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7-9 君が世界

 血染めの十字架の丘に舞い降りた、スカイゴールドの予告状。

 それはクロスの意識に、一瞬の空白を作るのに十分だった。

 その一瞬、虹橋アイのプログラムエラー思春期と反抗期に助けられ、

 グドリーと同じく、空からスカイはログインする。その瞬間クロスは再び刀に手をかけた。


(斬る!)


 だがしかし、それはスカイの迎撃の為では無く、予告状の向こうにいるレインをす為の行為、

 愛する人を目の前で失う経験を、アイが大丈夫だからと言った理由だけで、行おうとする鬼畜、

 ――ブラックパールに心を委ねた人でなし

 だがそんな彼にスカイは、


「クロォ!」


 本名で呼び、そして、


「遊ぼぉ!」


 ――彼の脳天を貫く言葉郷愁


「ふざ、ける、なぁっ」


 吐いた事で、クロスの距離を壊す斬撃は、


一閃もう、遅い!」


 振り返り様にスカイへと放たれる!

 その瞬間、




 ――怪盗スカイゴールドは

 あの時、黒統クロがなりたかった、かっこいい怪盗は、

 クロスの刃をひらりとかわして、

 銃からワイヤーを、レインを縛る磔へと飛ばし、巻き取りながら近づき、

 そのまま一瞬でレインの手足の拘束を解き、

 お姫様のように抱えながら、ファントムステップで、グドリーの傍まで行く。


「我が名は怪盗スカイゴールド」


 そして口上を、

 笑いながら言い放つ。


「罪には罪を! 世界レイン奪還の時来たり!」




 ついに現れた真打ちの姿に、


「ええおい、来ちまったのかよスカイ!」

「来んでもよかったんよぉ!」


 後方から、言葉とは裏腹に、とても嬉しそうな二人の言葉が響いた次の瞬間、


「ジキルさん!」


 マドランナの言葉が弾ける、すると、メニューのバグが修正されていく正気ですら狂いそうな作業量


「あれ、やっぱり撤退するさ!?」

「私達が居ては足手まといです! 行きましょう!」


 次々とログアウトしていくメンバー、だが、その中でうつ伏せになったグドリーはまだ消えない。


「怪盗スカイゴールド」


 どうしても言いたい事があったから。


「今度は、私が勝ちますので」

「……ああ!」


 ――次に遊ぶ約束をして

 見せない顔を満足そうに笑わせてから、グドリーもそのままログアウトした。血染めの十字架丘に残るのは、ブラッククロスと、シルバーキュティを抱えるスカイゴールド。

 そんな中で、キューティが、


「何故、来た」


 本当に、悲しそうに呟いた。


「お前に、だけは、死んで欲しく、無かったのに」


 それはキューティの、……白銀レインの、偽れぬ気持ち。

 それに対してスカイは、


「我にとって、レインは世界そのものだ」


 予告状に書いたとおりの事を言う。


「レインがいないと、我は生きていけないよ」

「――ソラ」


 その言葉に、つい、彼の本当の名前を言ってしまった。彼女がスカイゴールドでは無く、白金ソラが好きな事の、自然な発露であった。

 その名で呼ばれた少年は、少し驚きつつも、少し微笑み、

 その表情を、クロへと向ける。


「……スカイゴールドとして来たつもりだけど、名だけは、昔のままに語るとするよ」


 かっこつけるのは姿形だけ、心だけは、あの頃のままに。


「いいよね、クロ」


 幼馴染みに、問いかける。


「……まずは、彼女を下ろせ」


 ブラッククロスこと、クロは言った。


「世界のような重荷を背負って、俺と”戦う”つもりか?」

「確かに、そうだね、このままじゃ君と”遊べ”ない」


 クロの言葉に従って、ソラは、レインを近くにある大きな十字架に横たわらせた。

 ――バグの侵食は、尚非道く見える

 ……死が確定しているのだとして、例えそれが事実だとしても、

 虹橋アイに、自分を招いた意味があるとするのなら、まずすべき事は、


「クロを、止めてくるよ」

「……ソラ」


 レインは何も言えなかった。

 嬉しさと悲しさが感情に入り交じっている事は、とても良く見て取れた。だからソラも何も言わず、元の位置に戻り、再びクロに対峙した。


「――PVPのルールは」

「何を勘違いしている、ここからは、ルール無用の殺し合い、いや」


 刀を抜き、突きつける。


一方的な殺人だデータ破壊グリッチ


 それは久透リアの命令であって、虹橋アイの命令では無い。

 レインで試そうとした事を、次は、ソラに対して行おうとしている。それが母親の、娘の反抗に対する妥協案だった。

 今の状況が、どこまでがリアの意志で、どこまでがアイの願いか。

 余りにも混濁している、だが、そこまで訳が解らない形でないと、アイの願いスカイを招く事は適わなかった。

 だがどちらにしろ、


「……時間制限は無し、我の勝利条件は、ブラックパールを盗む事」

「言っただろ、これは遊びじゃない」

「クロの勝利条件は、我を斬り殺す事」

「ソラ」

「……ああ、スカイゴールドと呼ばれるのもいいけれど」


 ソラは、笑う。


「クロには、そう呼ばれる方が、嬉しい」


 そう笑みを浮かべた瞬間、

 ――ソラはクロの目の前から消えた


(なっ)


 右へ行くフェイントで視線をそちらにやらせた後の、ファントムステップでの視界外への移動、

 左後ろへ回ったソラは、死角から袈裟切りのように、足を振り落とす。

 ――それを受け止めたのは、クロの刀の鞘

 そこから続く、刀と蹴りの押し付け合い、抱き合うような密着状態での乱れ打ちが続いた後、磁石のように一気に距離を置いたかと思えば、


一閃!死ね!

ランダバレット君よ弾丸と踊れ!」


 距離を無くした斬撃を、銃の乱射で撃ち落とす中距離戦闘――最後の銃弾はワイヤーフックで、クロの刀身に絡みついたが、逆にクロは、そのワイヤーを引っ張って無理矢理にソラを引き寄せた。

 間合いに入った瞬間、言葉も発さずにワイヤーごと刀を振り落とす――しかしそこに敢えてソラは突っ込む。


「がっ!?」

「ぐっ!?」


 結果、ソラの蹴りの爪先が、クロの鳩尾へと入り、

 クロの刀が、データー破壊グリッチ抜きだが、ソラの体を袈裟斬りにした。

 ――ゲームでのダメージは衝撃として換算

 結果二人は、向かい合わせの十字架まで吹き飛ばされる事になった。


「がはっ!?」

「あぐっ!?」


 二人はそのまま、膝を着く。一瞬のやりとりで、呼吸は乱れ、肩で息をするほどに。

 だが、それでも、


「楽しいなぁ、クロ!」

「やめろ」

「クロと遊ぶのは、楽しいなぁ!」

「やめろぉっ!」


 心の差という意味であれば、

 ソラはどこまでも楽しく、クロはただ、悲しみに沈んでいた。







 ――アイズフォーアイズ、ドワーフの酒場にて


「うわぁ! すっげぇぇぇ!?」

「こんなバトル有り得ねぇって!」

「グリッチでしょ!? やっぱりグリッチだよねぇ!?」


 満を持しての怪盗スカイゴールドの登場、しかも、予告状の文面実質ラブレターまでしっかりと配信されていたものだから、盛り上がりは凄まじい事になっていた。

 愛する人を救う為に、怪盗が、躍動する姿。


「凄い……」


 これがチート機械任せでは無く、グリッチ人間業だなんて思えない。

 どうやってこれに気付き、それを行使しているのか、犬耳のファンの心臓は高鳴るばかり。

 復活した怪盗の活躍に、心を奪われるファン、

 だが、それを冷ますかのように、


「理解、でき、ない」


 そう、言葉合成音声を零すものがいた。


「……え?」


 気になって振り返るとそこに居たのは、余りにも無個性汎用アバター

 外面どころか、中身すら、無機質に感じる。

 この熱狂の中にある者としては、あきらかな異物。それが気になった犬耳だけど、スカイゴールドの大技が出た事で、再び配信へと意識を集中した。

 これだけ大勢が居る中で、”誰も気を留めない”汎用アバターは、

 ――久透リアが操るキャラは


「なんの、ため、だ?」


 熱狂の中で、誰も聞くことの無い独り言個人チャットを、零す。


「例え、スカイが、クロスに、勝とうと、レインが」


 虹橋アイの――娘の考える事を、理解する為だ。

 このまま何も起こらなければ、今度こそ、虹橋アイの反抗期は終わる。だがそれまでの間に、考察をする時間はある。

 だが、いくら考えても結論は、


「――助かる、可能性は、ゼロだ」


 それを証明するように、配信画面の端に映ったレインの姿は、

 今や、半分以上バグに侵食されていた。

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