ソラが、WeTubeの配信も切った事で、静かになったレインの部屋。
白金ソラの父、白金テツが部屋に入ってから10分が経過して、
――未だ沈黙が流れていた
テツはただソラの隣に、並ぶように座る。いわゆる、”何も話さずただ隣にいるだけ”の状態。
気まずさも、心地よさも無い、ただ時だけが過ぎていく。
――だけど
「……僕は」
その沈黙を破ったのは、
「最低なんだ」
ソラの、子供からの心の有りよう、どうしても拭えない自信の無さだった。
――怪盗という理想によって、支え続けてきた己の人生
だけど、
「レインさんは、
両親や友達が、普段のソラを肯定しなかった訳じゃない。だけど、レインはより丁寧に、真摯に、情熱的に、その気持ちを真っ直ぐに伝えてきた。
ソラはレインのおかげで初めて、
だけど今、その彼女が倒れているという事は、それが無い。
自分の弱さをどこまでも思い知らされる。
「――僕は」
それからはもう、全てを語った。
レインとの出会いから、アイズフォーアイズの運営による神の悪徒計画に参加し、怪盗スカイゴールドとして、グリッチを駆使し活躍し始めた事。
この三ヶ月で、沢山の事件、沢山の出会いがあり、それらを通して”昔夢描いた怪盗”に近づいていたと思った事。
――幼馴染みとの再会と
レインの現状は、彼の手による事。その為に自分は、いくらレインに来るなと言われても、助けに行かなきゃいけないと思っている事。ブラックパールの存在、久透リアの暗躍。
そして、行かなきゃいけないのに、
こうやってただ、動けずにいる事。
そんな全てを吐き出した後、ソラは、声も上げず涙を流した。
そんな息子に対して、父は、
「まるでコミックみたいな話だな」
まずは、率直な感想を言った。
そうは言うが、疑いはしない。ソラがそんな嘘を吐く子でないのを、良く知っているから。そして、
「確かに、本当のお前は、引っ込み思案で泣き虫だ、友達もクロ君しかいなくて、正直、昔は心配していたぞ」
けしてソラの言葉を否定しなかった、そして、彼が今、
「お前が、助けにいかない気持ちも解る」
ログインしない理由も肯定する。
「する後悔よりもしない後悔を選んだ方が、ずっといい時があるしな」
勇気を出して、飛び込んだところで、ただここに居続ける以上の悲劇があるかもしれない。
死んで欲しくないと願ったレインの前で、殺される未来が無いだなんて、言えない。
何もしない選択こそ、よっぽど勇気が必要な時もある。
「本当のソラは、怪盗スカイゴールドのようなヒーローじゃなくて、ただの弱い子だ」
そう父は、息子に言って、そして、
「――だから嘘をつくんだろう?」
そう言った。
「……え?」
「本当の自分が情けないから、ゲームの中では背一杯、
「と、父さん」
「
それはとても、親が子にかける言葉では無かった。
真実礼賛のこの世界、本当のお前は強いじゃなくて、嘘を吐いたお前は強いだなんて、どうかしている。
だが、それこそが、ソラの心を揺らした。
「僕が怪盗になれたのは、運が良かっただけだよ」
「そうだな」
「皆にもてはやされただけ、それで調子に乗ってただけ」
「だろうな」
「かっこいいって、皆に言われてたけど、本当は!」
「ソラ」
「本当の僕はかっこよくない!」
この時、初めてソラは、大きな声を上げた、だが、
「人生は、何になりたいじゃなくて、何をしたいかだ」
そこに間髪いれずに、父は言った。
「――何をしたいか」
「金持ちになりたいのは、それ事態が目的じゃなくて、金を使ってしたい事があるからだろ? 嘘でもなんでも怪盗であれるなら」
「父さん」
「その嘘を使って、レインさんを助ければいい」
そこまで言って、父は立ち上がった。そして扉の前まで歩いてから、振り返らずに言った。
「嘘が世界を救って何が悪い」
と。
……父の本心は、本当は、ソラに危ない事をこれ以上してほしくない。だから、白金テツも、必死に嘘を言っている。
そして扉を開き、閉じる直前に、
最後に告げる。
「かっこつけてこい」
――バタンと、扉は閉められた
部屋に残されたソラは、
また、レインの顔を見る。
頭の中にリフレインするのは、レインが自分へと向けた願い。
そしてそれを言い訳にして、体が、”
本当の白金ソラは、こんな状況でも奮い立つ事ができない、ろくでなしだ。
「……それでも」
だからこそ、その真実があるからこそ、
全身全霊をかけて命懸けで、
――誰の為でもなく自分の為に
「――僕は」
かっこよく、嘘を吐かなければならない、
――己を殺すのでなく、己を救う偽りは
本当の自分を知る者にしか、与えられない力だから。
◇
――血に染まった十字架の丘
PVPの開始から、30分が経過した。最初こそ、多対一でブラッククロスを圧倒していたブレイズ達だったが、
今や、グドリーを除く全員が斬り倒されて、
「くそ、またこれかよ!?」
「体が動かなくて、メニューがバグってる!?」
以前やられた時のように、システムそのものが使用不能になるように斬られて、ログアウトもままならない状態になっていた。
グドリーを除く全員のHPが0状態、クロスの勝利と言える風景、だが、
「――アイさん」
そうやって勝つ為に、クロスが取った手段は、
「アイさんアイさんアイさんアイさんアイさんアイさんアイさんアイさん……」
グドリーの煽りを聞かないために、ただひたすらに、彼女の名前を呟く事だった。
その狂気めいた行動をする度に、解りやすく、彼の胸の奥から、黒い渦が溢れ出していた。ブラックパールの侵食が、彼の
「全く、そんなバカげた方法で耳をふさぐとは」
そんなグドリーの言葉も、クロスには届かない。
レベルも低いアバターで、グドリーは戦力の内では無い。クロスはゆえに、グドリーにとどめを刺す事もなく、無造作にグドリーの隣を通り過ぎて――磔になったキューティの元へ行こうとした。
スカイへの挑戦状は、22時までに来なければ、キューティを殺すという内容である。とっくにその約束は破られている。
ほっておいても間も無く死ぬ彼女を、今、殺す。
その為に、グドリーとすれ違った、その時、
トンっと、
余りにも無造作に、グドリーは、クロスの
「私の身なりが、ウィザードに見えてましたよね?」
次の瞬間、クロスは目を見開き刀を抜こうとしたが、
それよりも早く、
「【スティール】!」
盗賊専用のスキルの名を、グドリーは呟く。
……だが、
「……」
「……嘘ですよ、思いつきの
グドリーの言葉に、目を閉じた後、
――次こそ本気で刀を抜き、グドリーを斬り伏せた
「ぐっ!?」
グドリーのHPが0になる、そして前のめりに倒れる、
「……最後の最後まで、小賢しい、本当に」
クロスは目を伏せながら、
「
悲しそうな顔で、スカイの顔を思い浮かべた。
――今から彼が切るのは、かつての友人の
大切な憩い人。
磔になったレインの前に、クロスは立つ。
「あ……う……」
苦しげに呻く彼女の前で、刀を構えた。
「……これが、正しい事、アイさんが、大丈夫と言った事」
疑ってはいけない、そう、ブラックパールの有り無しに関わらず、
虹橋アイの言葉に従わざるを得ない少年の、
クロスの一閃が、
「――アイさん」
閃こうとした、その瞬間、
クロスの目の前に、予告状が上からひらりと舞った、
それには、何時もと違って、
――今宵、
怪盗スカイゴールド
グドリーが稼いだ僅か十数秒が、
世界を救う嘘吐きを、この場所に間に合わせた。