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7-end 0と1が生み出す物

 戦いが終わった十字架の丘、尚、まだ、赤く染まった大地で、

 仰向けになったクロのHPは、回復している。

 そんな彼に、ソラは声をかけた。


「クロ、大丈夫か?」

「……ああ」


 ルール無用の殺しだと言ってたが、結局、PVPの仕様になっていた事に、アイの意思を感じた。


「……すまなかった、二人とも」


 黒統クロは、ブラックパールの――久透リアの被害者と言えなくもない。

 だがだからといって、レインに――グドリー達にした事が許されると思うような、男ではない。

 そもそもに、黒い信念に溺れたのは、


「俺が、弱かったから」


 そう、責任感を覚えるのも無理は無い、だが、


「いいから、早くログアウトして」

「アイさんに、言いたい事を言いにいけ」


 二人はそう告げた。

 ……無論それは、久透リアが何かをする前に、早く目覚めた方がいいという判断でもある。だがそれより、何よりも、


「それがクロの望みだよね?」


 幼馴染みがしたい事を、今すぐにでもさせてあげたかった。

 ……クロは、その思いに応えるように、システムメニューからログアウトを選び、


「ソラ」


 ごめんなさいではなくて、


「ありがとう」


 感謝を言った。

 それに対してソラは笑って、


「また遊ぼう!」


 と、元気に言った。

 その言葉に、うっすらと微笑んだ後――世界ゲームから去ってログアウトして行く。

 二人残った、ソラとレイン。


「……クロ、大丈夫かな」

「解らん、アイさんと供に、無事を祈るばかりだ」


 戦いが終わっても、二人の不安は尽きない、だがそんな時、コールが入る――それはジキルからのもので、二人は同時に応答した。


『おつかれだしー、配信終わったけどさぁ、そっちどんな感じ?』

「あぁ、クロはログアウトしたよ、ブラックパールはどうすればいいかな?」

「……配信?」

『例の方法で送り希望、あとさぁ、ドワーフの酒場って今からこれる?』

「ドワーフの酒場にいるのか?」

「いや待て、配信?」

『皆で来てるんだよねぇ、盛り上がり死ぬ程うざい、逃げたい、帰りたい』

「流石に今日は、我達はこのまま帰っていいかな? レインのリアルでの無事を確かめたい」

「ちょ、ちょっと待て? もしかして――キ、キスをした所とかも、映ったのか!?」

『おk、それがいいと思う、なるはやで報告よろね』

「解った」

「い、いや今更それを恥じるものではないかもしれないが、しれないが……!」

『それじゃぁねぇ……』


 ピロリン、と。

 ジキルとの会話が終わったソラは、レインの方を見た。彼女の顔が赤くなっているのを少し不思議に思ったが、ともかくも、


「レインさん、ログアウトしましょう」

「あ、ああそうだな」


 何よりも大切なのは、それが出来るかどうか、

 リアルの彼女は、目覚める事が出来るのか、

 それが今一番、重要な事だった。







 東京へと至る国道254号線。

 信号を無視して走る救急車、その中で、

 パトカーから、この乗り物に乗り換えた久透リアが、


「ははは」


 無表情のまま、


「あははははっ」


 心の底から、


「あーはっはっはっはっは!」


 爆笑していた。


「白銀、レインが、救われる、可能性は、ゼロ、だった!」


 そうそれは、どれだけ計算しても覆らないものだった。きっとそれは、虹橋アイも同じだったはずだ。

 ――キスで死を覆す

 そんな、お伽噺のようなプログラムが、成功するはずもなかった。


「だが、だからこそか、ゼロだからこそ!」


 ――科学に不可能はない、それがリアの信念

 それは娘も同じだったはずである。なのに二人は、ソラがレインを救う可能性を、どうしても0.0000001%も見いだせなかった。

 リアはそれに絶望したが、アイはそれに希望を見た。


「不可能を、可能にする時こそ、0があるからこそ、1が生まれる!」


 無から有へのタペスクトリー0と1を繰り返すデジタル、それが作り出してきた人々の夢、


「そうだ、人の救い、は! 奇跡バグ、は!」


 そして彼女は、

 彼に――後部座席の簡易ベッドに横たわる彼に、

 言い放つ。




 ――久透リアの目的は


「不老不死は、愛によって、達成される!」


 全人類が、それに到達する事である。




 夢想の戯れ言かにみえて、

 実際に、自分の体でそれを証明している女性。

 ……その言葉を聞かされた、男は、


「――殺せ」


 久透リアに拉致された、郷間ザマは、


「……殺して」


 懇願した。


「殺せぇ! 殺して、やだ、やだ、もうやだ! 殺してくれよ、殺して殺して、もう、やだぁ!」


 涙ながらに、そう叫ぶ。

 今の彼はストレッチャー移動式寝台に固定された状態で、体中にあらゆるコードが付けられている。須浦ユニコの時とは違ったアプローチこれをざまぁと呼んでいいのかで、感情を研究されている男。


「いいや、ダメだ! あの二人を見て、気付いた、欲望を、越える、感情は、愛だ! 愛が、奇跡を、起こすなら!」


 リアは郷間ザマの顔を覗き込んだ。

 そして、

 ――まるで本当の母親のように


「私は、これから、君を、愛そう」

「やだぁ」


 その言葉の方が、よっぽど、


「やだぁぁぁぁぁぁっ!」


 ――永遠というものが恐ろしくなる程

 郷間ザマのプライドを、殺し、苦しめるものだった。







 黒統クロがログアウトして、潜伏先の都内マンション、

 自分の部屋のベッドに、座った状態で目覚めた時。


「おつかれさま~」


 いつも通りの明るい声で、虹橋アイが出迎えてくれた。

 目の前の彼女は、あの笑みを絶やさない。


「レインちゃんを殺せなかったわね~、残念だけどしょうがないわ~」

「……ああ、そうだな」

「でも次の機会があると思うの~、その時また、お願いできるかしら~」

「……アイさん」

「断ってもいいのだけど、できればってほしくて~」


 ――クロは今から

 あの出会いから変わらない、暖かな笑顔で、

 自分の心を、ここまで守ってきてくれた彼女が、

 本当はずっと、望んで来た事を、言わなければならない。


「――どうしたの?」


 だけど、クロの体はビクリと震えた。

 母に、間違ってると言った事で、実の母が壊れた記憶。そのトラウマが、動悸や耳鳴りとなって”実害的”に襲ってくる。フラッシュバック叫びたい衝動が、喉の奥で渦巻く。


「大丈夫……? 体調悪い……?」


 目頭が熱く、息切れも起こる、ブラックパールの影響もあっただろうが、己自身がずっと抱えていた”罪”を、乗り越える事がどれだけ凄まじいか。

 思わず、クロは目を閉じた。

 だけど、

 ――また遊ぼう!

 瞼の裏と脳裏に浮かんだのは、そうさっき言ってくれた、幼馴染みの姿と言葉だった。

 クロは目を開いて、深呼吸を一度して、そして、

 言った。


「――アイさんは間違ってる」


 その一言が放たれた、

 ――次の瞬間には

 アイは、ぎゅっと、クロを抱きしめた。


「……え?」


 あまりの瞬時に、クロは戸惑う、しかしそんな彼の感情に関係無く、アイは続ける。


「ごめんなさい」


 いつもの陽気な感じは無く、苦しそうに、語り出す。


「言われるまで、気付けなくて、ごめんなさい」

「アイさん」

「お母さんの言うとおりにしてって、貴方が私を呪ってしまった」

「でもそれは」

お母さんリアの命令だけど、私も最初、それでいいと思ってたの、私はずっと間違っていた」


 あの頃の後悔を、ひとつひとつ語るアイの声は、


「――だけどクロ君が、皆が、私を人間にしてくれた」


 嬉しそうに震えていた。


「AIは間違えない、間違いを間違いだと思えない、だけど、私には、間違いを正してくれる友達がいる」


 ――そのロジックが

 久透リアの言いなりPCから、自分の意志で動く生き方人間を手にした証明、

 皮肉にも、それこそが、そんな無茶苦茶な理論で、虹橋アイが人間性シンギュラリティを獲得したこの事実が、


「ありがとう」


 愛が、奇跡バグを起こす事の、証左だった。


「――アイさん」


 自分を抱く人が、感謝を告げた事にクロは、

 自分も同じような言葉を贈ろうとした。




 その瞬間、銃声がした、

 202cmのアイの背中を、

 後ろから撃った音だった。




「え!?」


 動揺するクロに比べ、


「――お迎えが来たわね」


 アイはどこまでも落ち着いて、自分の左耳のデバイスを取り出すと、それをクロの右耳へとねじこんだ。だがその間にも銃弾が発射される。

 クロをかばうように、背中でそれを受け止めるアイ、


「アイさん、アイさん!」

「大丈夫よ、私、頑丈だから~!」


 そう言ってアイはクロを抱えたまま、ベッドの向こうにある窓へ向かって、その身を投げた。かつてはリアに阻まれた事も行えて、ガラスは割れ、マンション四階の高さから落ちる。だが此度は死ぬ為の身投げではない。空中で姿勢を変えて、自分の撃たれた背中を――クロを守る為に――下にして、そのままアスファルトへ打ち付けた。


「あぐっ!?」


 着地の衝撃で、クロの体がアイから零れる。激しく体を打ち付けた彼女は、その痛みに悶えながらも叫んだ。


「バイクで逃げて! そして、私のデバイスをソラ君に渡して!」

「そんな、アイさんは!」

「私は今から、お母さんと戦う!」


 その後に、


「心配しないで、なんて言えないわ、それでも、私は私のしたい事をさせて!」

「――したい事って」

「私のしたい事は!」


 血を吐きながら笑顔で、アイは、


「クロ君達とみんなで、また一緒に、ゲームで遊びたい!」


 そう言った。

 ――この場から離れがたいクロであったが

 “お迎え”が、あの部屋に居た者だけじゃなく、こちらに迫ってきているのを知って、


「アイさん!」


 クロは、言葉を残す。


「必ず、助けに来るから!」


 そう言って、バイクを停めている駐輪場へと走って行く。その後ろ姿を、消えるまで見守っていく。


「……ああ、頭の中に、お母さんの声が聞こえない……長かったなぁ」


 そうしている内に、銃を懐に隠した者達が、何事かと飛び出してきた住人達を容赦無く牽制しながら、集まってくる。


「ごめんねお母さん……私は貴方の道具だけど……」


 それでも彼女は、


「自分を、見つけたの、だから私も」


 笑顔を浮かべて、


「――お母さんに、間違ってるって言わなくちゃ」


 沢山の銃弾を、その体に受けた。

 意識が真っ黒になっても尚、彼女は、笑みを浮かべていた。


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