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7-3 他人

 黒統クロことブラッククロスによる、怪盗スカイゴールドへの挑戦状。

 この配信が行われた後、アイズフォーアイズの各エリアは、混乱とどよめきに包まれていた。

 ――庭園広場にて、悪役令嬢と追放系領主の会話


「どういう事ですの!? クロス様はスカイ様の一味になるのでなくて!?」

エンターティメントプロレスにしては、悪趣味が過ぎるよね」

「全くですわ、だけどクロ様のこの表情、本当に演技ですの?」


 ――砂漠にて、よみふぃ使いとランスダンスマスターの会話


「キューティ、殺されちゃうの!?」

「い、いや、お芝居だよお芝居、なんか、体がバグっててあやしいけど」

「この1週間で何があったのよぉ!?」


 ――洞窟にて、ドラゴン殺しと竜人の会話


「いやもしかしてこれ、エンタメじゃなくてガチケンカなんじゃね?」

「ブラッククロス殿って、ライトオブライトで塔をぶった切った方でございましょう?」

「そんな奴にスカイは勝てんの?」


 久しぶりの怪盗の動向なのだけど、誰も、盛り上がりを見せていなかった。

 ――望んでいたものはこういうものじゃない

 スカイゴールドの仕事は、爽快勝つ痛快でなくてはならない。それが解らないスカイゴールド劇場型犯罪者では無いはずだ。なら、この挑戦状は、ブラッククロスが単独で考えたものと考えるのが妥当。

 だとすると、不可思議な事がある。

 シルバーキューティが囚われ役という事である。


 ――追放された先で下克上を成し遂げたヒーラーの独り言


「まさか、本当に捕まってる?」


 本当に、キューティが捕まっていて、処刑が迫っていて、命を奪われようとして、

 そんな状況であるならば、

 ――スカイ、来るな、と

 自身の命よりも、スカイの命を慮る態度には筋が通る。

 可能性を潰していった時、一番有り得ないと思っていた物が、真実である事が当たり前の世界。

 そしてそれを肯定したのが、挑戦状が出た時は、いつもなら、少なくとも二四時間以内に返すはずの、怪盗からの予告状が、1日経ってもまだ出回っていない事――いやそもそも、怪盗一味のログインが一切無かった事であった。

 場所を問わずに、こんな会話が繰り広げられている。


「リアルの方でいざこざがあった?」

「ブルーオーシャンのVtuberアカウントも更新されてないし」

「ああもう、何が起きてるんだよ!」


 説明が無いと不安になる。スカイという、本来説明責任のない一般人に対して、知る権利を求めてしまう。

 だけど、いくら求められても、怪盗スカイゴールドは現れなかった。

 人々の困惑は、やがて失望へと変わっていく。







 ――挑戦状が出されて3日後

 レインの部屋にて。


「レインさん、雨が降ってますよ」


 ソラが言うとおり、窓の外では、夏の雨がざぁざぁと音をたてて降っていた。風流さは正直ないが、季節問わずに雨というものは、琵琶湖近畿の水瓶を満たす自然の恵みである。


「これだけ音が大きくても、起きないんですから」


 そう苦笑しながらレインに話しかけた後、


「……本当は」


 ソラは、自分を嘆く。


「僕、こんな事、してる場合じゃないですよね」


 辛そうに、悲しそうに、


「リクヤも、ウミも、僕を励ましに来てくれました、だけど、どうしても動けなくて」


 返事なんてするはずもない彼女に、ただ話しかける。


「――レインさん」


 辛さとせつなさが、喉を焼くような熱さになって、目からまた、泣き虫の涙が溢れそうになった、その時、

 ノックの音がして、


「ソラ、お客様」


 母の声がした。

 お客様、と聞いて、誰だろう? と思ってる中、扉が開けばそこには――知らない人が経っていた。


「え」

「初めまして」


 知らない人――そう思った、だが、


「あっ」


 スーツ姿に包まれた長身に沿うようなロングヘアー。面立ちは細く、目付きはキリっとしている。

 姿形、その美しく流れる髪、

 何よりも、その凛とした面立ちは、

 とても彼女によく似ていた。


「――もしかして」


 簡単にソラは答えを察す。訪れた女性は、にこりと笑った。


「白銀アメです、はじめまして、ソラ君」


 ――レインの口から、何度か、話を聞いていた母親である

 髪の色こそ黒なれど、その長髪は、美しく輝くように揺れた。


「それでは、息子さんと二人にさせていただけますか?」

「あ、お茶の方は」

「お気持ちはありがたいですが、すぐに出ますので」

「解りました、それでは」


 そう言ってソラの母親は出て行き、レインの母親が部屋に残った。もしかすればレインより背が高い177cm越えだろうか。そんな長身で先にソラに会釈した後、しゃがみこみ、レインの頬を撫でた。


「この子も今、戦ってるのですね」

「そ、その」

「貴方の話は山ほどに、娘から聞いてますが、私の話は聞いてますか?」

「は、はい、とても仲が良くて、尊敬してるって」

「なるほど、まぁそこまででしょうね」


 そこでアメは懐から何かを取り出した。

 それは――警察手帳敢えてアナログだった。


「えっ」

「ご覧の通りの身分です、とは言っても、担当するのは特殊な事件です、例えば、今、私の娘が陥ってるような」

「――特殊な」

「まだまだですけど、正義の味方をやらせてもらっています、夫婦揃って」


 その上、アメは、灰戸ライドとも知り合いと言って、ブラックパールや久透リアについても相談を受けているとまで言ってきた。

 ソラは目を丸くするばかりだった。

 突然、レインの母親に会うだけでもビックリなのに、次々と告げられる情報にオーバーフロー。ただ、白銀レインの浮き世離れした人物キャラから考えると、両親の中身にも納得いくのも確かだった。

 その上で、自称正義の味方、白銀アメは言った。


「娘を、救ってくれてありがとうございます」

「――え」


 ……それは、この状況における、嫌味や皮肉でもなく、


「東京での件を聞きました、貴方がいたから、貴方との出会いがあったから、過去を乗り越える事が出来たと」


 本当に、心の底から感謝しているような言葉だった。


「……娘が退学した時、私も夫もその理由を聞く事が出来ませんでした、探る事で傷つけるのではと思ってしまったから」

「でも、それは」


 心、傷付いた人間に、血の繋がった他人が出来る事は少ない。せいぜい傍にいてあげるだけ。

 親だからこそ、掬い取れない悩み死に至る病もある。

 だからこそ、


「親心ではあったつもりですが、怠惰でもありました」


 助けてくれた他人世界で一番大好きな人に感謝して、


「あの時、貴方は娘を助けてくれました、だから今度は、私達の番です」

「っ!」


 その礼をしなければならないと――

 今のソラは、何もしなくていいと。

 ただ、レインの為に祈って欲しいと。

 ……だけどその思いやりも、


「……それで、いいんですか、僕は」


 本当の意味で、ソラの救いにはならない。

 自分が本当にすべき事が解ってるから、


「僕が、レインさんを、助けなきゃ」


 だけど、


「助けなきゃいけない、と、助けたいには、大きな隔たりがあります」

「……アメさん」

「今は、娘の傍にいてください」


 そこまで言って立ち上がる。


「貴方が、多くを助けたように、貴方も、多くに助けられるべきです」


 そして部屋を出て行く際に、


「それが大人の、子供に対する仕事務めです」


 言葉と、そして、

 娘への視線を送った。

 ――そして扉を開いてみれば


「あっ」

「ひゃっ」

「あら?」


 そこにいたのは、リクヤとウミだった。


「ええと、お話聞いてました?」

「聞いてました! つか、俺達の言うつもりだった事、全部言われました!」

「うちらがパッションで伝えようとしてた事、ロジカルアンドソフトに理路整然と優しく!」

「それは申し訳ありません、ええと、どうしましょうか?」

「いやもうそりゃ、帰りますよ、おおいソラ!」

「絶対、レインさん助けてくるから、待っとって!」


 そこまで言うと、扉は勢い良く閉まる。その音の後に訪れたのは静寂ではなく――雨の音。

 ……暫くしてから、ソラはもう一度、レインをみつめる。


「――レインさん」


 手を握る、それが今のソラがすべき事、怪盗スカイゴールドとして、彼女を助けに行く事じゃない。

 ……そのはずだ、そうなのに、


「……本当に、それでいいの」


 怠惰であれサボれと言われたのに、まだ、行かなければという気持ちがある。

 だけどそれは裏を返せば、


(――どうして僕は)


 こういう事である。


(助けに行きたいのに、助けにいかないんだろう)


 当たり前の様に受け入れてしまっていた事に、ようやくソラは、疑問を抱き、そして、


(ああ、そうだ)


 答えは呆気なく、簡単に出た。


(助けられる、自信が無いから)


 逃げろ、と、レインは言った。

 自分が生き残るという彼女レインの希望を、砕く事になるから。

 本当の自分が、全てを救う怪盗スカイゴールドなのではなく、

 ただの少年、白金ソラなのを解っているから。


「う、うう、ううぅ……」


 行ってもただ、無駄死にするだけの、自分の無力さを解っているから。

 情けなくて、みっともなくて、どうしようもなくて、

 ――だけどその涙を肯定するかのように

 雨は、世界を包むように、降り続ける。

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