アウラさんが倒れたということで、フォルトナとカルムさんはシルフィーネ村に帰っていった。
帰り際にカルムさんが国王からの伝言とのことで話があった。
「国王様からの言伝です。
『ムルデでの状況は逐一報告を受けている。
立て直しが必要との認識で、国から任命した者を現地に派遣する。
到着するまで、しばし街で休んでいてくれないか』
とのことです」
国王のおっさんは休みまで指示か。
勇者はどこかのブラック企業の社員なのか。
あっ、ブラック企業は休みの指示をしないから、ブラックではないか……
それならまだホワイトだ。
ってホワイトでもないだろう。
一人でノリツッコミをしてしまう。
となると、これは交代するまで、ここに居ろってことかな。
仕方ないなぁ……
と、心の中ではいろいろ文句は出てくるが、いったんは従おう。
「了解しました。
国王が派遣してくる人たちを待って、次の地に向かおうと思います」
そうカルムさんには伝えておいた。
ゾルダは相変わらず剣の中に引きこもっている。
マリーも
「ねえさまが出てこないなら、マリーもここに居ても仕方ないわ」
と言って、兜の中に入ってしまった。
そうなると、何をしたものかと思う。
そう言えば、こっちの世界に来て、一人になるのは初めてかもしれない。
なんだかんだで誰かしらが周りに居た。
久しぶりの一人なので、街へ出てのんびりとしてみるか。
そう思い、剣や兜は宿屋に置いて、ぶらりと街へ出た。
街へ出てもそうやることがある訳でもない。
こっちの世界は娯楽は本当に少なく、飲み食いぐらいしかないように感じる。
実際に俺も食事が一番の楽しみになりつつある。
それでも向こうの世界に比べるとパターンは少ないし、味も質素である。
ここまで来るのに野営も多くて、より質素な食事も多かった。
最初はサバイバル感が出て、気持ちも高揚して美味しく感じたけど、今はまぁ、普通に感じる。
だんだん前の世界の味も恋しくなるが、ないものねだりは出来ない。
ここに適応していくしかないんだが、それでもやっぱり恋しくなる。
かと言って、俺自身があまり料理は上手くないので、作るにも限界があるしな……
そんなことを考えながら街をブラブラと歩いていた。
ランボたちの一件が終わった直後の街。
横暴な領主がいなくなったこともあり、最初に来た時よりかは活気があるように感じた。
でも大勢の犠牲者も出たのも事実。
悲しみに暮れる人たちも多くいた。
「そう言えば、父さんや母さんは元気だろうか……」
家族の死に泣く人たちの姿を見て、ふと家族や友人のことを思い出した。
突然居なくなってビックリしているだろうな。
父さんや母さんが無理をしていなければとは思う。
お互いそこまで干渉していた訳じゃないから、変わらずにやっているとは思うが……
アウラさんのこともあって、親の大切さというのは感じたし。
なんだかんだで一人で居るとあれやこれやと考えてしまう。
みんなでワイワイしていた方が気が紛れていい。
そういう意味だとフォルトナが居なくなって一人減ってしまったのも無性にさみしく感じてしまう。
まぁ、ゾルダの機嫌が戻れば、また騒がしくはなるだろうが……
周りの雰囲気もあり、前の世界の事を考えていると、ふと思い浮かんだことが出てきた。
そう言えば、俺のように呼び出された転移者とか生まれ変わった転生者とかいないのかな。
漫画やアニメでは当たり前のように他にも居ることが多いけど……
ここまで旅をして来て出会わなかった。
ただこの世界も広そうだし、同じような境遇の人もいるかもしれない。
と言うか居てほしい。
なおかつ、その人が料理上手で、前の世界の味を再現していてほしい。
やり手の人が居て前の世界の娯楽を作って広めたりしていてほしい。
そんな願望が沸々と湧いてくる。
が、いかんいかん。
そんなこと考えているとホームシックになっちゃう。
帰れるかどうかわからないのに、考えすぎてもよくない。
それでもやっぱり恋しくなる。
「まぁ、街をぶらついてても、何かある訳ではないので、宿に戻るか」
一人でいるのも考え込んでしまうので、ゾルダやマリーがいる宿屋に戻ることにした。
宿屋の部屋に戻ると、ゾルダが剣の中から出ていた。
マリーも出ていて、相変わらずベタベタしている。
「おぬし、戻ったか。
何しに行っておったのじゃ」
どうやらちょっとは機嫌が直ったようだ。
それでも置いて行ったことに文句があるようで、強い口調で俺に当たってきた。
「暇なんで、ちょっと街中をぶらぶらと歩いてきただけだよ」
「ワシを置いてくとはいい度胸をしておるな」
「いや、剣から全然出てこなかっただろ。
出てこないのに持って行ってもしょうがないし」
「それでも置いてくとは言語道断じゃ。
ワシも一緒に街に出るぞ」
いつものようなゾルダに戻っていて安心する。
こう他愛もないことでもやりとりしていた方がいろいろ考えずに気が楽になる。
「俺、帰ってきたばかりだけど……」
「そんなことは知ったことではない。
街に出て飲むぞ。
あのじじいからも休めと言われたのじゃろ」
「またじじいって……
国王な。
確かに休んでいいとは言われたけど……」
「なら、決まりじゃ。
飲みに行くぞ。
このムカムカした気持ちを発散せねばならぬ」
ムカついたから飲みに行くって、ゾルダはどこかのサラリーマンか。
「魔王でも飲んで憂さを晴らすんだな。
そこは前の世界と変わらないよ」
「おぬしのいた世界でもそうなのか。
それならわかっておるな。
付き合え」
「はいはい」
俺自身は飲んで気持ちを晴らすより趣味やゲームで気分転換をしていた。
ただ同僚や上司からはよく誘われて愚痴を聞かされていた。
そんなことを懐かしく感じて、ゾルダに付き合って飲みに行くことになった。
「マリーもねえさまと一緒に行きますわ」
マリーも付き合ってくれるらしい。
というか置いて行かれるのも嫌なのだろう。
「おっ、マリーも来てくれるか?
嬉しいのぅ」
ゾルダは顔を綻ばせながら、マリーの頭を撫でている。
さて、ゾルダが大量に飲みそうなので覚悟しないと。
俺の役目はゾルダが前みたいに羽目を外さないように見張ることかな。