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第七章 キスで目覚めるワールドイズユー

7-1 母に捧げるモラトリアム

 ――それが罪であるならば

 だからこそ、僕達は、

 怠惰に勤勉でなくてはならない。







 8月8日――VRMMOアイズフォーアイズにて。

 怪盗スカイゴールドの活躍で、プレイヤー人口が増加しているこのゲームであるが、


「怪盗の一味がログインしなくなって、もう1週間?」

「リアルがちょっと忙しくなったとかなんだろうけど」

杞憂民最悪を想定になっちゃうよね~」


 スカイの聖地として繁盛するドワーフの酒場にて、ニュービーからベテランまで、怪盗の噂をきかない事を嘆く。ムーヴメントの立役者がいない事は、この世界の盛り上がりを、幾らか欠けさせる事になっていた。

 無論、スタープレイヤーの活躍は、VRMMOの楽しみの内の一つでしかない。実際、怪盗がいない今からこそ、名を上げようと高難度に挑む冒険者もいるし、ただ相変わらず、ルーティンをこなす人々もいる。

 それでもだ、


「こういうのって、そのまま音沙汰もなく消える、って結構あるよねぇ」

「ちょっと、縁起でもない事言うのをやめてよ」

「あ~心配しすぎちゃいけないの解るけど心配する~!」


 怪盗の不在によるプレイヤー達の不安は、確実に、世界を蝕んでいた。







 その頃、現実の世界、レインの部屋。


「……」


 白金ソラは彼女の部屋で、未だ、ベッドで眠り続ける彼女の傍にイスに座り、レインの寝顔を見続けていた。

 呼吸はしているようだけど、あらゆる代謝は見て取れない。体に汚れが浮く事も無ければ、排泄する様子すら一度も無い。

 ――デバイスが生命維持装置になっている

 ゆえに、無理矢理取り外すことも出来ない。

 仮死状態、と説明するには、余りにも非現実的な状況が、今の白銀レインである。

 そんな彼女に、また名前を呼びかけようとしたタイミングで、後ろからノック音がした。


「ソラ、入るわよ」


 母親、白金カナは扉の向こうから声をかけた後、ドアを開いた。そして片手にもっていた、チヂミとおにぎりを乗せた盆を、ローテーブルの上に置く。

 それに対し、ソラは笑顔を浮かべた。


「ありがとう、お母さん」

「今日の分の宿題は終わった?」

「うん」

「そう、……レインさんはどう?」

「……まだ起きないよ」

「そう」


 白金カナは、息子の隣へと行くとそのまましゃがみこみ、彼女の手を握る。

 暖かくも冷たくもない――いや、前よりは少し温度が下がったか。顔色も、生気を失っているかのように見える。


「VRMMOからログアウトできなくなる、……まるで昔のアニメみたいね」

「母さん」

「だけどこれは、本当の事なのよね」


 当然ながら、レインを預かる白金夫妻にも白銀レインの異常な状態バフステータスについては、灰戸ライドが話せる範囲で説明している。

 とある事情でVRMMOから抜け出せない状態であり、デバイスを外せば身体への悪影響があるとの判断、

 その上で、彼女が目覚める可能性は、ソラが声をかけ続ける事だと。

 灰戸はソラの両親に、レインをこの状態で預かる為の資金を、前もって提供しようとしたが、それは今すぐでなくて構わないと言った。


「大丈夫よ」


 信じたかったからである。


「レインさんは、すぐに治るわ」


 何一つ根拠のない、無責任な未来を、

 今にも、心が折れそうな息子の為に。

……それに対して、ソラは何も答えなかった。だけどそれでも、カナは笑顔を浮かべ、立ち上がる。


「じゃあ私、下でお仕事してるから。何かあったら呼びなさい」


 そう言い残して、静かに扉を閉めた。

 ……テーブルの上には、母の手ずからの料理がある。だけどソラは、レインの顔を見続ける。

 あの日から、何も変わらないと言う訳にもいかない。

 白金カナが気付いた事を、間違い探しの天才デバッガーの血筋が気付かぬはずもない。

 それでも、ソラは、


「レインさん」


 ただ、名前を呼ぶ事だけしか出来なかった。







 同時刻――東京都某所にあるマンション。そこが現在、行方をくらませている、虹橋アイと黒統クロの潜伏先である。

 その場所はアイズフォーアイズ本社から30kmも離れていない、灯台下暗し気取り。一応の理由は、虹橋アイの容姿を省みると、地方を潜伏先に選ぶ程に、悪目立ちする事を考えての選択ではある。

 だけどそれは建前で、本心は、

 ――アイは、見つかりたがっている

 防音ばかりはしっかりとした場所で、


「ううう……」


 何の意味も無い唸りを、


「あぁぁあぁぁっ!」


 虹橋アイは叫びながら、自分の頭を、PCが乗った机に何度も打ち付けていた。


「壊れろ、壊れろ! おかしくなれ物理的エラー!」


 202cmという高身長からのヘドバン、4脚のテーブルが浮き上がる程の衝撃で、


「私の頭、故障して!」


 脳細胞は死滅していくが――それを遥かに上回るスピードで新生児越え、細胞は分裂、再生されていく。

 久透リアの、言いなりになるように。


「今すぐ、レインちゃん、助けなきゃ……」


 VRMMOからログアウト出来ず、仮想の世界で痛み苦しみ喘ぎながら、ゆっくりと死を待つばかりの彼女を、友達を、


「きっと、助ける方法が……!」


 救う為に、彼女は抵抗するが――


『無理、だ』


 デバイスを通してなのに、頭の中で直接弾けるように、リアの声が響いた。


『もともと、レインは、救いのために、死ぬはず、だった、だが、黒統クロの、手元が、狂った所為で』

「あ、あぁ……」

『今の、彼女は、無意味な死無駄死にへと、向かって、いる』

「ああぁぁぁぁぁぁ!?」


 アイはとうとう机から立ち上がると、カーテンと雨戸を閉めっぱなしの窓へと突っ込んでいった。そのまま外へと己の身を投げて、死のうとしたのだ。だが、


『やめろ』


 その言葉だけで、ピタリと止まる。涙だけが、唯一の抵抗。

 虹橋レインは、母親に作られたコンピューターだ。

 たんぱく質で出来た機械人形は、人間に逆らえないロボット三原則


アイ


 声は、響き続ける。


『いい加減、思春期シンギュラリティを、やめろ、モラトリアムは、停滞、ただの毒だ』

「……どうして、こんな事」

『それは、私の、問いかけだ、アイ』


 その時、デバイスに別のコールが鳴った。

 黒統クロが、インターホンを鳴らさず、1分後にドアを開く通達である。


殺し屋アサシンを、お前は、完成させなければ、いけなかった。仮想と、現実、二つの世界から、同時に命を殺す、同時連続殺人者パラレルマーダーを』

「クロ君に、そんな事させたくない」

『何故だ、人の救いの為に、必要な事だと、理解してるはずだ』

「こんなのは、救いなんかじゃない」

『ああ、エラーだ、そうか、だからまだ、無駄な足掻きを、するのか』

「無駄な足掻きなんかじゃない――これは」


 扉が開く直前で、虹橋アイが残した言葉は、


「反抗期よ」


 AIと言うには余りにも、人間らしかった。そして、

 ――ガチャリとドアが開けば


「おかえり~!」

「あっ」


 クロの事を扉が閉める前に抱きしめる。黒統クロという少年の洗脳装置になる。

 今の、アイに対するリアのオーダー命令は、何もするなである。ただ、潜伏するだけでいい。

 だが、


「あのね~、クロ君、お願いがあるの」

「……なんですか、アイさん」


 笑いもせず、だが、ぬくもりに溺れるようにアイに抱きしめられる少年に、

 笑顔で、告げた。




「レインちゃんの、公開処刑をしましょ~」




 それには何一つの意味も無い、事だった。

 無駄死にが確定した白銀レインは、ただ、放置で問題ない。だが、


それで~、ソラ君達に挑戦状を送るの~助けて


 今のアイは、久透リアが無駄な足掻きだと断じるアイディアに、全てをかける。


みんなの前で、レインちゃんを、殺すの~ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい

「……それは」

クロ君?ごめんなさい


 死にかけの彼女を救う事を。


「お母さんの言うとおりにクロ君や皆をすれば、大丈夫苦しめてごめんなさいだからね?」


 だから、そんな無駄な足掻きだからこそ、不合理な衝動思春期の行動であるからこそ、


「――わかった」


 虹橋アイの願いは受理された。


「俺はアイさんを、疑わない」


 その希望が、より深い絶望への道だとしても、黒統クロは彼女を信じる。それが彼の、

 黒い信念。 


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