寒の戻りの日々。近所の公園まで、散歩がてら千歳と桜を見に来た。去年花見をしたベンチまでやってきたら、今年もいい感じに桜が咲いている。
「雨降っちゃったから散ってるかと思ったけど、ちゃんときれいだね」
『今年も花見するか?』
「したいけど、しばらく寒いからあったかい日にしたいな、別に散りかけでもいいから」
『じゃああったかい日に弁当作ろう』
薄紅の桜が散る中、千歳はふと、俺を見上げて言った。
『なあ、頼みがあるんだけどさ』
「何?」
『ちょっと、ワシの手握ってみてくれないか?』
「えっ?」
どういうこと!?
す、好きな人の手を握れるのはうれしい、でも唐突すぎてどういう意図なのかさっぱりわからない、なんで!?
「ど、どうしたのいきなり」
『ちょっとだけでいいから』
「い、いや、いくらでも握らせていただきますけど……」
俺は、差し出された千歳の手を、そっと握った。俺より小さい手、でもふっくらと柔らかな手。
桜の下、好きな人と二人、手を繋ぐ。え、こんなシチュエーションが俺の人生に存在したのか!? 夢でも見てるんじゃないか!?
千歳は、しばらく何か考えるような顔で俺に手を握られていたが、『うん、もうわかった、ありがとう』と言った。
俺は、もっと千歳の手を握っていたい気持ちを抑えてそっと手を離し、「ど、どうしたのいきなり?」と聞いた。
『うん、ちょっといろいろあってさ。あのさ、錦くんのこと、やっぱり断るよ』
「えっ!?」
どういう思考回路でそうなったの!?
「何かあったの?」
『うーん、プラネタリウムでさ、錦くんに手握られたんだけど』
「そんな事あったの!?」
に、錦くん、あの野郎……いや、15歳の男の子としては全然おかしくないんだけど……。
『ワシさ、その時、うれしいとか楽しいとかなくて、なんか困ったなって思ったんだ』
「そうだったの?」
『でも、手を握られるの自体が困ったのか、恋愛感情込めて触られるのが困ったのかわからなくて。そんで、星野さんに、星野さんが手を握ってみて困らなかったら手を握られるの自体はいやじゃないんじゃない、って言われて、星野さんに手を握ってみてもらったんだけど、困らなかったんだ』
「そんなことがあったの……」
『でも、星野さんは女の人だから、錦くんが男だから困ったのかもしれないと思って、お前でも試したんだ』
「えっ、じゃあ……」
俺が手を握って、その直後錦くんの気持ちを断ると決めたってことは。
「俺が握ったら、困らなかったってこと?」
『うん。だから、錦くんとは恋人にはなれないかなって。手を繋ぐだけで困るんじゃ、他のことももっと困るだろうし』
「そう……」
他のことなんてしてほしくないが、少なくとも錦くんとはしないってことか!
『単に友達ってだけならいいけどな。好いた惚れたは無理だ』
千歳は苦笑いした。
「そっか……いや、千歳はしっかり考えて、結論出したんだね、えらいよ」
『へへへ』
千歳は嬉しそうに笑った。
そうか、千歳は恋愛感情込めて触られるのは、無理か。じゃあ、俺の気持ちは、何とかしてどうにかして押し込めておかないといけないな。
でも、千歳が他の人のところに行ってしまうなんてことがなくてよかった、本当によかった。それだけは、本当にホッとした。