狭山君からの連絡で、私は術式の専門家の峰家に連絡を取り、呪いの文言が書き込まれた和紙の分析を頼んだ。
取り扱い注意の品だったので自分で峰家まで持っていき、二日経った今、私の事務所まで来てくれた峰家の若頭、峰朝日君から報告を聞いている。
「祖母は後で詳しく解説文書を送るとのことですが、非常に優れた技術の呪いだったということです。術者の力でなく、怨霊の力を使って怨霊の自己否定を誘発する術式だったということで、一ヶ月かそこらなら少し心細いで済んだかもしれませんが、これが十年単位だと怨霊の意思や人格に影響が及んだとのことです。もし怨霊を封じる時にこの術式が一緒に付与されていれば、二百年で怨霊の意思は壊滅的に破壊されていただろうとも言っていました」
「ありがとう。術者本人の〈そういう〉素質由来の力は、全く使ってない術式だったのね?」
私は肝心なことを聞いた。技術的にも知識的にも卓越していて、けれど本人の〈そういう〉素質が心もとない人間に、一人心当たりがあるのだ。
朝日君はうなずいた。
「そうですね。ちょっとやそっとの素質では、あの怨霊をどうこうはできませんし。あるいは、〈そういう〉素質はすべて隠密に使っていたのかも知れません」
今回の呪いは、千歳ちゃんが、千歳ちゃんレベルの怨霊が気づかないうちに行われた。隠密のレベルが半端ないのだ。
「なるほど……ありがとう」
本人のそういう素質はごく薄く、そして、未だに見つかっていない人間。隠密に優れている可能性が高い人間。故人ではあるけれど、霊として存在していることは確定している人間に、一人心当たりがある。
和束ハル。
前々から「いるはずなのに見つからない」って上に報告あげてるんだけどなー! 生前の素質が薄かった人のことだから、全然重要視してもらえないんだよなー! 別に探すなとは言われてないから私が探せばいいんだけど、日々の業務をこなすので精一杯だしなー、正直!
とは言え、私が和束ハルを疑っていると広めておくことは後々につながると思うので、私は朝日君に、和束ハルのプロフィールと、疑っている理由を告げた。
朝日君は、秀麗な眉を寄せて少し考え込んだ。絶対金谷安吉さんが甘くする顔面偏差値よね、この青年は。
「まあ、確かに、能力的にはその人がやったとしてもおかしくありませんが……霊的な存在としても薄いのでしたら、隠密にもコストがかかりませんし」
「絶対その人とまでは言わないけど、疑いは捨てたくないのよね」
私はため息を付いた。時間作って、できる範囲で和束ハルのことは調べておこう。
「今回このことを見抜いた、狭山誉さんでしたっけ、その人は今後も怨霊に関わりますか?」
「うん、金谷千歳とも和泉豊とも親しいし、何より金谷家に婿入り予定だし。金谷千歳が何か異常ある時、多分一番に見てもらう人になるかな」
「そうでしたね、金谷家に入るんでしたね」
朝日君があまり賛成でなさそうな雰囲気を感じて、私は言い添えた。
「まあ、狭山君はこの業界に入って三年経ってないくらいだし、知識不足な人間なのは事実だけど。霊の状態を見抜く目はピカイチだからさ。そのうち峰家の誰かのところに研修に行かせて、術式方面の知識不足もなんとかしていくから、よろしく」
「…………。はい」
朝日くんは言いよどむようだったが、うなずいた。
うーん、朝日君、生まれた時からこの業界のエース期待されてて、実際にその責務を全うできてる子だから、後天的に素質得て、その素質がとんでもない人間、あんまり面白くないんだろうな……適宜フォローしていかなきゃな……。
あーあ、難しいなあ、人間関係の調整って。