「うおらああああああ!」
と、灰戸ライドが叫べば、
「ひいいいいいいいい!?」
と、眞司マンジが脅えた声をあげた。
ここはアイズフォーアイズ本社のセキュリティルーム。通常のスタッフの他に、和解交渉中の株式会社ZEROのチームを、灰戸は、この部屋に招き入れていた。
ZERO社がアイズフォーアイズにした犯罪行為を、けして許した訳ではない、だが、
「ええい、仮にも俺とかつてゲームを作っていた男だろ! さっさとレイン君の居場所を特定しないか!」
「む、無茶苦茶言うなよぅ! ていうか、私と私の社員達にIT土方なんかやらすなぁ!」
慰謝料代わりに
『にしてもさぁ、おっさん』
ともかく人手が足りない現場で、地味なお仕事を手伝っているアリクの中の男の子、リクヤが、作業しながらARを用い、
『いっそのこと、サーバーをダウンさせんのはダメなのか? それでレインがログアウトできない?』
『え~、そないなんしたら、逆にレインさんにとどめ刺す事にならへん?』
リクヤの言葉に、同じく仕事を手伝っていたARのウミがつっこむ。昔のレトロゲーよろしく、
それに対して答えたのは、灰戸ではなくジキル、
『あれなんだよねぇ、レインが居るサーバーが、うちの自社のサーバーじゃないかもしれないし』
『ああ、その可能性もあるか』
『自宅サーバーかもしれへんのやね』
『……ただの家のサーバーだったらいいんだけどさぁ』
ジキルは、ここで、少し黙った後、
『虹橋アイ本人の体がゲームサーバーだった場合、やばすぎんだよねぇ』
と、言った。
――その言葉は、リクヤとウミは勿論
本来は同じ
「待て待てジキル! 俺みたいに狂ったか! いくら2089年の技術力とはいえ、VRMMOのようなバカでかいデーター処理を、人の身の丈で行うなんて不可能だ!」
『いや、科学ってその不可能を可能にする奴っしょ?』
「それもそうか!」
「納得するのか!?」
眞司は思わずつっこんだが、そもそも、テープPCなんて代物すら、昔の人からすれば夢物語である。”虹橋アイはたんぱく質の塊で出来たパソコン”なのだから、むしろ、ジキルの推理は的を得ていた。
「となると、確かにジキルの言うとおり厄介だぞ? 下手すれば
『な、なんだそれ、最強のセキュリティじゃん!』
アイズフォーアイズのAIを管理する女性自身が、自身の内に、レインを人質にとっている状態。
とはいえ、である。
「だが、なんらかの形で、ネットワークに繋がっているのは確かだ。そうでなければ、レイン君への影響が出ている理由がわからん」
『せやね、むしろレインさんの居場所さえ解れば』
『アイさんの場所も解るかもって事か!』
ならもっと頑張らなきゃと、再び仕事にリクヤが戻ろうとした時、
『いや、もう二人ともあがっていいし』
『え、でも』
『やってほしい事はやってもらったし、それより、怪盗の方を気にかけてくれない?』
『ソラの事……』
『私は怪盗と仲間だけど、まだまだ友達って感じじゃないしさぁ』
頼むし、という言葉に、リクヤとウミは、
『わかった、じゃあまた何かあったら!』
『ほなまたです!』
そう言ってからARの姿を消した。はぁ、っとため息を吐くジキルに、ふっと笑う灰戸。
『やめろし、その笑顔』
「いやいや、昔から俺に引き籠もってた時に比べて、よく話すようになったものだ!」
『黙るし、うざい、うっさい』
そう言われてもガッハッハ! と笑う灰戸。傍から見れば和やかな会話だが、「これただの
そんな中で灰戸、
「――それで、あの二人を追いだして、俺に何を語る?」
『……はぁ、まぁ、わかるかぁ』
「当たり前だろ、俺達はいつからの付き合いだ?」
『私が物心着いた時だから、うげ、幼稚園に入る前から幼馴染み? つらぁ……』
そんな風に嘆きながら、ジキル、ARでデーターを取り出す。
それは、ブラックパールの解析結果だった。
『結論から言うし、ブラックパールはチートツールというより、ウィルス』
「ほう?」
『プログラムを破壊するんだけどぉ、感染した者の欲望に沿って、プログラムは魔改造されていく』
「ふむ、今までの所有者に起きた、ご都合主義のパワーアップとも辻褄はあうな」
『1番ヤバいのが、使用者の欲望を加速させちゃうんだよねぇ、目的の為の手段が強力過ぎて、その力に酔ってしまうというかぁ』
――万能感
神様にでもなったような気分、自分の意志というより、力そのものに操られる感覚。
「サクラ君の報告とも一部一致するな、しかし、そんな事が」
『そんな”漫画みたいな”装置を、科学で作ったのがマジヤバすぎ、洗脳アプリみたいなもんっしょこれ』
「科学に不可能は無いのだろう?」
『それなぁ……』
そして、心底面倒くさそうに、ジキルは、
『黒統クロ』
その名を言った。
急に、彼の名だけがころりと出た事に、灰戸は訝しんだが、直ぐさま何かを察した。
「――まさか」
『
彼が、虹橋アイを盲信する理由は、
そもそもに、彼のいでたちが黒い理由は、
『あの子、私達に会う前から、ブラックパールを埋め込まれていたんじゃね?』
――もしもそれが本当ならば
データー破壊のグリッチで、次々と人に斬り掛からせたのは、
アイの意志で無くリアの意志、
それがブラックパールのを使って実験ならば、
ブラックパールがウィルスの場合、その目的は、
「――感染者を増やすためか!?」
白銀レインが狙われたのは――
解析の結果、ブラックパールの量産はしにくい事が解ってる。一人一人の欲望に併せてのカスタマイズが必須になるからだ。
だがもし、ウィルスのキャリアーが、データー破壊という
ブラックパールを、より効率的にばらまく事が出来る。
破壊の後に修復という意味で言えば、ウィルスも、データー破壊のグリッチも、良く似ている。
もしもジキルの推理が正しければ、黒統クロは計画のために最初から、黒い十字架を背負わされていた事になる。
だが今の所、それら全ては、
「何の確証も無い推論だな!」
だった。
仮説はもっともらしく聞こえる分、真実の代替え品として成り立つから
『そうっしょ? だから、まだあの二人には聞かせられないし』
「ああ、言うにしてもこの件が終わってからか」
ちょうどその時、
灰戸に、緊急の連絡が入った。白銀レインの救出に関わるチームからの、連絡だった。
URLがあったのでARで開く――それはWeTube、全世界へ配信。
動画のタイトルは、シンプルだ。
――怪盗スカイゴールドへの挑戦状
◇
――血に染まった十字架の丘
VRでのレインが監禁されている、アイズフォーアイズの、
バグで四肢が千切れ、最早、頬や髪すらもその影響が出ている状態で、磔にされている白銀レインの前で、
「――今日より5日後、8月13日の22時」
黒統クロは、虹橋アイの台本通りに演じる。
「白銀レインを、殺す」
抑揚無く語りながら、自分のコートの前を開いて、
その胸中を晒す。
「止めたければ、この場所を探し当ててでも、来い」
――黒衣の奥にはブラックパールが鈍色の輝きを見せていて
そんな中で、磔になったレインが言った。
「スカイ、来るな」
と。
「殺される」
と。