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7-5 科学の光

 8月13日、午前10時。

 長野県飯田市、築25年の一軒家のリビングで、サブスクのドラマが流れる中で、二人の夫婦が会話をしていた。話題が次々と変わる中、夫の方が切り出した。


「なぁ、今日の焼き肉はなんにする?」

「羊はもう買ってあるわよ」

「追加でカルビも仕入れてくるか」

「いいわね」


 飯田市は、日本一の焼き肉の街、店の数もそうであるが、家庭でも何かがあればと肉を焼く。ただしその肉の種類は牛だけにおさまらず、羊は割とスタンダードな部類である。

 地方にとっては当たり前、よそからみたらちょっと不思議、そんな、ある意味でありふれた、日本の夫婦の日常が繰り広げられる中で、

 ピンポーン、とチャイムが鳴った。

 俺が出るよと言って、旦那は、インターホンを恵与せず、玄関へと向かい扉を開けた。


「警察です」

「は、はぁ?」


 その玄関にて、いきなり警察手帳を突きつけられ、同時に、その証明のデーターがデバイスに転送される。

 ここに立っていた警察は、白銀アメであった。


「け、警察ですか? なんでまた?」

「今、貴方と暮らしている奥様は、2日前に入れ替わった偽者です」

「え!?」

「本物はこちらです」

「ああ、貴方!」

「ええ、お前!?」


 泣きじゃくりながら夫に抱きつく妻、ついさっきまで焼き肉の相談をしていた相手が、自分に抱きついてきた事で、ただただ混乱する夫、その再会に目をやる事もなく、「緊急事態に付き失礼!」と言いながら、アメは土足のままに家へとあがった。この家の持ち主である夫妻は、アメの部下によって避難させられる。

 ズカズカと、アメがリビングまで歩を進めれば、そこにいたのは、

 ソファに座る――白いロングワンピースを身につけて、髪をブラウンに染めた、

この家の女性に変装していた、久透リアだった。


「……逃げないのですか?」

「家は、囲まれて、いるのだろう?」


 リアの言葉通り、警察は、この家付近の住民を迅速に三時間退避させてから、3特殊装備を身につけた者達総勢30人で取り囲ませていた。


「私、一人じゃ、どうにもならない」


 そこ迄言うと、リアは立ち上がる。

 ネゴシエーターであるアメは、そこまでは許す。


「よく、私に、辿り着いたな、白銀アメ」


 今更、自分について知られている事に動揺はしない。会話をスムースに続ける。


「ええ、夫の協力があってこそですが」

「全く、忍者は、恐ろしい」

「忍者じゃなくて、ちょっと特殊なだけの警察です」


 そう言ってから彼女は、懐から何かを取り出して、構える。


「ティザー銃、か」

「ええ、殺しはしません」


 アメはリアに対して、電気銃非殺傷を突きつけた。引き金を引けば、コード付の二つの電極が放たれ、体に当たれば、失神レベルの電流が流れる。

 それを脅しの道具にして、問いかけた。


「虹橋アイの居場所を、教えてください」

「手遅れ、だ、君の、娘は、助からない」


 それに対して、アメは、


「助からないのに、何故あなたの娘虹橋アイは、悪足掻きをしたのですか?」


 灰戸経由で仕入れた情報を使い、揺さぶりをかける。無表情なれど、それには少し驚いたようだが、リア、


「良く、有る、反抗期だ、無意味に、親の言う事に、逆らう」

「無意味?」

「――レインが、助かる、確率は、0だ」

「……」

「アイが、何を期待して、怪盗達を、処刑場に、導いたかは、解らない、レインが死ぬ前に、せめて、話をという、慈悲かも、しれない、それとも」


 リアは目を細めて、憐れむように、


「奇跡など、望んだ、か」


 そう言った。

 淡々と語るリアの言葉を、白銀アメは、それが真実だとどこまでも受け止める。

 だが同時に、実の娘の死が確定している事実に、あらゆる感情がわき上がる。

 それでも、今は心を押し殺さねばならない。

 絶望の中でも、希望を持つ事とは、そういう事だから。


「ご同行願います」


 そんな覚悟を決めたアメに、


「私、一人じゃ、どうにも、ならない」


 ――リアが


「だが、私にも、仲間が居る」


 そう言った瞬間――家の外から物音がした。

 その物音は、四方八方、この家を囲む警察達が居た方からだ。

 ――包囲網が、誰かに倒された?


「嘘」


 思わず零れてしまった本音、リアが雇った傭兵か、あるいは警察の中にリアの息がかかったものがいたか、

 そんな分析をしてる暇も無く、


「殺しは、しない」

「っ!」


 無造作に歩いてきたリアに、

 ――バシュリと

 アメは予告もなく間髪入れずに電気銃を放った。彼女の肌に接着する二つの電極、5万Vという、気絶必死の電流が彼女に流れる。だが、


「――えっ」


 それだけの電気に刺されても、リアが崩れる様子は無かった。それどころかリアは、

――ティザーの5万Vを越える電気を、体中から発していく


「なっ!?」


 まるでゲームのエフェクト――現実で感電をしたからって、骨が透けるような事スケスケだぜは起きない。それでも、体の周りにバチバチと青白い火花を散らしながら、茶に染めた髪を薄く透き通った長髪へと戻していく。

その神々しい姿に、アメは目を奪われてしまって、

 逃げる事も出来ない距離まで、詰められてしまった。


「私の、正体を、一つ、教える」


 ――インドラ


「デジタルの、革命を、起こした、神の雷、その、開発者」


 電気銃と同等かそれ以上の、体内電流を発したままに、


「チャンドラバブは、私だ」


 ――リアはただ、アメに触れた


「あっ!?」


 その悲鳴と一緒に、バチン! という音をたてた後、アメはそのまま仰向けに倒れた。

 ……息をしている事を確認してから、彼女は部屋を出て、玄関も出て、そのまま用意されていた仲間が奪っていたパトカーに乗って、サイレンと供にその場から去って行った。







 ――同日、21時30分

 アイズフォーアイズ、怪盗スカイゴールドが、シソラの頃から良く通っていたドワーフの酒場。常連やニューカマーが集まる場所で。


「おい、WeTubeで配信が始まったぞ!」

「マジで!?」

「本当だ、クロスとキューティだ!」


 客の一人の言葉に、全員が一斉に視聴アプリを起動しようとしたが、それより早く店主が、店内のモニターにそれを流した。

 動画のタイトルは、”20290813_2200“という、日付と決戦の時刻を数字にした、余りにもそっけないもの。しかし映る光景は、前回よりも、視聴者の固唾を飲ませた。


「ちょ、ちょっと、磔になってるキューティ」

「なんか、前よりバグってない?」


 客達の言葉通り、血染めの丘で磔になっているキューティの体は、今や三割ほど、ノイズに侵食されていた。千切れかけそうな方の断面から、0と1の数字がちらついている。

 そして、彼女は苦しそうに喘いでいた。


「いやいや、どうなってんの!」


 ――音声は一切流れない、ただその様子のみが流れる配信に


「こんなの全然面白く無いって、いつものエンタメ怪盗らしくない!」

「エンタメじゃなくて、ガチセメントなんじゃないの?」

「じゃあ、クロスがスカイの相方恋人を本気でBANそうってしてるって事?」

「いや、ただのプレイヤーがそんな事が出来る訳――」


 その言葉に、続いたのは、


「……ただのプレイヤー、なのかな」


 ヒーラーからシーフに転職した、ずっと最初から、スカイゴールドの事を追っていた、犬耳キャラのプレイヤーの言葉だった。

 スカイの事は信じている、だが、だからこそ彼は、盲目なファン信者にはなれなかった。


「怪盗の一味が全員、チートを使っていたなら、なんでも運営と同じ事を出来るんじゃないかな」

「ふ、ふざけんなよ、怪盗達のあれは、技だ!」

「チートだとしたら、とっくに運営にBANされてるでしょ」

「だけど……」


 チートだったら、運営からその存在を、オフィシャルに認められているはずもない。

 それが、今までの怪盗一味の絶技が、認められていた背景だった。

 しかしもしそれにも理由があるならば、


「運営が、チートを見て見ぬ振りをしてるからとか?」

「――それは」


 その意見が、今まで無かった訳じゃない。株式会社ZEROと郷間ザマの件もある。ただ、それを堂々とファンが言うような事は無かった。

 しかし最早、この世界ゲームの人々は、それを公然と口にするようになっていた。

 自分達が熱狂していたものが、作り物であったのなら、運営がゲームの人気を盛り上げる為に行ったプロモーションステマであったなら、

 犬耳は、言った。


「俺、怪盗を許せるのかな」


 5月から始まった怪盗のムーヴメントは、異常な盛り上がりとも言えた。

 その熱が嘘だと知った時、人々の心は虚空からっぽを抱く。

 盲目信者じゃない、正しいファンであればある程に。

 ――だけど


「チートじゃない」


 信心では無く、信頼出来る者もまた、


「グリッチだ」


 正しいファンである――その言葉を呟いた者がいるカウンターに、全員が目線を行く。

 ……電脳都市ゴルドデルタ、セキュリティタワーを管理する三人の内が一人、怪盗と対戦経験PVPのある、

 白衣の男アンドロイド

 ――ねぇグリッチなの、グリッチなんでしょ!?!

 ただの願望ではない、研究結果を語り始めた。

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