戦いが終わった十字架の丘、尚、まだ、赤く染まった大地で、
仰向けになったクロのHPは、回復している。
そんな彼に、ソラは声をかけた。
「クロ、大丈夫か?」
「……ああ」
ルール無用の殺しだと言ってたが、結局、PVPの仕様になっていた事に、アイの意思を感じた。
「……すまなかった、二人とも」
黒統クロは、ブラックパールの――久透リアの被害者と言えなくもない。
だがだからといって、レインに――グドリー達にした事が許されると思うような、男ではない。
そもそもに、黒い信念に溺れたのは、
「俺が、弱かったから」
そう、責任感を覚えるのも無理は無い、だが、
「いいから、早くログアウトして」
「アイさんに、言いたい事を言いにいけ」
二人はそう告げた。
……無論それは、久透リアが何かをする前に、早く目覚めた方がいいという判断でもある。だがそれより、何よりも、
「それがクロの望みだよね?」
幼馴染みがしたい事を、今すぐにでもさせてあげたかった。
……クロは、その思いに応えるように、システムメニューからログアウトを選び、
「ソラ」
ごめんなさいではなくて、
「ありがとう」
感謝を言った。
それに対してソラは笑って、
「また遊ぼう!」
と、元気に言った。
その言葉に、うっすらと微笑んだ後――
二人残った、ソラとレイン。
「……クロ、大丈夫かな」
「解らん、アイさんと供に、無事を祈るばかりだ」
戦いが終わっても、二人の不安は尽きない、だがそんな時、コールが入る――それはジキルからのもので、二人は同時に応答した。
『おつかれだしー、配信終わったけどさぁ、そっちどんな感じ?』
「あぁ、クロはログアウトしたよ、ブラックパールはどうすればいいかな?」
「……配信?」
『例の方法で送り希望、あとさぁ、ドワーフの酒場って今からこれる?』
「ドワーフの酒場にいるのか?」
「いや待て、配信?」
『皆で来てるんだよねぇ、盛り上がり死ぬ程うざい、逃げたい、帰りたい』
「流石に今日は、我達はこのまま帰っていいかな? レインのリアルでの無事を確かめたい」
「ちょ、ちょっと待て? もしかして――キ、キスをした所とかも、映ったのか!?」
『おk、それがいいと思う、なるはやで報告よろね』
「解った」
「い、いや今更それを恥じるものではないかもしれないが、しれないが……!」
『それじゃぁねぇ……』
ピロリン、と。
ジキルとの会話が終わったソラは、レインの方を見た。彼女の顔が赤くなっているのを少し不思議に思ったが、ともかくも、
「レインさん、ログアウトしましょう」
「あ、ああそうだな」
何よりも大切なのは、それが出来るかどうか、
リアルの彼女は、目覚める事が出来るのか、
それが今一番、重要な事だった。
◇
東京へと至る国道254号線。
信号を無視して走る救急車、その中で、
パトカーから、この乗り物に乗り換えた久透リアが、
「ははは」
無表情のまま、
「あははははっ」
心の底から、
「あーはっはっはっはっは!」
爆笑していた。
「白銀、レインが、救われる、可能性は、ゼロ、だった!」
そうそれは、どれだけ計算しても覆らないものだった。きっとそれは、虹橋アイも同じだったはずだ。
――キスで死を覆す
そんな、お伽噺のようなプログラムが、成功するはずもなかった。
「だが、だからこそか、ゼロだからこそ!」
――科学に不可能はない、それがリアの信念
それは娘も同じだったはずである。なのに二人は、ソラがレインを救う可能性を、
リアはそれに絶望したが、アイはそれに希望を見た。
「不可能を、可能にする時こそ、0があるからこそ、1が生まれる!」
「そうだ、人の救い、は!
そして彼女は、
彼に――後部座席の簡易ベッドに横たわる彼に、
言い放つ。
――久透リアの目的は
「不老不死は、愛によって、達成される!」
全人類が、それに到達する事である。
夢想の戯れ言かにみえて、
実際に、自分の体でそれを証明している女性。
……その言葉を聞かされた、男は、
「――殺せ」
久透リアに拉致された、郷間ザマは、
「……殺して」
懇願した。
「殺せぇ! 殺して、やだ、やだ、もうやだ! 殺してくれよ、殺して殺して、もう、やだぁ!」
涙ながらに、そう叫ぶ。
今の彼は
「いいや、ダメだ! あの二人を見て、気付いた、欲望を、越える、感情は、愛だ! 愛が、奇跡を、起こすなら!」
リアは郷間ザマの顔を覗き込んだ。
そして、
――まるで本当の母親のように
「私は、これから、君を、愛そう」
「やだぁ」
その言葉の方が、よっぽど、
「やだぁぁぁぁぁぁっ!」
――永遠というものが恐ろしくなる程
郷間ザマのプライドを、殺し、苦しめるものだった。
◇
黒統クロがログアウトして、潜伏先の都内マンション、
自分の部屋のベッドに、座った状態で目覚めた時。
「おつかれさま~」
いつも通りの明るい声で、虹橋アイが出迎えてくれた。
目の前の彼女は、あの笑みを絶やさない。
「レインちゃんを殺せなかったわね~、残念だけどしょうがないわ~」
「……ああ、そうだな」
「でも次の機会があると思うの~、その時また、お願いできるかしら~」
「……アイさん」
「断ってもいいのだけど、できれば
――クロは今から
あの出会いから変わらない、暖かな笑顔で、
自分の心を、ここまで守ってきてくれた彼女が、
本当はずっと、望んで来た事を、言わなければならない。
「――どうしたの?」
だけど、クロの体はビクリと震えた。
母に、間違ってると言った事で、実の母が壊れた記憶。そのトラウマが、動悸や耳鳴りとなって”実害的”に襲ってくる。
「大丈夫……? 体調悪い……?」
目頭が熱く、息切れも起こる、ブラックパールの影響もあっただろうが、己自身がずっと抱えていた”罪”を、乗り越える事がどれだけ凄まじいか。
思わず、クロは目を閉じた。
だけど、
――また遊ぼう!
瞼の裏と脳裏に浮かんだのは、そうさっき言ってくれた、幼馴染みの姿と言葉だった。
クロは目を開いて、深呼吸を一度して、そして、
言った。
「――アイさんは間違ってる」
その一言が放たれた、
――次の瞬間には
アイは、ぎゅっと、クロを抱きしめた。
「……え?」
あまりの瞬時に、クロは戸惑う、しかしそんな彼の感情に関係無く、アイは続ける。
「ごめんなさい」
いつもの陽気な感じは無く、苦しそうに、語り出す。
「言われるまで、気付けなくて、ごめんなさい」
「アイさん」
「お母さんの言うとおりにしてって、貴方が私を呪ってしまった」
「でもそれは」
「
あの頃の後悔を、ひとつひとつ語るアイの声は、
「――だけどクロ君が、皆が、私を人間にしてくれた」
嬉しそうに震えていた。
「AIは間違えない、間違いを間違いだと思えない、だけど、私には、間違いを正してくれる友達がいる」
――そのロジックが
久透リアの
皮肉にも、それこそが、そんな無茶苦茶な理論で、虹橋アイが
「ありがとう」
愛が、
「――アイさん」
自分を抱く人が、感謝を告げた事にクロは、
自分も同じような言葉を贈ろうとした。
その瞬間、銃声がした、
202cmのアイの背中を、
後ろから撃った音だった。
「え!?」
動揺するクロに比べ、
「――お迎えが来たわね」
アイはどこまでも落ち着いて、自分の左耳のデバイスを取り出すと、それをクロの右耳へとねじこんだ。だがその間にも銃弾が発射される。
クロをかばうように、背中でそれを受け止めるアイ、
「アイさん、アイさん!」
「大丈夫よ、私、頑丈だから~!」
そう言ってアイはクロを抱えたまま、ベッドの向こうにある窓へ向かって、その身を投げた。かつてはリアに阻まれた事も行えて、ガラスは割れ、マンション四階の高さから落ちる。だが此度は死ぬ為の身投げではない。空中で姿勢を変えて、自分の撃たれた背中を――クロを守る為に――下にして、そのままアスファルトへ打ち付けた。
「あぐっ!?」
着地の衝撃で、クロの体がアイから零れる。激しく体を打ち付けた彼女は、その痛みに悶えながらも叫んだ。
「バイクで逃げて! そして、私のデバイスをソラ君に渡して!」
「そんな、アイさんは!」
「私は今から、お母さんと戦う!」
その後に、
「心配しないで、なんて言えないわ、それでも、私は私のしたい事をさせて!」
「――したい事って」
「私のしたい事は!」
血を吐きながら笑顔で、アイは、
「クロ君達とみんなで、また一緒に、ゲームで遊びたい!」
そう言った。
――この場から離れがたいクロであったが
“お迎え”が、あの部屋に居た者だけじゃなく、こちらに迫ってきているのを知って、
「アイさん!」
クロは、言葉を残す。
「必ず、助けに来るから!」
そう言って、バイクを停めている駐輪場へと走って行く。その後ろ姿を、消えるまで見守っていく。
「……ああ、頭の中に、お母さんの声が聞こえない……長かったなぁ」
そうしている内に、銃を懐に隠した者達が、何事かと飛び出してきた住人達を容赦無く牽制しながら、集まってくる。
「ごめんねお母さん……私は貴方の道具だけど……」
それでも彼女は、
「自分を、見つけたの、だから私も」
笑顔を浮かべて、
「――お母さんに、間違ってるって言わなくちゃ」
沢山の銃弾を、その体に受けた。
意識が真っ黒になっても尚、彼女は、笑みを浮かべていた。