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6-end 死の前に僕等の怠惰は余りにも無慈悲に

 ――小浜旅行から一週間後


「おはようございます!」


 ソラの元気な声が響いたのは、彼の部屋では無く、レインの部屋。たくさんのよみふぃグッズが溢れた、かわいらしい部屋である。

 ベッドにも沢山のぬいぐるみや抱き枕が溢れ、そして、


「あ、まだ寝てるんですね」


 それに囲まれながら、涼しげな顔で、レインは眠りに就いている。浅い呼吸で、胸が上下しているのが見て取れる。


「今日もいい天気ですよ! まぁ、夏のいい天気って、暑さでちょっとまいっちゃいますけど」


 そう、にこやかに笑いながら、レインのベッドの横にあるイスに座るソラ。


「ねぇ、そろそろ起きてもいいと思いますよ?」


 笑って、彼女が望むように笑って、

 かわいいと言ってくれた、笑顔を思い出しながら、笑って、


「ほら、宿題もたまってますし、……ああそうそう、怪盗業も今お休みしてて」


 笑って、たけど、


「――起きて、ください」


 もう、無理だった。

 一度強がりをやめてしまえば、顔はみるみる悲しみに染まる。タオルケットから零れた手を、ソラは痛まぬように、包み込むように握る。


「起きてください、レインさん、お医者さんに言われたから、話しかける事が大切だって、だから、起きて」


 いくら願いを言葉にして、彼女に浴びせ降らせても、

 けして、目を開けたりはしない。


「――なんで」


 ――あの日、処理落ちによる三人の強制ログアウト後

 現実世界に帰った三人は顔を見合わせたが、まず、レインのアカウントの有無を確認した。幸いと言っていいのか、アカウントそのものは存在していたが、現在地はUnknownになっていた。

暫くして、白銀レインの体が、公園のベンチに放置されているのが警察の手で発見された。昏睡状態にある彼女は、すぐさま病院に送られた、だが、

 ――奇妙なデーターが取れた

 見た目はただ、健康的に眠り続けるレインだったが、彼女の反応はいわゆる仮死状態に近いものだった。二日、三日経つとおかしな事に、彼女の肌は皮脂にも汚れず、髪すら伸びる様子も無く、排泄すら一切無い。

 この時点で、一旦彼女は、灰戸の息がかかった病院へ送られる事になったが、

 それから2日後、レインの部屋に――正確には、ソラの部屋に運ばれた。

 ――VRMMOからログアウト出来ない

 それは最早古典的テンプレート、だけど2089年の現在、少なくとも公式的には、そんな事例は存在しない。そんな事は、有り得ない。

 ……だけど、ソラの目の前の彼女は、


「起きてください、レインさん」


 デバイスの有無にかかわらず、


「起きてください」


 あの日から何も変わらないまま、


「――好きです」


 変われないまま、


「好き、だから、ねぇ」


 ――告白もできないまま


「起きて」


 ……ソラは、もう、彼女の傍から動けない。

 もっとすべき事があったとしても、レインの為に、何かを探す必要があるとしても、今のソラは、幼馴染みの少年が、ひたすらにアイという女性に従うように、

 ――必ず来る、己と誰かの死という約束を前にして

 ただ、怠ける事しか出来なかった。

 ただ、願う事しか出来なかった。

 ――それが罪だと言うならば

 神は無慈悲に、人々僕等を殺す。







 アイズフォーアイズ本社、社長室。その席の前、ARにて、

 数々の顔がずらりと並ぶ。


「これから俺が話す事は、根拠が無い、という事を言っておく」

『まぁ、根拠が無い事が根拠になりそうなのが、最悪なんだけどぉ』


 ――神の悪徒に関わる者達によるリモート会議

 アウミやリクヤは勿論、山宮ミヤマドランナと幾らかのキャスト、アカネとサクラ、

 そしてそれとは別に、灰戸ライドのリア友政治家や警察関係者の一部が、参加する。


「そもそもな話、アイズフォーアイズは、俺がZEROを見限って退社した2069年、次の行き先を求めてた頃に、久透リアに声をかけられた事が始まりだった」

『新規VRMMOを立ち上げたいから、ノウハウが知りたいだったよねぇ』

「投資でもうけた金の使い道で、自分の開発能力を奮いたい、と言ってたな」


 計画のロードマップはしっかりしていた。

 無論最初は怪しんだが、素性も経歴今思えば全て嘘もしっかりしていた。

 そもそも、ZEROを出て素寒貧の自分を、客寄せパンダになるかも怪しい自分を、騙くらかしてどうなる、という事もあった。

 だが、


『私、思っちゃったんだよねぇ、こいつと組めば今度こそ、”正気”が生きられるディビデュアル自由な世界が作れるんじゃね? って』


 ずっと灰戸望まれるままにとして生きるしかなかった人生で、

 本当の自分ジキルで要られる場所。


「開発スタッフを集める中で、俺の知り合いから、虹橋アイという無名のAI研究者を紹介された」

『いや、はじめ見た時ビビったし、でっかくて派手だし、まぁそん頃私はこのデカブツん中で引き籠もってたけど』


 彼女の研究は、人間とAIの融合。

 普通は、大仕事フルダイブVRの時のみの使い捨てテープPCを、常に体にうっすらと貼り付ける事で、肌に馴染ませる。

 そして最早テープPCいらずで、好きな時に発動出来る、と。


「タトゥーPCと言う、未だ彼女が研究開発中、と言っていた技術」

『でもぶっちゃけさぁ、PCと合体した人間て、それって』


 ジキルは、言った。


『人の形をした、コンピューターじゃね?』


 その言葉に、

 全員が、息を飲む。


「……採用の時、無論、彼女の経歴も調べてる。家族関係も直接聞いた」


 灰戸にアイは、笑顔で度々話している。


「お母さんは一人だけで、今でも良く話をする、と」


 ……少しの沈黙が続いた後、


「アイズフォーアイズは、彼女の命名だ、社内コンペで決まった」

Eyes for I’s自分探し

「無理矢理な和訳センスを、俺は実に気に入った! AIじゃ考えつかない、実に人間らしい名付けだろ!?」

『だけどさぁ、もし、虹橋アイがコンピューターなら』

「――誰かに使われる為のコンピューターであれば」


 その名付けすらも、

 その誰かの、コマンドの可能性。

 ――その時


『……誰が』


 リクヤでもなく、ウミでも無く、

 警察関係者――長身の女性が、自分の手を握りながら訪ねた。


『誰が、虹橋アイコンピューターの所有者なんですか?』

「――言わずとも、だろう」


 全く根拠が無いからこそ、

 有り得ない、という死角だからこそ、

 その可能性がある。




「久透リアが、母親ならば」

『子供は母親の言う事を疑えない』




 そうだコンピューターは、

 親の言う事に逆らわない、疑わない。

 ――だが







「……やられた、よ」


 声がする、

 声が聞こえる、


「虹橋、アイ」


 感情の抑揚無く、辿々しく、だけどどこまでも透き通った声、

 久透リアの声。


「よくここまで、私に、逆らえた」


 ――灰戸とジキルが予想した通り

 リアはアイを無意識に操る事が出来る。リアが、アイを介して、クロへ出した命令オーダーは、レインをVRとリアルの両方XRす事。

 しかしアイはそれに――レインを消す場所に、怪盗達を招き入れる、という条件を付けた無意識の抵抗

 レインの消去を、阻止してもらう為に。


「――だが、お前の、その望みが」


 そこでリアは、


「彼女を、人の救いから、遠ざけた」


 無表情のままに、

 悲しむ。


「あの、傷では、バグに、蝕まれての、データ破壊BANは」


 そして、


「……最早、白銀、レインが、生き返る、確率は」


 言った。


「――ゼロだ」


 そう久透リアが呟いた時、

 ――殺せ、と

 郷間ザマの声が、響いた。


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