朝ごはんを食べ終わった千歳(幼児のすがた)が、いつものようにすぐ食器を下げず、なんだか思案している。
『うーん、気のせいかと思ってたけど、やっぱり気のせいじゃない……』
「ん? どうした?」
聞いてみたら、千歳は『えっとな』と言葉を続けた
『あのな、今気づいたんだけど、ワシ念込めると腹減るみたいだ』
「え、そうなの?」
お腹すくのは当たり前では? と一瞬思ったが、そう言えば千歳にとって食事は必須ではない。よくお菓子を喜んで食べているから忘れがちだが、そういえば、千歳がお腹すいたっていうのを聞くのはこれが初めてだ。
「もしかして、お代わりしようか悩んでた?」
『うん、足りない。どんぶりで食いたい。でもどうしようかなあ、今、米、炊かないとないんだよなあ』
千歳は腕を組んで考え込んだ。
「けっこうガッツリ食べたい感じなんだ?」
『うん……食べて気づいたんだけどかなり腹減ってる……でもなあ……』
「炊くのめんどくさいの? 俺、やろうか?」
水が冷たい時期でもないし、そう申し出てみたのだが、千歳は浮かない顔だった。
『炊くのは別にワシやるけど、どうしようかと思って』
「どうかした?」
『…………』
千歳はもじもじしていたが、やがて言った。
『あの、組紐いっぱい作りたいし、人助けもやれることはやりたいけど、人助けで念込めるの割と必要そうだし、念込めたら腹減るし、たくさん食べたいけど、夏終わったから星野さんにもらえる野菜減るし、お前のおやつも作んなくちゃいけないし、そしたらちょっと食費が心もとないなって……』
「え」
足んない!?
いや足りなくて普通だよな、物価高騰の折だもん! 三食あんなにいろいろ作ってくれてるんだもん!!
「ごめん、マジごめん! 食費もっと出す! いくらあれば足りる!?」
千歳のために生活も頑張るって思った矢先にこれだよ! 俺のバカ! 本当にバカ!!
千歳は、鳩が豆鉄砲を食らった顔になった。
『いや、たくさん食うのワシだし、足りない分はワシ出す』
それはまあ、それで道理が通ってるんだけど、ひとつ懸念がある。
「でもさあ、九さんが言うには、俺が食費出してるのが千歳へのお供え扱いで、それで千歳の神格が高くなってるってことだったじゃん」
『うん』
「ちゃんと人助けやるにはさ、千歳が神格高くて強いほうがよくない? だから、俺が食費出したほうがよくない?」
『うーん……』
千歳はまた悩む顔になった。
『でも、お前、稼ぎ的に大丈夫か?』
心配そうな顔で見られる。
「今のところ大丈夫。千歳のおかげで、仕事たくさんこなせるようになったし」
仕事はかなりあり、正直大変なのだが、フリーランスなので、仕事がないのに比べたら本当にありがたい。仕事もらえるの、すごくありがたい。
「千歳が毎日いろいろ作ってくれてるから俺がんばれてるからさ、食費、できるだけ出すよ。俺はさ、千歳のご飯毎日食べられるなら、がんばって稼ぐから!」
『お、おう』
千歳は目をぱちくりしたが、『じゃあ、今月から食費五千円増やしてくれないか?』
と言った。
「五千円で足りる?」
『一応それでなんとかなる。ワシ、たくさん食べたいの米だし、あとは味の濃いおかずがあればたくさん食べられるから』
食器を下げながら千歳は言った。
「いや、でも、そんなに我慢しないでいいからね、必要ならもっと増やすから」
『そんな事言うと、超高級な米買ってやるぞ?』
千歳はにやりと笑い、女子大生のすがたになって米を計って研ぎ出した。
『まあ、でも、いつものスーパーの一番安い米でも、まあまあうまいだろ?』
「おいしいよ、おかずがおいしいもん」
『ほめても何も出ないぞ?』
千歳は機嫌良く笑った。
『お前、午後、病院のついでにワクチン打つんだろ、ワシもついてくからな』
「うん、よろしく」
コロナの打ちに行くわけだけど、流行ってるって聞いて念のためにインフルエンザのも打つから、三千五百円余計に出て行くんだよな……生きるって物入りだ。
いや、でも、インフルでも普通に寝込むし、そしたら仕事しばらくできないし、必要投資だ。
千歳との暮らしのために頑張るって決めたんだ、俺は。身体壊さない範囲で、できる限り頑張る、俺。