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7-11 約束された奇跡の名は

「――バカ、な」


 血染めの十字架の丘の凄惨さすら、かき消していくような二人の放つ眩い光。

 それに圧倒されるように、クロは後ずさりをする。

 そんな彼の前で、息を弾ませ、喜びを体中に漲らせながら、


「これって、愛の奇跡って奴かな」

「いや、おそらくは、私の増殖バグだ」


 語り合うソラとレイン。


「キスを切っ掛けトリガーにお前との思い出メモリが溢れて、それがお互いの欠けた部分を埋め直した、記録記憶の相互補完による再生バックアップだ」

「どちらにしろ、やっぱり、無茶苦茶だよ」


 背中合わせになった二人は、

 全身を、淡い金色の光で輝かせる二人だけど、


「だがその無茶苦茶を、アイさんは願ってくれたのだろう」

「――レイン」


 涙で顔はへちゃむくれ、凜々しさなんて欠片の無い、子供みたいなみっともない表情だ。

 だけど二人は、”かっこつける”のも忘れて、ただただ素直な二人のままで、

 言い放つ。


「愛してる!」

「ああ、私もだ!」


 そう、気持ちをもう一度、ハッキリさせた後、

 その顔を一瞬で、涙を振り切るように”かっこよく”引き締めて、二人同時に走り出す。

クロ、無意識に放った一閃は――それゆえに完全な形で、二人の体を、離れた距離から切り裂いて見せた。だが、

 ――その傷があっという間に塞がっていく


「なっ!?」


 痛みこそはあるようで、顔を歪めた二人だが、すぐに笑みを浮かべなおし、クロの懐に潜り込めば、鏡合わせの蹴りを放つ。十字架まで吹き飛ばされた彼、その前で態勢を整えながら、


「キスをしてからの一定時間、我とレインの思い出は溢れる!」

「人の命が記憶であるなら、思い出す限り、私達は何度でも甦る!」


 ――恋する二人は無敵の体言


「「ファントムラヴァーズ怪盗相愛!」」


 無敵状態それは輝く星のように――あらゆるグリッチ裏技の頂点を、短時間とはいえ手に入れた二人の前で、クロは、


「な、なんで、どうして」


 固執する。


「こ、殺さなきゃ、レインを殺せって、アイさんに」

「――間違ってるって、言わなきゃ」


 そこでソラは、ブラックパールに乗っ取られているのを承知で、

 それでも、その奥に黒統クロが居るのを信じて、

 願う。


「アイさんに、こんな事は間違ってると、言うべきだよクロ!」

「いいや、アイさんだけではない、お前の母親にもだ!」

「そんな、それは」


 子供は、親に逆らうべきじゃないかもしれない、それでも、


「二人とも、そう言われる事を、望んでいたのではないか!?」


 レインの言葉を――否定できない時点でクロの心は、


「あぁぁぁ……」


 乱れ始める。


「あぁぁぁぁぁぁ……!」


 ただ叫び、そして涙を流すクロに対し、


「彼のトラウマを、刺激して、相変わらず私達は悪党だ」

「ああ、こんなやり方は間違っている、だけど」


 ――ブラックパールを盗むのは

 怪盗にしか、出来ない事。


「ブラックパールを奪うよ、暗殺者アサシン!」

「私達を責めるのは、それからにしてくれ!」


 ――幼馴染みを救う為に

 彼が本当にしたかった事を、させる為に、

 ソラとレイン最強の二人は、クロに向かって駆け出した。







 ――思い出記憶が人を形作る

 有り触れた言葉であるけれど、それは耳障りのいいキャッチコピーではなく、真理に近い。

 極端な話、まずいタマネギを食べた過去がある子供は、大人になっても、味やアレルギーとか関係無く、その頃のトラウマが原因で、タマネギを食べられなくなる。

 虹橋アイはその事実を、自分の体で、思い知っていた。

 ……今、彼女は、潜伏先のマンションで、

 ベッドに座りながら、VRにログインしている、黒統クロの現実の体をじっとみつめている。


(私の虹橋アイという記憶も、どこまでも、お母さん久透リアに都合のいいようにアップデートされていっている)


 実際、その証拠に、虹橋アイは”まともな方法”を取る事が出来ない。

 今すぐ自分の場所を、灰戸達に連絡し、久透リアの企みを、開示する事も出来ない。

 自分でも訳が解らないくらい不合理、遠回しな行動で無ければ、動けないのである。

 だけど、それすらも今のアイにとっては、


奇跡バグよね)


 そう思うと、嬉しくなった。

 ただ、母の目的の為に作られた、たんぱく質で出来たコンピューターである自分が、ここまで出来る事が嬉しく思えた。

 反抗期エラーを覚えたのは、


(社長がいたから、ジキルちゃんがいたから、クロ君がいたから、レインちゃんが、ソラ君が、皆が)


 友達が、いたから。

 ……そして、クロを見ながら、思った。


「ああ、そっか」


 0を1にするという、約束された奇跡、


「そういう事だったんだ」


 彼女はそれを、


「奇跡は――」


 言葉にしようとした。

 ――その瞬間、リアの声が彼女の頭に響き

 ……ついさっきまで考えていた事を、すっかり忘れてしまった。

 だけど、それでも、リアの操り人形にならないように、

 皆との出会いの記録を辿り、記憶の修復思い出ぽろぽろを試みていた。

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