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7-2 黒い十字架

「うおらああああああ!」


 と、灰戸ライドが叫べば、


「ひいいいいいいいい!?」


 と、眞司マンジが脅えた声をあげた。

 ここはアイズフォーアイズ本社のセキュリティルーム。通常のスタッフの他に、和解交渉中の株式会社ZEROのチームを、灰戸は、この部屋に招き入れていた。

 ZERO社がアイズフォーアイズにした犯罪行為を、けして許した訳ではない、だが、


「ええい、仮にも俺とかつてゲームを作っていた男だろ! さっさとレイン君の居場所を特定しないか!」

「む、無茶苦茶言うなよぅ! ていうか、私と私の社員達にIT土方なんかやらすなぁ!」


 慰謝料代わりにマンパワー働かせてるのだ。泣きながら文句を言う眞司だが、そこでARで現れたジキルが、『100億』とか言うと、また悲鳴をあげて作業をはじめた。そんな中で、


『にしてもさぁ、おっさん』


 ともかく人手が足りない現場で、地味なお仕事を手伝っているアリクの中の男の子、リクヤが、作業しながらARを用い、フレンドリー気軽に声をかける。ジキルの、『だからおっさん言うなし』という言葉はスルーして、


『いっそのこと、サーバーをダウンさせんのはダメなのか? それでレインがログアウトできない?』

『え~、そないなんしたら、逆にレインさんにとどめ刺す事にならへん?』


 リクヤの言葉に、同じく仕事を手伝っていたARのウミがつっこむ。昔のレトロゲーよろしく、正しい手順リセットボタンを押さずにに終了した場合、重大なバグぼうけんのしょロストが起きかねない。

 それに対して答えたのは、灰戸ではなくジキル、


『あれなんだよねぇ、レインが居るサーバーが、うちの自社のサーバーじゃないかもしれないし』

『ああ、その可能性もあるか』

『自宅サーバーかもしれへんのやね』

『……ただの家のサーバーだったらいいんだけどさぁ』


 ジキルは、ここで、少し黙った後、


『虹橋アイ本人の体がゲームサーバーだった場合、やばすぎんだよねぇ』


 と、言った。

 ――その言葉は、リクヤとウミは勿論

 本来は同じ脳味噌出身の灰戸ですら、驚愕させた。


「待て待てジキル! 俺みたいに狂ったか! いくら2089年の技術力とはいえ、VRMMOのようなバカでかいデーター処理を、人の身の丈で行うなんて不可能だ!」

『いや、科学ってその不可能を可能にする奴っしょ?』

「それもそうか!」

「納得するのか!?」


 眞司は思わずつっこんだが、そもそも、テープPCなんて代物すら、昔の人からすれば夢物語である。”虹橋アイはたんぱく質の塊で出来たパソコン”なのだから、むしろ、ジキルの推理は的を得ていた。


「となると、確かにジキルの言うとおり厄介だぞ? 下手すればレイン君VRの方のは、アイ君の体の中に囚われている事になる」

『な、なんだそれ、最強のセキュリティじゃん!』


 アイズフォーアイズのAIを管理する女性自身が、自身の内に、レインを人質にとっている状態。

 とはいえ、である。


「だが、なんらかの形で、ネットワークに繋がっているのは確かだ。そうでなければ、レイン君への影響が出ている理由がわからん」

『せやね、むしろレインさんの居場所さえ解れば』

『アイさんの場所も解るかもって事か!』


 ならもっと頑張らなきゃと、再び仕事にリクヤが戻ろうとした時、


『いや、もう二人ともあがっていいし』

『え、でも』

『やってほしい事はやってもらったし、それより、怪盗の方を気にかけてくれない?』

『ソラの事……』

『私は怪盗と仲間だけど、まだまだ友達って感じじゃないしさぁ』


 頼むし、という言葉に、リクヤとウミは、


『わかった、じゃあまた何かあったら!』

『ほなまたです!』


 そう言ってからARの姿を消した。はぁ、っとため息を吐くジキルに、ふっと笑う灰戸。


『やめろし、その笑顔』

「いやいや、昔から俺に引き籠もってた時に比べて、よく話すようになったものだ!」

『黙るし、うざい、うっさい』


 そう言われてもガッハッハ! と笑う灰戸。傍から見れば和やかな会話だが、「これただの独り言バーチャル浄瑠璃なんだよな……?」と冷や汗をかく眞司。

 そんな中で灰戸、


「――それで、あの二人を追いだして、俺に何を語る?」

『……はぁ、まぁ、わかるかぁ』

「当たり前だろ、俺達はいつからの付き合いだ?」

『私が物心着いた時だから、うげ、幼稚園に入る前から幼馴染み? つらぁ……』


 そんな風に嘆きながら、ジキル、ARでデーターを取り出す。

 それは、ブラックパールの解析結果だった。


『結論から言うし、ブラックパールはチートツールというより、ウィルス』

「ほう?」

『プログラムを破壊するんだけどぉ、感染した者の欲望に沿って、プログラムは魔改造されていく』

「ふむ、今までの所有者に起きた、ご都合主義のパワーアップとも辻褄はあうな」

『1番ヤバいのが、使用者の欲望を加速させちゃうんだよねぇ、目的の為の手段が強力過ぎて、その力に酔ってしまうというかぁ』


 ――万能感

 神様にでもなったような気分、自分の意志というより、力そのものに操られる感覚。


「サクラ君の報告とも一部一致するな、しかし、そんな事が」

『そんな”漫画みたいな”装置を、科学で作ったのがマジヤバすぎ、洗脳アプリみたいなもんっしょこれ』

「科学に不可能は無いのだろう?」

『それなぁ……』


 そして、心底面倒くさそうに、ジキルは、


『黒統クロ』


 その名を言った。

 急に、彼の名だけがころりと出た事に、灰戸は訝しんだが、直ぐさま何かを察した。


「――まさか」

ブラックパール新技術の開発ってさぁ、人体実験が必要だしぃ、それできるのってぇ、リアか、リアのPC操り人形が好きな人っしょ?』


 彼が、虹橋アイを盲信する理由は、

 そもそもに、彼のいでたちが黒い理由は、




『あの子、私達に会う前から、ブラックパールを埋め込まれていたんじゃね?』


 ――もしもそれが本当ならば

 データー破壊のグリッチで、次々と人に斬り掛からせたのは、

 アイの意志で無くリアの意志、

 それがブラックパールのを使って実験ならば、

 ブラックパールがウィルスの場合、その目的は、


「――感染者を増やすためか!?」


 白銀レインが狙われたのは――




 解析の結果、ブラックパールの量産はしにくい事が解ってる。一人一人の欲望に併せてのカスタマイズが必須になるからだ。

 だがもし、ウィルスのキャリアーが、データー破壊というスクラップアンドビルドチート越えのなんでもあり行為で、斬り掛かるならば、

 ブラックパールを、より効率的にばらまく事が出来る。

 破壊の後に修復という意味で言えば、ウィルスも、データー破壊のグリッチも、良く似ている。

 もしもジキルの推理が正しければ、黒統クロは計画のために最初から、黒い十字架を背負わされていた事になる。

 だが今の所、それら全ては、


「何の確証も無い推論だな!」


 だった。

 仮説はもっともらしく聞こえる分、真実の代替え品として成り立つから性質たちが悪い。


『そうっしょ? だから、まだあの二人には聞かせられないし』

「ああ、言うにしてもこの件が終わってからか」


 ちょうどその時、

 灰戸に、緊急の連絡が入った。白銀レインの救出に関わるチームからの、連絡だった。

 URLがあったのでARで開く――それはWeTube、全世界へ配信。

 動画のタイトルは、シンプルだ。

 ――怪盗スカイゴールドへの挑戦状







 ――血に染まった十字架の丘

 VRでのレインが監禁されている、アイズフォーアイズの、虹橋アイが作り出した特別なエリアまるでブラックヤード

 バグで四肢が千切れ、最早、頬や髪すらもその影響が出ている状態で、磔にされている白銀レインの前で、


「――今日より5日後、8月13日の22時」


 黒統クロは、虹橋アイの台本通りに演じる。


「白銀レインを、殺す」


 抑揚無く語りながら、自分のコートの前を開いて、

 その胸中を晒す。


「止めたければ、この場所を探し当ててでも、来い」


 ――黒衣の奥にはブラックパールが鈍色の輝きを見せていて

 そんな中で、磔になったレインが言った。


「スカイ、来るな」


 と。


「殺される」


 と。


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