「脱稿おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
狭山さんと乾杯した。とりあえずビール、あとお通しにイカの沖漬けと酢の物。
和風居酒屋の個室に連れてきてもらっている。ビールを飲み干して、狭山さんは満面の笑みを浮かべた。
「いやー、和泉さんにいろいろ教えてもらって本当に助かりましたよ! 自分で言うのも何だけど、いい感じに書けたと思います」
「いや、実際面白かったですよ」
第一稿を読ませてもらった身として、素直な感想を言う。自分がモデルの女の子が主人公なのは不思議な感じがするけど。多分千歳もすごく楽しめる話だ。
「いやー、ありがとうございます。売れ行き次第ですけど、二巻以降もよろしくお願いします」
狭山さんは頭を下げた。俺も「微力を尽くします」と頭を下げる。
頼んだ日本酒と刺身が来た。自分のペースで飲むということで、手酌でやりましょうと話していたので、お互い自分のお猪口に自分でお酒を注ぐ。
「その、まだここだけの話にしてほしいんですけどね」
狭山さんが口を開いた。
「てんころ、アニメ二期決定しました」
「え、おめでとうございます!」
それはいいニュースだ! てんころアニメ、千歳と一緒に見て、面白くきれいな絵のアニメと感じた。評判も良かった。でも、それでも必ず次に繋がるとは限らないので、てんころは本当に運がいい。
「放映は来年以降ですけどね。あ、千歳さんが誰にも言わないでくれるなら、千歳さんには言っても大丈夫です」
「ありがとうございます、千歳喜びます。てんころのアニメ、何度も見返してるんですよ」
それから近況報告みたいな話題になった。仕事の話から、お互いフリーランスとしてSNSの扱いに苦慮しているという話になる。狭山さんは、裏垢を段階的にmisskeyに移行する予定らしい。
「裏垢メス男子の件、調べてもらって本当に助かりました。ブロックするかどうか迷ってたんですけど、ブロックして怒らせて暴走されても困るから、僕が移動することにして。misskeyに引っ込んで、そこでのフォロワーは精査して、変な人を通さない方針で行きます」
「大変ですね……」
でも、サーバーにもよるけど、misskeyは性的な創作物に寛容だから、狭山さんの裏垢と水は合うかも知れない。今のTwitter(現X)、二次元エロに厳しすぎるしな……。
「あの」
俺は自分のスマホを出した。
「ほぼ閲覧用で何もノートしてないんですけど、私もmisskeyにアカウントありまして。これです」
俺は、「スプにゃん」という昔のハンドルネームで作った、misskey.ioのアカウント画面を出した。
「わ、和泉さんもioいたんですね!」
割合好意的な反応が返ってきたので、俺は、かなり勇気を出して聞いた。
「あの……狭山さんのアカ、裏も表も面白くて好きなんで、このアカでmisskeyの裏もフォローさせていただけたらとても嬉しいんですが……ダメでしょうか……?」
裏垢、扱いがセンシティブだから、黙ってフォローしたところでハネられて当然なんだよな。でも、狭山さんのSNSでの振る舞い、性癖を全開放しつつも触れる話題はすごく気を使っているところ尊敬していたし、興味深い考察もたくさん読ませてもらって、Twitterの方ではすごく楽しませてもらってたのは事実なので……まあエロSSも珠玉の二次R-18画像RTも、別の意味で楽しませてもらってたけども……。
「和泉さんなら全然大丈夫です!」
笑顔が返ってきた。
「でも、千歳さんにはこの裏垢、ヒミツにしてくださいね?」
「全力で秘密にします!」
俺は宣言した。わー、俺なら大丈夫なのか、嬉しい。
タコのみぞれ煮や貝の炭火焼をつつきながら、のんびり話す。狭山さんが俺を誘ってくれたDiscord「茶の間大海」は、基本的に狭山さんが声をかけた人しかいないそうで、裏垢を見られてもトラブルがないと思える人と言うのが声をかける基準のひとつだそうだ。
「でも全員が僕の裏垢の存在知ってるわけじゃないんで……ぶっちゃけ、和泉さん、ラノベや漫画やアニメにはあんまり親和性のない人だと思ってましたよ」
「うーん、まあ大学受験以降は遊ぶ余裕なかったからTwitterでの受動喫煙ばっかりでしたけど、本も漫画も好きですし、余裕があれば普通に楽しみますよ」
「そうですよね、京極夏彦行ける人だったら本の厚さとか問題になりませんよね……」
狭山さんは梅酒サワーをあおった。
「狭山さんのてんころ、まずWeb版読んだんで、最近はなろうとかカクヨムとかで面白そうなの探して読んだりしてて。狭山さんのブックマーク参考にしてます」
千歳のおかげで、健康になり、起きてられる時間が増えた。長く働けるようになっただけじゃなくて、余暇の時間もそれなりに取れるようになってる。そういうWeb小説は、大体、夜のまったりタイムに少しずつ読んでいる。
「え、じゃ白折先生のやつも読んだりしました!?」
狭山さんは身を乗り出した。
「読みました読みました、ミリタリものはこれまで読んだことなかったですけど、それでもすごく面白かったです」
「そうなんですよ! 白折先生はすごいんです!」
狭山さんは目をキラキラさせた。
「わー、白折先生の読者増えて嬉しいな、お祝いにいっぱい飲んじゃおう」
俺がゆずサワーをなめている間に、狭山さんは地酒をぐいぐい飲み、かなり出来上がってしまい、そのうち全然別のことを愚痴りだした。
「僕ねえ、あかりさんのことこれでもすごく好きなんですけど、あかりさん的には多分、ぼくは許容範囲ってだけで、義務を果たすことが優先なんですよ……それが悲しくて……」