千歳が錦くんとプラネタリウムに行っちゃった。1日遊ぶから、お昼は作り置きを食べとけって。
お昼作っといてくれるのはうれしいよ、毎日食事作ってくれて、家事全般してくれて、本当に感謝してるよ、でも、千歳はやっぱり錦くんとうまく行っちゃうのかな……。
落ち込むけど、仕事はしなくちゃいけない。お昼休憩は、出社してるような人と同じで、12時から1時間取る形にしてる。12時に、俺は何とか仕事を一段落させて、伸びをした。
千歳のことで、やっぱり気分は落ち込むけど、何ができるわけでもない。
「……コンビニでも行ってくるか、気分転換に」
外は雨だけど、気分転換になりそうなことしないとやってられない。コンビニで、いい感じのコーヒーなりお茶なり買ってきて、千歳が作っといてくれたご飯と一緒に食べよう。そう思って、俺は上着を引っ掛けて傘を持って外に出た。
とぼとぼ歩いていると、後ろから声をかけられた。
「どうしましたの? 元気がありませんね」
振り返ると、そこにはミクズメさんがいた。きれいに化粧して、そんなに出していいのかってくらい大胆に太ももを出したチャイナドレスを着ている。
俺は、真っ先に警戒した。
「わ、私は本当に、何者でもないので、狙う価値ありませんよ!」
「そんなに怖がられたら、悲しいですわ」
ミクズメさんは大げさにため息をついた。
「まあ、九からしてみれば私は悪女ですけれど」
「私は本当になにもないので、その……」
「何もなくてもいいんですよ、すぐに何かある人生にしてあげますから」
ミクズメさんは俺に近づき、俺はその分下がろうとしたが下がれなかった。壁みたいなものにぶつかった。振り返っても何も無いが、背中は確かに壁を感じている。何!? もう変な所に取り込まれてる、俺!?
ミクズメさんは目を細め、俺の頬に触れた。
「私も長い狐生で学びました。この人と決めた男性を、もり立てて偉くして、その方が楽しめるってことを」
「いや、その……」
ミクズメさんは、真っ直ぐな目で俺を見た。
「見てましたよ、かわいそうに。この世で一番愛している人に全く気持ちが通じなくて、結ばれることもできなくて」
「…………」
俺は言葉が出なかった。そう、千歳を愛してる。この世で一番愛してる。でも、思いを告げてしまったら千歳はどれだけ怒るかわからないし、結ばれるなんて夢のまた夢……。
ミクズメさんは、俺の耳元に口を寄せて、囁いた。
「私だったら、何でもしてあげるし、子供だって産んであげるんですよ?」
吐息が耳にかかる。花とも果実ともつかない、甘い香りがする……。
ミクズメさんは、俺の手を握った。
「私、あなたに決めました。ね、仲良くしましょう?」
ミクズメさんの後ろに暗い穴が空く。俺は、思いも寄らない力で手を引かれて、穴の中に引きずり込まれた。