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8-5 望まれない予告状

 ――8月31日23時12分

 VRMMOアイズフォーアイズには、ファンタジーな街並みや、雄大な自然、深海や空、異空間から夢の国まで、様々なエリアがあるこの世界ゲーム

 その中には、始まりの街というものも存在する。

 堀に囲まれた巨大な城が中央に建って、そこから円形に城下町が広がる。テンプレートなファンタジー世界だからこそ、この世界の中心ゲームノメインに相応しい。怪盗スカイゴールドの行きつけの店であるドワーフの酒場は、その飲食街の一角に存在した。さて、その店内、奥にある大きなテーブルにて、

 ――小悪党グドリーが

 多くの者達と友に、その卓を囲んでいた。


「グドリーサン、ドウシテキョウノコダイイセキ古代遺跡レース、サンカシナカッタンデスカ?」


 そう、カリガリーロボットの中の女の子に尋ねられたグドリーは、メガネをクイーッとした。


「あんな公式のイベントでは、私の小細工を使う暇がありません、それに、私は正面切って、怪盗スカイゴールドに勝ちたいので」

「ア、コレマケフラグデスネー」

「引退する前にも見た事がある!」

「4ヶ月も経ってないのに懐かしいなぁ」

「貴方達ねぇ」


 相変わらず、小浜の鯖の養殖業で忙しいグドリーであったが、最近はカリガリーの中の人リアルじゃ同い年で力持ちの女性が就職したおかげで、週三くらいでログインするくらいの暇が出来た。

 公私ともに復活の兆しを見せる、小悪党グドリー一味であったが、


「そうならないように作戦会議と」


 今日、この卓についているのはその仲間達だけでは無く――


「彼女や彼等に、協力を要請してるのではないですか」


 LustEdenのマドランナ、桜国のアカネとサクラ、そして、

 黄金都市ゴルドデルタのアンドロイド科学者で、彼は真っ先に言った。


「どうして俺がここにいるの!?」


 そう、彼以外の面子は前回のVSブラッククロスでも同じ身、いわゆる”スカイの愉快な仲間達”である。一応、アンドロイド科学者も、怪盗とはPVP経験はあるものの、それはトラップタワーという間接的な形でだ。

 だが、グドリーは中指でメガネのブリッジをクイッとあげながら、


「何を言うのですか、怪盗の技が、グリッチである事を見抜いた貴方が」

「ま、まぁ、それはそうなんだけど」

「ともかく、貴方にはより正確に、彼のグリッチを見極めてもらいたい」

「なんのため?」


 その言葉に、グドリーはフッと笑い、そして、


「グリッチの中でも、そう簡単に繰り出せぬ難易度Sものがあるはず、それさえ判明すれば私が!」


 作戦を言った。


言葉レスバを仕掛け、動揺させ、必殺技難易度Sを不発へと導く事が出来る!」

「うわぁ!? 想像以上に作戦がちゃちいさね!?」

「う、噂に違わぬ小物ですね」


 義賊の姉妹は正直に言った。ぶっちゃけ、以前、ブラッククロスへ向けてやった事を、スカイにやろうとしてるのである。それに対して手をあげるマドランナ、


「だけどグドリーさん、彼、どちらかというと煽り耐性強めじゃないかしら?」

「ああ、ですから煽ったりしませんよ、彼の弱点をつきます」

「弱点ってあったっけ?」

「シルバーキューティです」

「え?」

「ですから、キューティとどこまで進んだか、しつこく聞きます、キスの事とかも」

「ソウゾウイジョウニゲス!?」

「思春期の心を弄ぶなんて、リーダーの人でなし!」

「私は勝つためならなんでもやる最善を尽くすだけですよ」


 そして、くつくつと卑屈に笑う。


「楽しみですねぇ、恋人との事を聞かれて動揺し、真っ赤な顔でずっこけるステップミス彼の姿」


 その様子に全員冷や汗をかきながら、こいつ、本当に復帰させてよかったのか? と、思った。

 とはいえ、である。


「それでも、あの怪盗スカイゴールドに、勝つ機会よね」


 実際、マドランナの色仕掛けに動揺した怪盗である。単純に見えて、一番効果がある作戦かもしれない。


「そうそう、アタイは一度勝ってるけど、あれはアニキのおかげだからな~」

「ええ、アリクさんじゃなく、姉さんのパートナーは私という事を証明しないと」


 皆それぞれ、怪盗スカイゴールドへのPVPを楽しみにする。白衣のアンドロイドも、よっしゃぁ! と気合いをいれた。

 にわかに盛り上がるテーブルを見て、グドリーは卑屈な笑みを、爽やかな笑みに変える。

 すると隣のカリガリーから、


「ニアワナイデスネー」


 と、ツッコミが入った。


「五月蠅いですよ、カリガリー、というか最近貴方、私に対して生意気になってません?」

「マー、リアルジャ、コアクトウこあくとうドコロカ、ワタシニモヤサシイマジメナコウセイネン真面目な好青年ッテコト、ワカッチャイマシタシー」

「あ、こらっ!?」


 と、グドリーが言った時には既に遅く、


「え、えっ、何それ! どういう事さ!?」

「カリガリーさんが、グドリーさんの稼業を手伝ってるとは聞きましたけど」

「へぇ、興味深いわね」


 神の悪徒の対戦者組からも、


「てか、グドリーさんが復帰出来たのって、カリガリーさんだけ連絡手段があったからだよな」

「そうそう、俺達とは取ってなかったのに!」

「そもそも、グドリーの一味って二人で始めたんだっけ」


 小悪党組からも興味を持たれてしまった。カリガリーが何かを弁明しようと慌てる中、天井を仰ぐグドリー、


「スカイとキューティの前に、私達がからかわれてどうするのですか」


 そう言いつつも、このやりとりが、

 ――ずっと一人で頑張ろうとした自分には

 暖かくてかけがえのない、戻って来れて良かったと、心の底から思える理由と自覚する。

 だからこそ、笑い、そして呟く。


罵りあい遊びましょう、シソラ君」


 グドリーは――グドリー達は、黒統クロと虹橋アイの失踪、久透リアの暗躍、それらがまだ続いている事を知っている。それは心を乱す非日常。

 だからこそ、日常を守らなければならない。

 怪盗スカイゴールドの存在が、皆の、この世界ゲーム生きる理由エンタメの一つなら、

 そんな彼を叩き潰すのも、きっと、誰かの生きる理由エンタメだと信じて。


 そう、決意を、

 期待と供に、新たにした時――

 ――ずがぁぁぁぁぁっ! と


「なっ!?」

「うわぁっ!?」


 巨大な音と供に、世界が揺れた。

 まるで地震、縦に大きく一度、大地が上下した。机は酒を注いだグラスごと飛び上がり、それが落ちた時に軒並み全て床に散らばった。

 だが、この揺れは現実のものではない。

 もしリアルで地震や火事や竜巻などの災害が起きたなら、セーフティが働いて、VRMMOから自然とログアウトするからだ。だからこれはゲームの出来事である。


「な、なんだなんだ!?」


 たった一度の揺れではあったが、それは、アンドロイドの科学者の頭を混乱に満たした。酒場内のざわつきもおさまらなかったが、


「お、おい、城の方を見ろ!?」

「何よあれ!?」


 酒場の外からそんなセリフが聞こえてくる。慌て、グドリー達は、状況を確認する為に、店の外へと出た。

 プレイヤー達が視線を送るのは、


「あれって」

「まさか」


 巨大な城の天辺部分。当然に、距離は随分と離れている。

 だが、それですら視認出来るレベルの、とても大きな宝箱があった。

 ――どう考えても有り得ないもの

 だがしかし、それに対してマドランナは見覚えがある。


「ライトオブライト事件の時に出てきた、宝箱?」


 ――東京デート、虹橋アイのハッキングによって出現したもの

 郷間ザマのダンスホールに、突如出現したものと、全く酷似していた。


「な、なんであれと同じものが、浮かんでるのさ?」


 動揺するアカネに、サクラは何も答えられない。だが、その沈黙を許さないように、


「え、メッセージ?」

「こっちも来たぞ!」

「差出人は、怪盗ナイトゴールド!?」


 グドリー達だけでなく、この城周辺の、いや、この世界の住人ゲームのプレイヤー全てに送られてきたメッセージ。全員が慌てて開けば、

 それは予告状だった――




 予告状

 8月31日23時18分、この世界を奪う

 怪盗ナイトゴールド




「ナ、ナイトゴールド?」

「スカイじゃなくて?」

「えっと、運営から来てるって事は、公式イベント?」

「世界を奪うってどういう事!?」

「てか23時18分ってなに!?」

「い、今から1分後来るって、予告状でもなんでもないじゃん!」


 スカイゴールドに限らずに、怪盗の予告状というものは本来、人々の期待を盛り上げる為のプレリュードである。

 だが余りにも不穏なその内容は、メッセージを見る者の心を不安に駆り立てた。そして、そうしている内に、この予告状は、これから起こるPVPの参加をも、ほぼ強制的に促していた。

 世界ゲーム中で動揺が走る中で、


「マドランナ嬢!」

「ダメ、シソラ君達のアカウント、ログアウトしてる!」

「グループチャットモオフラインデス!」


 大人組がシソラ達の安否を確認をしたが、既に最悪の状況後手を知る。

 そうこうしている内に――この世界の城下町を囲む城壁、その入り口に、

 ――黒い火花を散らす球体が

 まるでブラックパールが、いやまさに、ブラックパール黒い信念そのものが、

 米粒のような小ささから、ゆっくりと肥大して、そして、

 収縮とともに、

 人影が、現れる。




「――我が名は怪盗ナイトゴールド」


 その姿は、スカイゴールドに酷似していれど、

 スーツどころか、シャツすらも、そしてマスクすらも漆黒、

 その上で、淡い金色を帯びている。

 そして響く声も似ては寄せてはいるけど、拭いがたい違和感があるし、何より、

 何時ものような、明るさの欠片も無い。


「罪には愛を」


 笑み一つも無く、今宵この場所に降り立った、黒金くろがねの怪盗は、


「――世界剥奪の時来たり」


 その名乗りと供に、そのままに、

 ――晴れ渡る空を月すら出ぬ雷雲の夜へと変えて見せた




「――これって」

「私達の時と、一緒の」


 マドランナとサクラが、呆然と呟く。

 ブラックパールヤードは、世界ゲームそのものを、自分の都合のいい空間バフ乗りまくりに作り替える。だがしかしこの天気の変化は、世界中ゲーム中に現れていた。Lust Edenの裏庭や、桜国の規模ではない。

 その中で、いつもと違う口上下手なパロディで現れ、石畳の地面に降りた、背も高め182cmの怪盗は、周囲の視線を浴びる中で、その視線を、城の頭上へと注ぐ。

 あの時、

 ライトオブライトの宝箱には、ライトオブライトに関する秘密のデーターが内臓されていた。

 しかしこの時この宝箱には、世界そのものが、

 このゲームのシステムそのものが、入っていた。

 奪えばそのまま、この世界が終わりを告げるまでの。

 ――そんなハッキングが出来るのは

 虹橋アイしか、存在しない。

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