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8-4 誇りを砕き、愛を植え

 ――同時刻、ブルーオーシャンこと青海ウミの部屋湖北系Vtuber淡海おしゃんでもある


「よし、オッケーっと!」


 明日の学校の準備を、チェックアプリと供に終えたウミは、声を出してその状態を確認した。

 Vtuberであり、怪盗である彼女だけど、その本分は高校生。いくら、科学の結晶であるデバイスのおかげで、生き方が効率化した時代であっても、基本をおろそかにしてはいけない。


(それに、久しぶりの学校、楽しみやしねぇ)


 当たり前の話ではあるけれど、世界ジャンルの数だけ交友関係は広がる。何かに一途もステキだけれど、思春期で多感な彼女は、自分の出来る範囲で、世界を丸ごと味わい尽くしたかった。

 ――アイズフォーアイズの今後を憂いもするが


「まずはちゃんと、勉強せんとね!」


 明日の意気込みをふんすとした後はもう、早めに眠りに就こうとベッドへ入ろうとした、その時、

 ノックの音がして、次に、扉の向こうから声がした。


「ウミー、まだ起きとるー?」


 それは母の声であった。あれぇこない時間に珍しなぁとは思いつつ、立ち上がり、とてとてとドアへと近づきガチャリと開く。

 ――ウミの目の前にいたのは


「誰?」


 その問いに答える事もなく、

 母の声帯模写ボイチェンじゃないをした、黒いスーツの女性は、ウミの口と目と手足を塞いだ。

 同じような出来事は、赤原リクヤの部屋でも起きていた。







 岩作りの牢、俗称、GMのお仕置き部屋。

 だが現在、リアが郷間ザマナイトゴールドに行っているのは、


「無能、無価値、無意味、無様、愚鈍、卑怯、害悪、凡人、恥知らず、誰もお前を愛さない、死ね、死ね、死ね」


 まるで経を唱えるように、罵詈雑言を彼に注ぐだけでなく、


「天才、非凡、肯定、強者、知恵者、卑怯、憧れ、嫉妬、存在が奇跡、生きてるだけで偉い、生きろ、生きろ、生きろ」


 次にはありったけで褒め殺しだ。そんな風に鞭と飴を、罵倒0賞賛1をひたすらに繰り返していけば、黒いマスクの下の顔が、悲喜に歪む。


「ひいいい、ひいいいいいっ!」


 大凡、人とは思えない、鳴き声と供に、


「愚か者」


 と、


「――愛してる」


 で。

 その、二連の言ノ葉ゼロイチで、郷間ザマ、いや、怪盗ナイトゴールドはピタリと止まった。そして背筋を伸ばし直立し、そして、壁際で身動きが取れない、スカイへ虚ろな目を向けた。

 郷間ザマは人間のはずである。

 だがとても、生気を感じられないまるでNPC


奇跡バグを、引き起こすのは、負の感情、だと思っていた」


 久透リアが、今度はスカイに話しかけた。


「私も、そうだったし、須浦ユニコも、そうだった、ゆえに、私は最初、ザマの誇りを砕き、私への憎悪を、植え付けようと、した、だが」


 そこで久透リアは、こう言った。


君達ソラとレインが、起こした、奇跡バグは、愛が切っ掛けだ」


 ――死ぬはずだったレインの復活

 ロジックはあったものの、本来なら有り得ない事、だが、

 キスは確かに彼女を目覚めせたそれはまるでお伽噺のように


「思えば、愛故に、虹橋アイも、私に対し、エラー反抗期を起こした、ああ、君達のおかげで、真理を、得た」


 笑わぬままに、笑ったように、

 リアは告げる。


愛こそ、全てLove is All


 ……リアの淡々とした語りの中、座ったまま立ち上がれず、首と視線くらいしか動かせないスカイ。だけどどうにか、口は回る。


「我にはお前のやってる事は、洗脳にしか見えない」

「そう、だな」

「肯定するのか」

「ああ、私は彼に、全てを与え、全てを奪う、それを、繰り返してる」


 リアは汎用アバターは、彼の傍に立ち、その頭を撫でる。


「喜びを、食を、安心を、友を、快楽を、情熱を、そして愛を、惜しみなく」


 あ、あ、あ、っと、嬉しそうな息遣いを見せるザマ、だが、

 次にリアは、彼の喉仏のあたりを押した。


「悲しみを、ひもじさを、不安を、孤独を、苦痛を、無関心を、そして憎悪を、惜しみなく」


 ひ、ひ、ひ、っと、泣きそうな吐息を零すザマ。


「ああ、私は、この男が、唾棄すべき程、哀れで、受け入れがたく、だから、こそ」


 リアは全く、


「――私の、物にしたい程、愛しい」


 狂っていない。

 狂っていないからこそ、恐ろしい。

 言ってることもやってる事も、完全な束縛者DV彼女。それを客観的に把握しながら、久透リアは、郷間ザマを手駒にしている。

 ――虹橋アイを越える操り人形として


「実際、彼の感情の、動きを、システムに反映、組み込む事で、ブラックパールは、完成へ限り無く、近づいた、奇跡バグは最早、私達のもの」

「――奇跡って」


 スカイは尋ねる。


「お前が望む、奇跡ってなんだ?」


 心のどこか、それが何かに気付きながら。

 ……リアは、ザマから離れれば、そのままスカイへと近づいて、視線の高さを合わせるように屈み、そして彼のマスクを剥ぎ取った強制装備解除というチート――そのマスクを、スーツの胸ポケットに差し込みながら、ただのシソラになった少年に、告げる。


「不老不死、だ」


 と。


「私の、目的は、全人類が、それに、到達する事、だ」

「――そんなの」

「無理、じゃない、実際、私は既に、その肉体を、得ている――インドラを、使って」

「イ、 インドラ?」


 テープPCやARVRデバイスを成立させる、超科学、それが教科書で習った事だが、


「あれは、私が、チャンドラハブの名で、作った、不老不死の、装置、だ」


 そう、あっさりとリアは言った。


「どうにも、私にしか、馴染まなかった、強い感情を、システムに組み込む、分、個人差が、激しい」


 絶句するしか無い。

 もしもリアの言葉が本当であれば、彼女は、今の世界を作り上げた存在そのものである。

 その上で彼女は、全人類の不老不死なんていう、目標まで掲げている。

 真っ先に浮かんだ言葉は、これだった。


「世界の救世主になるつもりなのか」


 そのシソラの言葉に、リアは首を振る。


「世界の救世主、じゃない、私は、この世界を、憎む」


 そして立ち上がり、振り向いて、


「この世界を、打倒し、新たな世界へ、皆を、導く」


 背中を見せながら、ナイトゴールドの傍へと戻り、


「お前が、世界の訂正者ワールドデバッガー、ならば」


 そして、


「私は、世界の創造主ワールドクリエイター、だ」


 指を鳴らした。

 そのノック動作で、岩で出来た牢獄に、モニターが浮かび上がる。

 映るのは――怪盗スカイゴールドの行きつけの店、ドワーフの酒場であった。

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