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狭山さんと金谷さん、普通に順調に付き合ってると思ってたので、俺はぽかんとなった。

「え、金谷さん、普通に私達に狭山さんのことのろけてますけど……何かあったんです?」

「問題はなにもないです、でも、あかりさんが僕のこと好きになってくれてるかって言うと、微妙なんです……」

狭山さんは、だいぶ酔った顔で話しだした。

狭山さんと金谷さんは、結婚前提につきあい出したけど、金谷さんが仕事に学業に忙しくてデートらしいデートはできてないそうだ。でも、狭山さんが金谷さんの仕事の手伝いをすることはけっこうあり、狭山さんはそうやって金谷さんと接したり話したりするうち、非モテだからとか年が離れすぎてるから、とかの変な構えが消えて、少しずつ素直に本当に金谷さんのことを好きになったということだ。

「仕事手伝う時、僕が運転手やるのがいつもなんですけどね、でも僕運転そんな慣れてなくて、右折も車線変更も車庫入れも手間取るし、下手ですみませんってあかりさんに謝ったら、「全然下手じゃないです、ブレーキも加速もおだやかで全然酔いません」って言われたことがあって。なんていうか、僕が気づいてない僕のいいところを見つけてくれる人なんだなって……」

「いい感じじゃないですか」

そう相槌を打つと、狭山さんは、途端にしょぼしょぼした顔になった。

「でも、あかりさんがそういうふうに僕のいい所見つけてくれるの、僕があかりさんの義務を果たすのにちょうどいい人材で、結婚するデメリットがすごく少ない人材だから、あかりさんが僕をよく見る努力をしてるからじゃないかっていうのがあるんですよ……」

狭山さんは、霊感はすごくあるものの、突然変異的にかつ後天的に霊感を持った人間なので、生まれた家同士のしがらみがゼロな人間だそうだ。

霊能業界は、素質を残すために血を残すこと、神仏や狐狸妖怪に何百年単位で対抗するために家を残すことを重視しているらしい。結婚も子作りもまずそれを考えて行われるので、問題や遺恨が出る場合が多いのだそうだ。

金谷さんは、古い家に、超一流の霊感を備えて生まれた人間ということだ。歴史と事情をよく知り、素質も飛び抜けているので、霊能業界に嫁として引っ張りだこの女の子になってしまうらしい。

だから、産む装置として辛い目に合うかもしれなかった、らしい。

牡丹さんと緑さんは、金谷さんが小さい頃から、その辺をどうにかしないとと金谷さんを強くガードしていたそうだ。そんな時、緑さんがたまたま見つけた狭山さんが、家同士のしがらみゼロ、素質だけはものすごくあり、時間の自由が効く仕事で心霊系の仕事を入れやすく、性格も悪くない(狭山さん談)、という、金谷さんにぴったりな男性だったらしい。

「だから、僕、血を残す、素質を残すっていう義務はすごく果たせるけど、家同士のしがらみや軋轢は発生しなくて、もしなかなか子供に恵まれなくてもあかりさんに変なプレッシャーかけないし、あかりさんにデメリットがすごく少ない人材なんですよ」

「な、なるほど……」

「僕、金谷姓になるの、見合いの段階で問題ないって言ってありますし」

「あ、金谷さんが婿取りする感じなんですね」

「そうなんです」

狭山さんはさらに話す。金谷さんは、ノブレス・オブリージュというか、素質を強く持っている自分は義務を果たさなければいけない、そのためには自分のやりたいことは後回しにしなければならない、という気持ちがすごくある人だそうだ。

「うーん、歳の割にしっかりした子だとは思ってましたが」

「そうなんです、しっかりしてるんです。でも、僕、本業が人の趣味とか性癖にストライクかましてお金もらってる人間だから、自分の好きな人に、もっと自分の気持ちとか、好きなこととか、大事にしてほしいなって思っちゃうんですよね。でも、一緒に過ごす時間が増えて、あかりさんが自分の気持ちより義務を優先してるなって場面をちょくちょく見てて、それが悲しいし、あかりさんが僕と付き合って結婚してくれるのも、僕が好きというより義務を優先してのことなんだろうなって思うと、すごく悲しくて……」

「ああ……」

そりゃ、好きな女の子が、自分によくしてくれるけど気持ちは全然ない、義務感のみ、っていうのは悲しいよな……。

でも。

「でも、金谷さんから見たら、金谷さんの気持ちをすごく考えてて、金谷さんにもう少し自分の気持ちを大事にしてほしいって思ってくれてる人が結婚相手、っていうのは、すごく幸せなことだと思うんですけどね」

俺はフォローの糸口を見つけたので、そっち側から攻めることにした。

「狭山さんはそういう人だと思うんですけど、好きな人には幸せになってほしいし、幸せになってくれたら自分も嬉しいじゃないですか」

「…………」

狭山さんは、酔眼を見開いたが、やがてうなずいた。

「……幸せになってほしいです。幸せになってくれたら、僕も嬉しいです」

「狭山さんが金谷さんの気持ちをいつも考えてくれてる人って言うのは、長く一緒にいれば、金谷さんにも伝わりますよ。そりゃ人間、自分の気持ち抑えてやらなきゃいけないことはたくさんあるけど、自分の気持ちを理解してくれる人がいるだけで、かなり救われますし」

「それは……そうですね」

うん、うまくフォローできてる気がする。俺は畳み掛けた。

「義務での結婚でも、一緒にいるうちに気持ち通じ合って相思相愛になるの、普通にあるじゃないですか。狭山さんは、もう金谷さんのことすごく好きで、金谷さんの気持ちを考えて理解しようってやってくれる人なんだから、金谷さんだってそのこと感じ取ってると思うし、だから私たちにのろけるようなこと言うんだと思いますし」

うーん、こんなことだったら、金谷さんにもっと水向けてのろけ話聞いておけばよかったな。

狭山さんは首を傾げた。

「あかりさん、どんな風にのろけてたんですか?」

「えーと、狭山さんに勉強が大変だって言ったら、寝る方もちゃんとしたほうがいいっていい匂いのホットアイマスクくれたとか、狭山さんにクーちゃんと仲良くできるか不安って言ったら、猫カフェで予行演習提案してくれたとか、あと、料理ができないっていったら、狭山さんが潔斎のときのことも考えて料理すごくがんばってくれて、あんなにいい人いないとか」

まあ、あんなにいい条件の人いない、みたいに言ってはいたが、それはちょっと伏せよう。

「そ、そんなに!?」

狭山さんにとって、かなり驚きの事実だったようだ。

「私に言うだけでそれくらい言ってるんですから、他ではもっと言ってるんじゃないですか?」

「い、いやあ、僕が在宅仕事だし、猫がいると家事が増えるし、でも僕の猫だし、だから家事は僕がなるべく頑張ろうってだけだったんですが……」

狭山さんは頭をかいた。

「……十二歳も年下の女の子とお見合いして婚約って時点であれこれ言われるし、フラットにこういう愚痴聞いてくれる人なかなかいなくて……すみません……」

「いや、こんなのだったら全然いつでもいいですよ」

俺は微笑んだ。全然フォローできるレベルの愚痴だし、狭山さんが俺を愚痴っていい心を許せる相手認定してくれたのは嬉しいし。金谷さんの人となりを俺がある程度知ってる、というのも今回はよかったんだろうな。

……つーか、俺、女の子との恋愛的な付き合いの経験ぜんぜんないわけだけども、こんな偉そうなこと言ってよかったのかな……? うーん、でも、千歳と会って、好ましい相手が幸せでいてくれると自分も嬉しい、って言うのは何度となく体験したし……人間関係的なアドバイス、と思えば、まあ、ありということにしてくれないかな……。

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