子達の挨拶が始まった。

(ジェイド! ケイル!)

 遠目に見える兄弟王子の顔。何だか随分久しぶりに思える。婚約破棄に至ったあの晩餐会が、遠い過去のようだ。

(ケイルの顔色……あまり良くないみたい……)

 ルーシィが話していた、ケイルが狙われているみたいだという言葉がアリシアの頭の中でよみがえる。

(本当にケイルが狙われて、邪の影響を受けているのだとしたら、一体どうすれば……)

 その瞬間だった。リデルが怯えて『ママっ!』と短く叫んだ。アナヒェの気配を感じ取った妖精は、アリシアにしがみついて『あいつ! どこかにいる!』と警鐘を鳴らす。アリシアは周囲を確認するが、群衆の中、アナヒェらしき人物は見つけられなかった。

『何で? こないだは、ここまで怖い感じなんてなかったのに……!』

 怖がるリデルに優しく手を添えて人混みの中で守りながら、アリシアはステージのほうへ近付いていく。ジェイドとケイルは代わる代わるに挨拶を終えて、ステージ上に用意された席に座ろうと歩き始めたところだった。

「あっ」

 観衆達がざわめいて、反射的にアリシアはステージに視線を向けた。さっきまで連れ立って歩いていた王子達だが、今はジェイドがステージに座り込んだようになっている。まさか倒れたのだろうか、とアリシアは血の気が引く。

「おいっ、今、ケイル王子が押さなかったか?」

「ジェイド王子が一人で滑って転んだんだろ」

「今日は晴れだぞ。濡れてるわけでもないだろうに、足を滑らせるかよ」

 群衆はそれぞれの意見を口にして喧々囂々けんけんごうごうの有様となり、収集がつかない。

(何だか、すごく嫌な雰囲気だわ……!)

 アレチ座の劇団メンバーも、王都は兄派と弟派に割れているという噂について話をしていたが、それがあながち大げさな誇張とも思えないくらいだ。

 アリシアは、アナヒェも王子達をどこかから見ているのだろうかと再び探そうとするが、なかなか怪しい人物は見当たらない。

(どこにいるのか分からないけれど、ジェイドとケイルへの接触は止めなくては!)

 決意を新たにアリシアはさらにステージへ寄り、「ジェイド王子!」「ケイル王子!」と声を張り上げた。思い切ってステージに近付いて声をかけると、予想通りステージの周囲で任務に当たっていた警護の近衛兵達が反応する。

「貴様!」

「下がれ!」

(さーすが王子付きの優秀な近衛兵!)

 その中に知った顔を見つけて、アリシアはさらに叫んだ。

「エイダン!」

「おわっ、ポーレット嬢!?」

 驚いた表情のエイダンに、「お願い! ケイル王子をお守りして!」と檄を飛ばした。混乱する兵や群衆。その中からついにリデルが『ママ! あいつ!』と一人の女性を指差した。金髪でロングヘアの、どこかエキゾチックな雰囲気の女性だ。アリシアは自分の目を疑った。最後に目撃したアナヒェの姿とは、似ても似つかない。人波をかき分けて、何とか近付こうとする。

「アナヒェ! あなたなの!?」

 声を限りに呼びかけると、少しまだ距離はあるのに、相手の舌打ちがはっきりとアリシアの耳に届いた。そして、嬉しそうな語りかけも。

「残念だったねぇ。お前の愛する王子様は、もう私達の人形も同然だよ」

 当てつけっぽい言い方が、さらにアリシアの心をざわつかせた。

「そうとも! 綺麗な綺麗な水はもうドブみたいに濁っちまった! ちょいと予定よりも早いが、我慢することないよ、やっちまいな! 次の王なんて要らない! 全部ぶっ潰せばいいんだよ、この国ごとね!」

 王子に向かっての叫びは、さながら呪詛だ。黒々として見える基素エーテルがアナヒェから放たれ、中空にほとばしったかと思えばそのままステージに向かっていく。

 理解が追い付かない中だが、兄王子推しを標榜する優子としては、アナヒェの言葉の端々が気になる。水の基素エーテルと相性がいいのはケイルだ。そして、次の王を継ぐ第一継承権を持つ立場にあるのはジェイドだ。つまり……。

(まさか……まさか、ジェイドに危害を⁉)

 アリシアが最悪の想像とともに、ステージにいる王子達の方を見る。近衛兵達がステージ脇で警戒する中、表彰が始まらんとするところだ。

(あれは何なの!? 分からない! でも、何とかしなくては!)

 信じられないほど禍々しい基素エーテルがステージ上へ流れ込んでいく様子を感じ取って、アリシアは恐ろしさで気が遠くなりそうだった。

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