――それが罪であるならば
だからこそ、僕達は、
怠惰に勤勉でなくてはならない。
◇
8月8日――VRMMOアイズフォーアイズにて。
怪盗スカイゴールドの活躍で、プレイヤー人口が増加しているこのゲームであるが、
「怪盗の一味がログインしなくなって、もう1週間?」
「リアルがちょっと忙しくなったとかなんだろうけど」
「
スカイの聖地として繁盛するドワーフの酒場にて、ニュービーからベテランまで、怪盗の噂をきかない事を嘆く。ムーヴメントの立役者がいない事は、この世界の盛り上がりを、幾らか欠けさせる事になっていた。
無論、スタープレイヤーの活躍は、VRMMOの楽しみの内の一つでしかない。実際、怪盗がいない今からこそ、名を上げようと高難度に挑む冒険者もいるし、ただ相変わらず、ルーティンをこなす人々もいる。
それでもだ、
「こういうのって、そのまま音沙汰もなく消える、って結構あるよねぇ」
「ちょっと、縁起でもない事言うのをやめてよ」
「あ~心配しすぎちゃいけないの解るけど心配する~!」
怪盗の不在によるプレイヤー達の不安は、確実に、世界を蝕んでいた。
◇
その頃、現実の世界、レインの部屋。
「……」
白金ソラは彼女の部屋で、未だ、ベッドで眠り続ける彼女の傍にイスに座り、レインの寝顔を見続けていた。
呼吸はしているようだけど、あらゆる代謝は見て取れない。体に汚れが浮く事も無ければ、排泄する様子すら一度も無い。
――デバイスが生命維持装置になっている
ゆえに、無理矢理取り外すことも出来ない。
仮死状態、と説明するには、余りにも非現実的な状況が、今の白銀レインである。
そんな彼女に、また名前を呼びかけようとしたタイミングで、後ろからノック音がした。
「ソラ、入るわよ」
母親、白金カナは扉の向こうから声をかけた後、ドアを開いた。そして片手にもっていた、チヂミとおにぎりを乗せた盆を、ローテーブルの上に置く。
それに対し、ソラは笑顔を浮かべた。
「ありがとう、お母さん」
「今日の分の宿題は終わった?」
「うん」
「そう、……レインさんはどう?」
「……まだ起きないよ」
「そう」
白金カナは、息子の隣へと行くとそのまましゃがみこみ、彼女の手を握る。
暖かくも冷たくもない――いや、前よりは少し温度が下がったか。顔色も、生気を失っているかのように見える。
「VRMMOからログアウトできなくなる、……まるで昔のアニメみたいね」
「母さん」
「だけどこれは、本当の事なのよね」
当然ながら、レインを預かる白金夫妻にも白銀レインの
とある事情でVRMMOから抜け出せない状態であり、デバイスを外せば身体への悪影響があるとの判断、
その上で、彼女が目覚める可能性は、ソラが声をかけ続ける事だと。
灰戸はソラの両親に、レインをこの状態で預かる為の資金を、前もって提供しようとしたが、それは今すぐでなくて構わないと言った。
「大丈夫よ」
信じたかったからである。
「レインさんは、すぐに治るわ」
何一つ根拠のない、無責任な未来を、
今にも、心が折れそうな息子の為に。
……それに対して、ソラは何も答えなかった。だけどそれでも、カナは笑顔を浮かべ、立ち上がる。
「じゃあ私、下でお仕事してるから。何かあったら呼びなさい」
そう言い残して、静かに扉を閉めた。
……テーブルの上には、母の手ずからの料理がある。だけどソラは、レインの顔を見続ける。
あの日から、何も変わらないと言う訳にもいかない。
白金カナが気付いた事を、
それでも、ソラは、
「レインさん」
ただ、名前を呼ぶ事だけしか出来なかった。
◇
同時刻――東京都某所にあるマンション。そこが現在、行方をくらませている、虹橋アイと黒統クロの潜伏先である。
その場所はアイズフォーアイズ本社から30kmも離れていない、灯台下暗し気取り。一応の理由は、虹橋アイの容姿を省みると、地方を潜伏先に選ぶ程に、悪目立ちする事を考えての選択ではある。
だけどそれは建前で、本心は、
――アイは、見つかりたがっている
防音ばかりはしっかりとした場所で、
「ううう……」
何の意味も無い唸りを、
「あぁぁあぁぁっ!」
虹橋アイは叫びながら、自分の頭を、PCが乗った机に何度も打ち付けていた。
「壊れろ、壊れろ!
202cmという高身長からのヘドバン、4脚のテーブルが浮き上がる程の衝撃で、
「私の頭、故障して!」
脳細胞は死滅していくが――
久透リアの、言いなりになるように。
「今すぐ、レインちゃん、助けなきゃ……」
VRMMOからログアウト出来ず、仮想の世界で痛み苦しみ喘ぎながら、ゆっくりと死を待つばかりの彼女を、友達を、
「きっと、助ける方法が……!」
救う為に、彼女は抵抗するが――
『無理、だ』
デバイスを通してなのに、頭の中で直接弾けるように、リアの声が響いた。
『もともと、レインは、救いのために、死ぬはず、だった、だが、黒統クロの、手元が、狂った所為で』
「あ、あぁ……」
『今の、彼女は、
「ああぁぁぁぁぁぁ!?」
アイはとうとう机から立ち上がると、カーテンと雨戸を閉めっぱなしの窓へと突っ込んでいった。そのまま外へと己の身を投げて、死のうとしたのだ。だが、
『やめろ』
その言葉だけで、ピタリと止まる。涙だけが、唯一の抵抗。
虹橋レインは、母親に作られたコンピューターだ。
たんぱく質で出来た機械人形は、
『
声は、響き続ける。
『いい加減、
「……どうして、こんな事」
『それは、私の、問いかけだ、アイ』
その時、デバイスに別のコールが鳴った。
黒統クロが、インターホンを鳴らさず、1分後にドアを開く通達である。
『
「クロ君に、そんな事させたくない」
『何故だ、人の救いの為に、必要な事だと、理解してるはずだ』
「こんなのは、救いなんかじゃない」
『ああ、エラーだ、そうか、だからまだ、無駄な足掻きを、するのか』
「無駄な足掻きなんかじゃない――これは」
扉が開く直前で、虹橋アイが残した言葉は、
「反抗期よ」
AIと言うには余りにも、人間らしかった。そして、
――ガチャリとドアが開けば
「おかえり~!」
「あっ」
クロの事を扉が閉める前に抱きしめる。黒統クロという少年の洗脳装置になる。
今の、アイに対するリアの
だが、
「あのね~、クロ君、お願いがあるの」
「……なんですか、アイさん」
笑いもせず、だが、ぬくもりに溺れるようにアイに抱きしめられる少年に、
笑顔で、告げた。
「レインちゃんの、公開処刑をしましょ~」
それには何一つの意味も無い、事だった。
無駄死にが確定した白銀レインは、ただ、放置で問題ない。だが、
「
今のアイは、久透リアが無駄な足掻きだと断じるアイディアに、全てをかける。
「
「……それは」
「
死にかけの彼女を救う事を。
「お母さんの
だから、そんな無駄な足掻きだからこそ、
「――わかった」
虹橋アイの願いは受理された。
「俺はアイさんを、疑わない」
その希望が、より深い絶望への道だとしても、黒統クロは彼女を信じる。それが彼の、
黒い信念。