穴に引き込まれて、ドサッと落ちたところは柔らかい布の上だった。え、この手触りはシーツ……え、布団かベッド!?
見回すと、柔らかい間接照明の中に天蓋が浮かび上がり、どうも俺がいるのは天蓋付きのベッドの上らしかった。
ミクズメさんは微笑み、俺にしなだれかかり、抱きついた。う、うわっ、めっちゃ俺に胸が当たってる!しかもボリュームがすごい!!
ミクズメさんのいい香り、部屋に焚き染められたお香のような香り。
ミクズメさんは、腰を抜かしたような格好の俺にまたがった。むちむちの太ももがむき出しになる。
「ほら、好きになさって?」
艶然と微笑むミクズメさんは、自身の胸元のボタンを外し始めた。谷間とともにレースが豪華なブラジャーがむき出しになり、ついでブラジャーがはらりと落ちた。
そして、ミクズメさんはまた俺に胸を密着させるように抱きつき、俺の胸元のボタンを外し始めた。
い、今、これ以上なくセックスチャンスなのか!? い、いや九さんに手を出すなって言われてる!
で、でも、さっき言ったことからすると、ここで誘いに乗れば、俺はセックスさせてもらえて、子供も産んでもらえるってこと!?
俺だって、俺だって性欲はある。この上なく美人で好みの体の人にここまでされて、したくならないわけがない。
ここで、ミクズメさんの体に手を伸ばせば、セックスも自分の子供も、成功する人生も全部手に入るんだろうか。
ミクズメさんの人差し指が、触れるか触れないかのフェザータッチで、俺の首筋をなぞった。ぞくぞくした。すごく気持ちよかった。
……でも。
俺……俺にこうしてくれるのが、千歳だったらどんなにいいかって、そういう気持ちがある……。
今ミクズメさんに手を出したとして、俺はこれが千歳だったらどんなにいいかって思いつつ、ミクズメさんを抱くのか? ミクズメさんが全てを与えてくれるとしても、俺は与えてくれる相手が千歳じゃなかったことを、ずっと考え続けるのか?
……それって、すごく辛くて、みじめじゃないか?
俺は大きくため息をつき、ミクズメさんの肩を掴んで、自分の体から押しのけた。
「すみません。あなたとそういう事はできません。離してください」
「あら、九に何か言われてるの? 私は本当に、あなたの望むことを何でも叶えてあげられるのよ?」
「九さんには確かにあなたに手を出すなと言われてますが、それが理由ではありません。あなたとはしたくありません」
「そんなに元気になってるのに?」
「…………」
いや、反応はしちゃったけどさあ! その上で考えて出した結論なわけだよ!
「……確かにあなたは魅力的なので、グラッと来たのは認めます。だけど、できません」
「そう……」
ミクズメさんは、口元に手を当て、そして言った。
「……せっかく優しくしてあげたのに。あなたの意思なんて、いくらでも無視できるのよ?」
ミクズメさんの目が赤く輝く。ミクズメさんの背後に九本の尾がブワッと出現した。
「無理にでも縁を結ばせるわ、そうでないと……」
ミクズメさんは俺を押し倒す勢いで俺の肩を掴んだが、その時バチバチッとすごい音がして、ミクズメさんは瞬発的に手を引っ込めた。
え、今の何!?
ミクズメさんは忌々しげに言った。
「……宇迦之御魂神様の……!」
え、あの強化されたお守り!? あ、ミクズメさんからの身体的接触を俺への危害認定したのか、だから弾いてる!?
俺は慌ててミクズメさんの下から自分の体を引きずり出し、急いでベッドから降りて逃げ出した。
……いや、逃げようと思ったけどここそんな広い部屋じゃないな!? 扉も見当たらないし部屋の隅っこに行ったらそこで終了だぞ!?
ミクズメさんは鬼の形相で俺に迫ってくる。
「逃がさないわよ!」
俺はもうどうしていいかわからなくて、でもミクズメさんと性行為はしたくなくて、本当にミクズメさんに諦めてほしくて、その場で土下座した。
「勘弁してください! したくありません!」
その時、上の方から何かを踏み抜くような音がした。
『和泉! おい! 平気か!?』
「和泉! 何もしとらんか!?」
千歳と、九さんの声だった。