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7-6 悪党の帰る場所

 ――ドワーフの酒場の天井に


「ふぎゃあ!?」


 剣士二人の重なる影を踏んだシーフが、その犬耳が潰れる程に、高くジャンプした事が、


「うわぁ、マジでファントムステップだ!?」

「レベル差2の剣士同士二人の影が重なった時、時間が21時47分28.115秒の瞬間を突いて!?」

「いやいや、なんでそれで、ちょっとすり抜けが出来るの!?」


 白衣の男の研究結果を実証する事になった。天井に頭をぶつけた旧式ルーラ犬耳キャラは、痛みはなくとも衝撃を覚えた頭を抑えながら、白衣に視線を向ける。


「これ、どういう理屈なの!?」

「この再現性のある現象科学で最も求められる奴は、記録にあるファントムステップをAI解析した結果で導き出したものの一つで、今回の場合は透過魔法の呼び出し値を利用したグリッチで、そもそもアイズフォーアイズのオブジェクト判定はパラメーターに依存するから、キャラ同士の影の判定にすらもレベル差があって、そして+-4の処理に対して時間の倍数がn+の」

「ごめん、わかんない!」


 理論はともかく、ドワーフの酒場の者達は、


「チートじゃなくて、グリッチだったのか!」

「確かにスカイの動きって、RTAみたいって良く言われてるもんね!」

「あれ、でもグリッチって規約的にどうだっけ?」

「運営が放置してるって事は仕様だから、気づいた奴だけ使えって方針とか?」

「あの社長が言いそうでござるな」


 実際のアクションゲームでも、1/120のFPSを狙わないと成立しないバグ挙動は多く存在し、RTA走者は、その領域人外に良く足を突っ込む。そして、


「あくまで、このグリッチは怪盗が使っている内の一つで、他にも様々なやり方があると俺は仮定している」


 白衣の言葉に、酒場の客の多くは盛り上がった、

 特別な物しか使えないチートと、誰でも使えるグリッチとでは、全く意味が違ってくる。

だがしかし、


「そんなの、人間に出来るの?」


 その盛り上がりに水を差す疑問を、犬耳のファンは、聞かずにはいられなかった。

 何せ自分がファントムステップもどきが出来たのも、何十回もトライしてからだ。


「正直、グリッチやり方が解った所で、こんなの使いこなせる気がしないよ」

「そこなんだよ、俺のファントムステップ=グリッチ説の最大の障害は」


 白衣のアンドロイが、白衣の老人と白衣の若人にも、説を否定された要因そんな訳ないっしょwである。

 理論上は可能だが、人力TASにも限界がある。

 もしこんなグリッチを手足のように使えるならば、それは最早、人間を越えた感覚センスを持つ何か化け物だ。


「それを証明出来ない限り、俺のこの説は、まだ机上の空論だ」


 結局、白衣の男が示した光は、あくまで可能性この場限りの話であった。だが、

 それでも、


「でも、あの子ならそれをやっちゃいそう」

「だな~、昔から動きがやべー奴だったし」

「チートで楽しいと思うタイプじゃないしのう」

「それなー」


 古参が多く、シソラの事を昔から知る者達が、白衣の意見を尊重する。

 ――グリッチ説は、この場所でしか成立しないものである

 他のプレイヤー達からは、余りにも信じられず、受け入れがたい。

 それでも、


「……スカイゴールド」


 犬耳のシーフは、それを信じる事にした。少なくとも、チートとグリッチを比べれれば、チートは世界に対する悪意だが、グリッチは世界の隙である。

 ――それを突く者であるならば


「君は、戻ってくるの」


 ファンだった犬耳シーフは、またそれを祈り始めた。







 ――そして、時は22時

 決戦の場所、血染めの十字架丘。

 磔になったレイン――キューティを前にして、ただ一人、クロスが立つ中で、

 次々と、ログインする者達が現れる。


「よっと、到着!」

「うわぁ、相変わらず禍々しすぎるんよ」

「本当、色気に欠けた場所よね」

「マドランナさんの姿も今日はかっこいいさね」

「いえ、十分セクシーだと思いますが蒼い炎で局所を隠してるだけ


 ブレイズ、オーシャン、マドランナ英雄竜ver、アカネ、サクラ、


「……お前……達」


 助けに来た中に、スカイがいない事を差し置いても、


「どう、して……」


 それは、キューティが望んだ事ではない。だが、最早叫ぶ力もないようで、ただ涙目で、傷口からバグのノイズを揺らしながらみつめるばかり。

 キューティの反応後に、クロスは口を開く。


「スカイは?」

「ああ、あいつは、今日はお休み」

「うちらが相手したげるから」


 そう言って、構える二人。それに対して、ゆっくりと距離を詰めていきながら、クロス、


「アイさんに、君達を倒せとまでは言われていない、だが――」

「同じ、黒い信念ブラックパールを宿した者として聞きます」


 サクラの問いかけに、


「貴方は、自分が久透リアの操り人形になっている事を、自覚していますか?」


クロスの足が止まる。


「違う」

「その根拠は」

「アイさんが、違うと言った」


 もともと彼は、独自で桜国に渡り、久透リアと接触したクロスである。

 だが、今の彼は考えない。

 アイに対する悩みを持つ事そのものが、裏切り。

 ……何よりも、そう、


「――悩まない方が楽なのね」


 マドランナが指摘した通りだった。

 怠惰という欲望は、他のあらゆる欲望に比べて、異質である。他がひたすらに求め続けるのに対して、怠惰とは、

 ――何もしたくない

 自分の意志を捨て、誰かの言いなりになるだけでいい生活。それは甘美であると同時に、破滅にも至る危険なもの。

 ブラックパールの実験台として、ずっと前から植え付けられていたクロスは、その己の中にあった欲望トラウマから生まれた願望にどこまでも沈む。

 それを理解して尚、ブレイズは、


「ふざけんなよ」


 本気で叫んだ。


「ぶちのめして、目を覚まさせてやる!」


 しかし行動は冷静だ、クラマフランマ叫ぶ炎を後ろに振りかぶれば、オーシャンがバフがけの歌を歌い始め、マドランナが飛び上がる、そして、

 そして、左右に分かれて動き出す、アカネとサクラ、


(ブレイズのクラマフランマの炎を目眩まし、オーシャンの歌で強化されたマドランナが飛び上がる、それをおとりに義賊の姉妹が俺を挟み撃ち)


 作戦を全て読み切ってから、クロスは、


一閃無駄な事だ


 その刀を閃かせる。




 ――だけどその、距離すら壊す刀の軌道が

 ほんの僅かにズレた理由は、

 頭上から、


オーバーウェイトボムゥゥッ!重量超過爆撃


 全長5メートルのロボット兵が、自重と共に落ちてくる!


「――ははは」


 そしてその背中には、小悪党が、


「はぁーっはっはっはっはっはっは!」


 小悪党グドリーが、マドランナが復帰を呼びかけた切り札が、

 高笑いを掲げながら、ログインしてきた。




(上から!?)


 クロスの距離を壊す斬撃が不発に終わった原因は、彼の技が余りにもメンタルに左右される為。つまり、上からの急襲は、クロスの心を惑わすにも程があった。

 それでもなんとかそれをかわし、フギャア! というカリガリーの死んだ声HP0を聞きながら逃れた先で、


クラマフランマバースト!炎の絶叫


 【瞬間火力】込みでどてっぱらにぶちこまれる。その衝撃で、吹き飛ばされた先には、


「Clap Clap Hands! Clap! Your Viva Chance!」


 オーシャンの歌バフを受けた三人の、


シュガーファイヤー甘焦がす炎!」

百本つららハンドレッドアイスニードル!」

輪廻の理・嵐ループ・ザ・ループ・ストーム!」


 攻撃に容赦無く叩かれる、身を焦がす熱さも、体を突きさす冷たさ、そして、二つのヨーヨーによる打撃の嵐、VRとはいえ、その攻撃の群れは、実際に身を焦がして凍り付かせて骨を折りそうと錯覚しそうな程だった。


いっせ――止め――


 全てを文字通り切り抜けようと、刀を抜いたが、


「なぁぁぁにが! アイさんを疑わないですか!」


 その言葉が、最早無用のガラクタとなったカリガリーの上で、メガネをクイッ! と中指であげる者から放たれた。

 ――レベルは低い、装備も似ているものの寄せ集め

 消されたアカウントの代わりに急いで用意したのがバレバレの、急造ハリボテのかつての姿アバターであるグドリーの、

 その、中身だけは一切変わってない声が、


「それじゃあ何故、レインの処刑を望んだ彼女虹橋アイは!」


 クロスの手元を揺らす。


「私の様な邪魔者異物を、死角から招き入れる事を許可したんでしょうかねぇ!」


 距離を壊す斬撃は、小悪党の煽り指摘に封じられた。


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