クロとソラの決戦場、血に染まった十字架の丘。
グリッチ持ち、
だが、その上で二人の
「はぁ、はっ……はぁ」
「ふっ、くぅ……」
息が乱れる程に蓄積していた――現実のゲームと同じく、キャラの体力が満タンでも、
最早、戦い始めた頃のように、会話をする余力も無い。
それに、
「ソ、ラ」
――レインの姿はもう、見るに無惨
右肩は抉られ、左脇腹はもがれ、左足は足首から先が無い。そして、顔の右半分上は消失している。断面がのっぺらとしていて、0と1が流れているような見た目でも、その痛々しさは凄まじいものだった。
(――僕が来ても、レインさんは助からない)
心の中で、解りきっていた事が、繰り返される。
(それでも)
虹橋アイが自分を招いたのなら、
(それでも!)
そこに意味がある事を信じて、
――最後の攻撃を繰り出す
「
ただただ一直線に飛んできたソラに対して、クロは、刀を抜こうとした、だが、
――態勢が崩れた
蓄積された疲労が、ここで出てしまった。クロの懐に潜り込んだソラは、歯を食いしばりながら、クロの胸元に手を伸ばす。
「【スティール】!」
その言葉と供に、ブラックパールに触れれば、
クロの体から、黒い真珠が、
ソラの手によって奪われて、掲げられる。
瞬間、おぞましい程の焦燥感が、クロを襲った。
「――ダメだ」
実の母を壊してしまった日から、彼の体に巣くっていた黒い信念は、
最早少年にとっての
「
無意識に放った一閃は、
ブラックパールを掴んだソラの右腕を、
二の腕から、切り離してみせた。
「――えっ」
アイズフォーアイズのダメージで、
断面はのっぺりとして、0と1が溢れている状態なれど、
確かに、ソラの右腕は斬られて、そして、
「あぁぁぁぁぁ!?」
そこから、バーチャルでは覚えないはずの痛みを燃やした。
斬られた右腕から零れたブラックパールを、無造作に拾い、再び胸元におさめるクロ。そうしてから彼は、
「あ、ああ、俺は、俺は」
自分のしでかした事に、吐き気を覚え始めた。
「俺はぁっ!?」
だがそれでも、ブラックパールは彼の心に巣くう。そして、彼に呟かせる。
「大丈夫だ、アイさんの、言った事だ、アイさんが、言った事だから、アイさんが」
最早すがるものが彼女の面影、どれだけの蛮行を起こしても、自分を抱きしめてくれる人の言葉、
それだけを、求めるように、クロは、
――腕を押さえてうずくまるソラに刀を振り下ろす
だが、
「――ごめん」
そこでソラは、幼馴染みに、
「クロ」
助けられない事を、謝った。
――その時初めてクロの心は、ブラックパールから解放された
こんな事は、間違っていると。
だけどその遅すぎる心変わりは、精々、刀の速度を緩めただけで、
データー破壊グリッチは、
ソラを殺す為に振り落とされて――
だけど、バッサリと、ソラの代わりに斬られたのは、
レインだった。
「えっ」
ソラの驚きの表情に、
欠けた顔で、レインは笑ってみせた。
速度が弛んだから――ボロボロの体でも、間に合った。
瀕死のレインに、助けられたソラ。
その事に驚いたのはソラだけじゃなく、
「嘘、だろ」
クロも同じく――刀を握ったま、後ろへとよろめき、そのまま尻餅を突いた。
頭の中に浮かんだ、さっきまでの間違いの気持ちは、ブラックパールが修正する。現実逃避をさせようと、彼の欲望を、
「ア、アイさんが、アイさんが、アイさんアイさん、アイさん……」
怠惰をただ、選ばせた。
そんな中でソラは、片腕で必死にレインの体を抱えた。
「レインさん!」
そう声をかけた彼女の体が、まるでコーヒーの中に入れた角砂糖のように、みるみると溶けて、欠けていく。
ソラの右腕のように、全身に痛みを覚えているだろうに、
レインは必死に笑っていた。
「すま、ない、体が、動いた」
「しゃ、喋らないでください、じっとしてて、ぼ、僕」
「……口調が、戻って、るぞ、まぁ、いいが」
「――レインさん」
自分をみつめ涙を流す少年に、ここに来て欲しく無かった大好きな男の子に、
レインは、今は感謝を覚えていた。
自分の死に、寄り添ってくれた事を。
「たった、3ヶ月だったが、お前との日々は、楽しい事ばかりで」
「レインさん」
「サウナの良さなんて、お前が教えてくれなかったら――ああ、壁黒の事、覚えてるか」
「……レインさんの作ったガラス瓶、ちょっと、歪んでましたね」
「それに比べて、お前のは――」
死に際の会話、他愛の無い思い出話、
けれどそれこそが、幸せの証左。
余りにも早い死だけれど、それでも、よかった探しが出来る。
死という、余りにも無慈悲な約束がある事を考えれば、レインに今から訪れる事は、随分マシ、と言えるかもしれなかった。
ただただ、何一つ、報われる事なく死んでいった者達に比べれば。
……だけどそれでも、
我が儘があって、
まだ、
したい事があって、
だから、涙を流しながら、震えながら、ずっと思い出話に付き合ってくれた彼に、
告げる。
「マドランナの、前でした約束、覚えてるか」
「――それって」
――全く、生き残ったらなんでも一つ言う事を聞いてくれ
Lust Edenの黒い庭で、
ソラもだけど、レインすらも今この時までに忘れていたものだった。
彼女は、それを今、
「なぁ、ソラ」
使う事にした。
「キス、したいな」
……それは、
好きという言葉の代わりに、思いを伝える手段として選んだ事。
それを今、彼女は望んだ。
「――レインさん」
怪盗スカイゴールドであるなら、その願いは容易く叶えられただろう。
怪盗の物語のようにかっこよく、とびきりの優しい笑顔と供に、死すらも詩のように彩るような、ステキな言葉を添えて、きっと。
だけど彼は今、ただの高校生、白金ソラである。
涙は溢れ、体も震え、心は今にも潰れそうだ。
とてもじゃないが、そんな事はできない。
そんなかっこいい、キスなんてできない。
――だからこそ
白銀レインが、好きになったのは、
あの日の夜、自分に告白しようとしたのは、
怪盗スカイゴールドでなく、
白金ソラであったのを、知っているからこそ、
「大好きです」
涙をみっともなく流しながら、張り裂けそうな心で、必死に笑顔を浮かべながら、
そう言って、顔を近づけた。
◇
――この時、現実世界でも
レインの部屋で、ベッドに横たわるレインと手を繋いで、ログインしているソラの体は、
VRと同じような体制で、片腕で彼女を抱えながら、
レインへと顔を近づけて、
そしてVRとリアルで
キスをした。
――そのぬくもりは
二つの世界に、同時に起こる。
唇を通じて繋がる、
そしてソラとレインの間に、
さっきまで、語っていたものだけじゃない、今までの思い出が、溢れ出す。
◇
――十字架の丘
二人が語りキスに至り、そこから動かなくなった時間は、数分と長い。
だけどその間も、ずっと、クロはアイの名前を、ただひたすらに虚ろに呟き続けるばかりだった。
――だけどそれが止まったのは
「……え?」
クロの茫然自失が解かれた理由は、変化である。
血染めの丘の真っ赤な景色に、そこで抱き合う、体がバグ塗れになった二人から、
淡い光が、何時もより強く、煌めきはじめたから。
「なん、だ」
唇を重ね合った二人の体が――次の瞬間!
「うおっ!?」
クロの目がやられる程の閃光が、真白の光が世界を包む!
その眩しさに閉じた目を、どうにか開いたその先に、
「――まさか」
二人は、いた。
「まさか!?」
「ゲームでの死が、データーの抹消であるなら」
「ゲームでの復活は、データーの復元」
アカウントがBANされて、そもそものそのデーターが消えた後も、
運営ならば、その元の記録を、再現したデーターを作る事も出来る。
「つまり、アイさんは、私の死を
「レインさんの復活を、
アイが仕組み、リアが看過した――レインの復活プログラム。
「いくらなんでも、
「ああ、本当だよ」
だけどその
今、二人は、
「――行くぞ、ブラッククロス!」
「後は君に、勝利する!」
体中から、何時もより強く、
「「
バグも消えて、完全体になって、
背中合わせで立つ二人の前で、
クロの胸の中の、ブラックパールが疼きだした。
殺せ、と、囁くように。