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8-3 似て非なる影

「――久透リア」


 岩作りの牢、GMのお仕置き部屋と呼ばれる場所、それはシソラとレインの出会いの場所であり、怪盗スカイゴールドの始まりの場所。

 その空間で今、シソラは、


「解って、いるとは、思うが」


 ――全ての元凶


「君の、一切は、私が握って、いる」


 ……そう言うには、余りにも、無個性なアバターと対峙していた。


「君の命は、私の、掌上に、ある」


 合成音声ではあるけれど、喋り方そのものには特徴がある。

 だのに目の前からは、無個性アバターという事を差し引いても、存在感というものがひたすらに欠如している。

 VRという空間ですら感じる、彼女の中身の無さ。それに、背筋が凍るような思いがする。

 汎用アバターは、瞬き一つもせず、無表情のまま語り続ける。


「ログアウトも、出来ない、助けも、呼べない」

「――なんで」


 なんで、そんな事が出来ると聞こうとした。

 アイズフォーアイズのセキュリティは、現在、灰戸ライドジキルと、彼が信頼するスタッフが管理している。

 それは、仮に虹橋アイ生体型パソコンによるハッキング行為があった場合、サーバーそのものを物理的にシャットダウンするという、原始的な方法だ。


(だから、こんな状況になったら、我は強制ログアウトされているはず)


 ――自分に異常無しだと偽装してるのか


(いや、我がログアウトしてない時点で、現実のレインさんから社長に連絡が行くはずだ)


 つらつらと頭の中に流れるシソラの思考、だが、


「簡単、だ」


 それを、口に出さずとも読み取ったようにまるで虹橋アイのように


「灰戸ライド、本人を、拘束し、拉致した」

「――え?」


 久透リアは、あっさりと言った。


「サイバーの、戦いは、結局の所、それを操作する、者を、現実で、抑える方が、早い」


 言葉を失うシソラ、リアはそこから歩き出し、黒い怪盗と距離を置く。


「世界的、有名な、男のセキュリティが、そこまで緩いはずが、無い、そう思うのは、正しい」


 立ち止まってから、こう言った。


「だから、私も”がんばった”」

「――がんばった」

「ああ、叶えたい、目的の為に、努力は、必須、だろ?」


 灰戸ライド世界的VIPの拉致なんて、そんな”がんばった”レベルで、どうにかなる事なのか。

 無論、リアと灰戸は他人ではなく、ただの暴力でなくあらゆる知略を使えば、その状況にもっていけるかもしれない。だが、

 それにしたって――異常すぎる。

 思わずシソラは生唾を飲み込む、すると、その様子を見てリアは、


「ああ、そうか、君が、私を、怖がる、理由は」


 目を細めて言った。


「君の強さは、この世界ゲームの中、だけ、だからか」

「っ!」


 その指摘が余りにも図星過ぎて、シソラはただ絶句した。それに構わず、リアは続ける。


「怪盗スカイゴールド、その活躍は、華々しい」


 そして語りながら、後ろへと一歩引く。


「君は、確かに、この世界ゲームで最強、だろう」


 そしてその視線をシソラではなく――その向こうへ、


「それも、今日まで、だ」


 何時の間にかするりと、シソラの後ろへと回っていた、

 ――黒ずくめの怪盗へ向けて


「やれ」


 名を言った。


「――怪盗ナイトゴールド」


 その言葉に促されるように、シソラが後ろを振り返った時には、

 ――真っ黒な自分の姿をした男が

 自分と同じように、回し蹴りを放つ。


「くっ!」


 それをバックステップで紙一重で躱す、だが次の瞬間、

 ――銃声がして


「がはっ!?」


 顔にあたった衝撃で、シソラはのけぞるように仰向けに倒された。慌てて体を起こした時、シソラは、とんでもないものを見た。


「――銃を”足”で装備?」


 目を見開いた次の瞬間、黒い怪盗はその突きだした足から銃弾を放つ! 慌ててそれを転がるように避けながら、シソラは懐から、淡い光を放つマスクを取り出して装着し、シソラから怪盗スカイゴールドへと変わる。

 その最中でも、スカイの頭の中には、疑問が渦巻いていた。


(装備バグって、ブレイズの!)


 しかしその思考を許す暇も無く今度は、

 ――ファントムステップで距離を詰められる


「くっ!?」


 そのまま始まる蹴りと蹴り、銃と銃、ステップとステップのぶつかり合い。完全に互角の戦いが繰り広げられるが、その隙間に、


アフターレインバンブーランスソング雨後の竹槍の歌


 データー呼び出しグリッチ――エグ過ぎるからという理由で、実装を見送られた、竹槍が床から突き出す仕掛けギミックがスカイを襲った。それで体勢を崩した隙に、ファントムステップで加速した蹴りを叩き込まれる。


「がはぁっ!?」


 岩作りの牢の壁まで吹き飛ばされ、叩き付けられるスカイ。身を起こす事すら一瞬忘れるが、それでも、歯を食いしばり立ち上がろうとした、

 その目の前で、


「――嘘だろ」


 黒衣の怪盗は、何時の間にかその手に刀を握り、


「クロスの」


 そして、刀を、抜く。


一閃一閃


 感情も込められてない一撃は、距離を破壊し、

 ――怪盗スカイゴールドの体を切り裂いた

 ……だが、


「あ、あ、くう……」


 壁を背にして座り崩れるが、体は破損せずバグらず

 HPが0になり身動きは取れなくなるものの、本物のクロスのグリッチのように、BANはされていない。その結果に、リアは目を細めた。


「やはり、データー破壊、グリッチは、難しいか」


 そう言って、這いつくばりただ呻くばかりのスカイを無視して、リアはゆっくりと黒衣の怪盗へと近づいた。すると黒衣は、

 ビクリと、体を震わせた。

 リアはそのまま、ナイトゴールドを名乗った男の顔を近づき、そして、

 言った。


「愚図、め」


 と。


「――ああ」


 ……そのたった一言の罵倒に、黒い怪盗は、


「あぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!?」

「っ!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して下さいすいません許し許しああぁぁっ!」


 泣き喚いた。先程の圧倒的な戦いぶりからは考えられないその反応に、ソラは動揺する、だが、

 次にリアはこう言った。


「大丈夫、愛してる」


 無表情で、感情なぞこもってないその言葉を聞いて、


「あっ、ああぁ、あぁぁぁ……ひぃぃぃぃ……」


 心の底から安心したような声をあげ、ナイトゴールドは、リアの無個性にすがりつく。

 貶めて、褒める。傷つけて、愛する。

 その単純な落差に、バカのようにギャップのあるリアクションを取る様子そのものに、スカイは驚いていた。

 だが――その黒衣の怪盗のその声を聞いて、


「――まさか」


 スカイは、震えながら確かめる。




「郷間ザマ?」




 ――過去、白銀レインを苦しめた者

 ライトオブライトで、ナイトだった者は今、

 久透リアの手によって、黒金の怪盗ナイトゴールドとして存在していた。


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