――小浜旅行から一週間後
「おはようございます!」
ソラの元気な声が響いたのは、彼の部屋では無く、レインの部屋。たくさんのよみふぃグッズが溢れた、かわいらしい部屋である。
ベッドにも沢山のぬいぐるみや抱き枕が溢れ、そして、
「あ、まだ寝てるんですね」
それに囲まれながら、涼しげな顔で、レインは眠りに就いている。浅い呼吸で、胸が上下しているのが見て取れる。
「今日もいい天気ですよ! まぁ、夏のいい天気って、暑さでちょっとまいっちゃいますけど」
そう、にこやかに笑いながら、レインのベッドの横にあるイスに座るソラ。
「ねぇ、そろそろ起きてもいいと思いますよ?」
笑って、彼女が望むように笑って、
かわいいと言ってくれた、笑顔を思い出しながら、笑って、
「ほら、宿題もたまってますし、……ああそうそう、怪盗業も今お休みしてて」
笑って、たけど、
「――起きて、ください」
もう、無理だった。
一度強がりをやめてしまえば、顔はみるみる悲しみに染まる。タオルケットから零れた手を、ソラは痛まぬように、包み込むように握る。
「起きてください、レインさん、お医者さんに言われたから、話しかける事が大切だって、だから、起きて」
いくら願いを言葉にして、彼女に浴びせ降らせても、
けして、目を開けたりはしない。
「――なんで」
――あの日、処理落ちによる三人の強制ログアウト後
現実世界に帰った三人は顔を見合わせたが、まず、レインのアカウントの有無を確認した。幸いと言っていいのか、アカウントそのものは存在していたが、現在地はUnknownになっていた。
暫くして、白銀レインの体が、公園のベンチに放置されているのが警察の手で発見された。昏睡状態にある彼女は、すぐさま病院に送られた、だが、
――奇妙なデーターが取れた
見た目はただ、健康的に眠り続けるレインだったが、彼女の反応はいわゆる仮死状態に近いものだった。二日、三日経つとおかしな事に、彼女の肌は皮脂にも汚れず、髪すら伸びる様子も無く、排泄すら一切無い。
この時点で、一旦彼女は、灰戸の息がかかった病院へ送られる事になったが、
それから2日後、レインの部屋に――正確には、ソラの部屋に運ばれた。
――VRMMOからログアウト出来ない
それは最早
……だけど、ソラの目の前の彼女は、
「起きてください、レインさん」
デバイスの有無にかかわらず、
「起きてください」
あの日から何も変わらないまま、
「――好きです」
変われないまま、
「好き、だから、ねぇ」
――告白もできないまま
「起きて」
……ソラは、もう、彼女の傍から動けない。
もっとすべき事があったとしても、レインの為に、何かを探す必要があるとしても、今のソラは、幼馴染みの少年が、ひたすらにアイという女性に従うように、
――必ず来る、己と誰かの死という約束を前にして
ただ、怠ける事しか出来なかった。
ただ、願う事しか出来なかった。
――それが罪だと言うならば
神は無慈悲に、
◇
アイズフォーアイズ本社、社長室。その席の前、ARにて、
数々の顔がずらりと並ぶ。
「これから俺が話す事は、根拠が無い、という事を言っておく」
『まぁ、根拠が無い事が根拠になりそうなのが、最悪なんだけどぉ』
――神の悪徒に関わる者達によるリモート会議
アウミやリクヤは勿論、
そしてそれとは別に、
「そもそもな話、アイズフォーアイズは、俺がZEROを見限って退社した2069年、次の行き先を求めてた頃に、久透リアに声をかけられた事が始まりだった」
『新規VRMMOを立ち上げたいから、ノウハウが知りたいだったよねぇ』
「投資でもうけた金の使い道で、自分の開発能力を奮いたい、と言ってたな」
計画のロードマップはしっかりしていた。
無論最初は怪しんだが、
そもそも、ZEROを出て素寒貧の自分を、客寄せパンダになるかも怪しい自分を、騙くらかしてどうなる、という事もあった。
だが、
『私、思っちゃったんだよねぇ、こいつと組めば今度こそ、”
ずっと
「開発スタッフを集める中で、俺の知り合いから、虹橋アイという無名のAI研究者を紹介された」
『いや、はじめ見た時ビビったし、でっかくて派手だし、まぁそん頃私はこのデカブツん中で引き籠もってたけど』
彼女の研究は、人間とAIの融合。
普通は、
そして最早テープPCいらずで、好きな時に発動出来る、と。
「タトゥーPCと言う、未だ彼女が研究開発中、と言っていた技術」
『でもぶっちゃけさぁ、PCと合体した人間て、それって』
ジキルは、言った。
『人の形をした、コンピューターじゃね?』
その言葉に、
全員が、息を飲む。
「……採用の時、無論、彼女の経歴も調べてる。家族関係も直接聞いた」
灰戸にアイは、笑顔で度々話している。
「お母さんは一人だけで、今でも良く話をする、と」
……少しの沈黙が続いた後、
「アイズフォーアイズは、彼女の命名だ、社内コンペで決まった」
『
「無理矢理な和訳センスを、俺は実に気に入った! AIじゃ考えつかない、実に人間らしい名付けだろ!?」
『だけどさぁ、もし、虹橋アイがコンピューターなら』
「――誰かに使われる為のコンピューターであれば」
その名付けすらも、
その誰かの、コマンドの可能性。
――その時
『……誰が』
リクヤでもなく、ウミでも無く、
警察関係者――長身の女性が、自分の手を握りながら訪ねた。
『誰が、
「――言わずとも、だろう」
全く根拠が無いからこそ、
有り得ない、という死角だからこそ、
その可能性がある。
「久透リアが、母親ならば」
『子供は母親の言う事を疑えない』
そうだコンピューターは、
親の言う事に逆らわない、疑わない。
――だが
◇
「……やられた、よ」
声がする、
声が聞こえる、
「虹橋、アイ」
感情の抑揚無く、辿々しく、だけどどこまでも透き通った声、
久透リアの声。
「よくここまで、私に、逆らえた」
――灰戸とジキルが予想した通り
リアはアイを無意識に操る事が出来る。リアが、アイを介して、クロへ出した
しかしアイはそれに――レインを消す場所に、怪盗達を招き入れる、という
レインの消去を、阻止してもらう為に。
「――だが、お前の、その望みが」
そこでリアは、
「彼女を、人の救いから、遠ざけた」
無表情のままに、
悲しむ。
「あの、傷では、バグに、蝕まれての、
そして、
「……最早、白銀、レインが、生き返る、確率は」
言った。
「――ゼロだ」
そう久透リアが呟いた時、
――殺せ、と
郷間ザマの声が、響いた。