血染めの十字架の丘に舞い降りた、スカイゴールドの予告状。
それはクロスの意識に、一瞬の空白を作るのに十分だった。
その一瞬、虹橋アイの
グドリーと同じく、空からスカイはログインする。その瞬間クロスは再び刀に手をかけた。
(斬る!)
だがしかし、それはスカイの迎撃の為では無く、予告状の向こうにいるレインを
愛する人を目の前で失う経験を、アイが大丈夫だからと言った理由だけで、行おうとする鬼畜、
――ブラックパールに心を委ねた人でなし
だがそんな彼にスカイは、
「クロォ!」
本名で呼び、そして、
「遊ぼぉ!」
――彼の脳天を貫く
「ふざ、ける、なぁっ」
吐いた事で、クロスの距離を壊す斬撃は、
「
振り返り様にスカイへと放たれる!
その瞬間、
――怪盗スカイゴールドは
あの時、黒統クロがなりたかった、かっこいい怪盗は、
クロスの刃をひらりとかわして、
銃からワイヤーを、レインを縛る磔へと飛ばし、巻き取りながら近づき、
そのまま一瞬でレインの手足の拘束を解き、
お姫様のように抱えながら、ファントムステップで、グドリーの傍まで行く。
「我が名は怪盗スカイゴールド」
そして口上を、
笑いながら言い放つ。
「罪には罪を!
ついに現れた真打ちの姿に、
「ええおい、来ちまったのかよスカイ!」
「来んでもよかったんよぉ!」
後方から、言葉とは裏腹に、とても嬉しそうな二人の言葉が響いた次の瞬間、
「ジキルさん!」
マドランナの言葉が弾ける、すると、
「あれ、やっぱり撤退するさ!?」
「私達が居ては足手まといです! 行きましょう!」
次々とログアウトしていくメンバー、だが、その中でうつ伏せになったグドリーはまだ消えない。
「怪盗スカイゴールド」
どうしても言いたい事があったから。
「今度は、私が勝ちますので」
「……ああ!」
――次に遊ぶ約束をして
見せない顔を満足そうに笑わせてから、グドリーもそのままログアウトした。血染めの十字架丘に残るのは、ブラッククロスと、シルバーキュティを抱えるスカイゴールド。
そんな中で、キューティが、
「何故、来た」
本当に、悲しそうに呟いた。
「お前に、だけは、死んで欲しく、無かったのに」
それはキューティの、……白銀レインの、偽れぬ気持ち。
それに対してスカイは、
「我にとって、レインは世界そのものだ」
予告状に書いたとおりの事を言う。
「レインがいないと、我は生きていけないよ」
「――ソラ」
その言葉に、つい、彼の本当の名前を言ってしまった。彼女がスカイゴールドでは無く、白金ソラが好きな事の、自然な発露であった。
その名で呼ばれた少年は、少し驚きつつも、少し微笑み、
その表情を、クロへと向ける。
「……スカイゴールドとして来たつもりだけど、名だけは、昔のままに語るとするよ」
かっこつけるのは姿形だけ、心だけは、あの頃のままに。
「いいよね、クロ」
幼馴染みに、問いかける。
「……まずは、彼女を下ろせ」
ブラッククロスこと、クロは言った。
「世界のような重荷を背負って、俺と”戦う”つもりか?」
「確かに、そうだね、このままじゃ君と”遊べ”ない」
クロの言葉に従って、ソラは、レインを近くにある大きな十字架に横たわらせた。
――バグの侵食は、尚非道く見える
……死が確定しているのだとして、例えそれが事実だとしても、
虹橋アイに、自分を招いた意味があるとするのなら、まずすべき事は、
「クロを、止めてくるよ」
「……ソラ」
レインは何も言えなかった。
嬉しさと悲しさが感情に入り交じっている事は、とても良く見て取れた。だからソラも何も言わず、元の位置に戻り、再びクロに対峙した。
「――PVPのルールは」
「何を勘違いしている、ここからは、ルール無用の殺し合い、いや」
刀を抜き、突きつける。
「
それは久透リアの命令であって、虹橋アイの命令では無い。
レインで試そうとした事を、次は、ソラに対して行おうとしている。それが母親の、娘の反抗に対する妥協案だった。
今の状況が、どこまでがリアの意志で、どこまでがアイの願いか。
余りにも混濁している、だが、そこまで訳が解らない形でないと、
だがどちらにしろ、
「……時間制限は無し、我の勝利条件は、ブラックパールを盗む事」
「言っただろ、これは遊びじゃない」
「クロの勝利条件は、我を斬り殺す事」
「ソラ」
「……ああ、スカイゴールドと呼ばれるのもいいけれど」
ソラは、笑う。
「クロには、そう呼ばれる方が、嬉しい」
そう笑みを浮かべた瞬間、
――ソラはクロの目の前から消えた
(なっ)
右へ行くフェイントで視線をそちらにやらせた後の、ファントムステップでの視界外への移動、
左後ろへ回ったソラは、死角から袈裟切りのように、足を振り落とす。
――それを受け止めたのは、クロの刀の鞘
そこから続く、刀と蹴りの押し付け合い、抱き合うような密着状態での乱れ打ちが続いた後、磁石のように一気に距離を置いたかと思えば、
「
「
距離を無くした斬撃を、銃の乱射で撃ち落とす中距離戦闘――最後の銃弾はワイヤーフックで、クロの刀身に絡みついたが、逆にクロは、そのワイヤーを引っ張って無理矢理にソラを引き寄せた。
間合いに入った瞬間、言葉も発さずにワイヤーごと刀を振り落とす――しかしそこに敢えてソラは突っ込む。
「がっ!?」
「ぐっ!?」
結果、ソラの蹴りの爪先が、クロの鳩尾へと入り、
クロの刀が、データー破壊グリッチ抜きだが、ソラの体を袈裟斬りにした。
――ゲームでのダメージは衝撃として換算
結果二人は、向かい合わせの十字架まで吹き飛ばされる事になった。
「がはっ!?」
「あぐっ!?」
二人はそのまま、膝を着く。一瞬のやりとりで、呼吸は乱れ、肩で息をするほどに。
だが、それでも、
「楽しいなぁ、クロ!」
「やめろ」
「クロと遊ぶのは、楽しいなぁ!」
「やめろぉっ!」
心の差という意味であれば、
ソラはどこまでも楽しく、クロはただ、悲しみに沈んでいた。
◇
――アイズフォーアイズ、ドワーフの酒場にて
「うわぁ! すっげぇぇぇ!?」
「こんなバトル有り得ねぇって!」
「グリッチでしょ!? やっぱりグリッチだよねぇ!?」
満を持しての怪盗スカイゴールドの登場、しかも、
愛する人を救う為に、怪盗が、躍動する姿。
「凄い……」
これが
どうやってこれに気付き、それを行使しているのか、犬耳のファンの心臓は高鳴るばかり。
復活した怪盗の活躍に、心を奪われるファン、
だが、それを冷ますかのように、
「理解、でき、ない」
そう、
「……え?」
気になって振り返るとそこに居たのは、
外面どころか、中身すら、無機質に感じる。
この熱狂の中にある者としては、あきらかな異物。それが気になった犬耳だけど、スカイゴールドの大技が出た事で、再び配信へと意識を集中した。
これだけ大勢が居る中で、”誰も気を留めない”汎用アバターは、
――久透リアが操るキャラは
「なんの、ため、だ?」
熱狂の中で、誰も聞くことの無い
「例え、スカイが、クロスに、勝とうと、レインが」
虹橋アイの――娘の考える事を、理解する為だ。
このまま何も起こらなければ、今度こそ、虹橋アイの反抗期は終わる。だがそれまでの間に、考察をする時間はある。
だが、いくら考えても結論は、
「――助かる、可能性は、ゼロだ」
それを証明するように、配信画面の端に映ったレインの姿は、
今や、半分以上バグに侵食されていた。