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8-6 誇り無しへの愛

 VRMMOアイズフォーアイズ、メイン都市に、タイムラグ無き予告状ただの無礼と供に現れた黒金くろがねの怪盗。


「ナ、ナイトゴールド?」

「かっこいい、ですけど」

「なんか、怖い」


 このサプライズには当然、今の漆黒の風体も相俟って、喜びよりも戸惑いを覚えた。怪盗の近くに居た、青と赤のツートンカラーの衣裳のソーサラー女魔術師が、杖を片手にして恐る恐るに話しかけた。


「というか、そもそも、怪盗スカイゴールド――ですか?」


 中の人が同じシソラなのか、メニューを開いて確認し、

 ――アカウントが同じ事を確認した次の瞬間


ファントムステップ怪盗舞踏


 代名詞という、何よりもの存在証明を実行しながら、


「――え」


 ソーサラーとすれ違い様、彼女の杖を、

 それを握った手ごと、奪って見せていた。

 ――手首の断面は真っ黒で、そこから0と1が血のように零れる


「あ、ああぁぁぁぁぁ!?」


 それには痛みも伴っていた。だが何より、以前のWeTubeの配信で見た、”磔のキューティのようにバグった姿”が自分にも起きている事に、戦慄を覚える。

 ナイトゴールドは、【スティール】奪った手首を無造作に放ると、悠々とそのまま、宝箱が浮かぶ城へと歩みを進めた。


「な、ちょ、ちょっと待ってスカイゴールド!?」

「なんなんだよこのPVP!?」

「てか、なんで私達、強制的に参加されてんの!?」


 アバター損傷という、本来起こりえない演出及び、そもそものシステムにすら、ナイトゴールドが干渉している状態。悠然とした黒い怪盗に、プレイヤー達が、手を出すよりも疑問を投げかけるのは当然だった。

 だがナイトゴールドはその質問には答えず、淡々と、PVPの条件の説明を始める。


「制限時間は30分、我の勝利条件は、宝箱の剥奪、お前達の勝利条件は、あらゆる手段での我の阻止、そして我が宝を奪えば」


 ナイトゴールドは、


「――この世界ゲームを頂く」


 そう言った。

 ナイトの発言内容は、単純な声のリレーやメッセージ機能によって、あっというまに伝播する。だが、それに対する行動を、誰も取れなかった。


「ゲ、ゲームを頂く?」

「何を考えているでありますかスカイ氏?」

「というか、お前、本当にスカイゴールドか!?」


 アカウントは同じで、ファントムステップも使った。だが、やってる事が余りにも、今までの怪盗らしくない。だって、古代遺産レースの時もだったけど、

 怪盗は何時も楽しそうに笑っているのに、今は


「苦しそう」


 小さな吟遊詩人がそう言った次の瞬間、

 ――彼の鳩尾あたりに衝撃が走って


「へっ」


 本来、漏らすはずも無い苦痛めいた声をあげる程に、


「あぐうううっ!?」


 ファントムステップから放たれた前蹴りは、ただ彼の体力をHP0にする奪うだけでなく、青赤ソーサラーの手首のように、その腹そのものにキズバグを付けてみせた。

 心配に対する暴力という、


「う、うわぁ」


 とうとうここまでの凶行を見せる、黒い怪盗に、


「うわぁぁぁぁ!?」


 多くが逃げ出し、そして同時に多くが、立ち向かい始めた。


「ほ、本物か、偽者かわかんないけど!」

「止めないとやばい!」

「もうすぐ、20周年なのよ!?」


 最近増えた新参だろうが、ずっと前からいる古参だろうが、その認識だけは共有した。雷鳴轟くこのエリアへと、他のエリアからも、許容人数限界まで次々とプレイヤー達がやってくる。


「世界を剥奪? 神様気取りか、怪盗!」

「私、あなたが生まれる前からこの世界ゲームで生きてるの!」

「貴方に憧れてゲームをはじめたのに、こんなの非道いです!」


 当たり前であるが、この世界ゲームにて、勇名を馳せていたのは怪盗スカイゴールドだけではない。

 灰戸ライドの平等努力よりも格差幸運、そしてそれら全てを食らいつくさんばかりの信念行動力を尊ぶアイズフォーアイズ自分捜しゲーは、他のVRMMOよりも、理不尽なまでの突出した才能を生み出していた。

 それらがまるで波のように、黒い怪盗へと襲いかかった。


「覚悟しろ!」


 様々なジョブとスキルによる一気呵成、ナイトゴールドは、その攻撃の隙間を縫うようにステップを踏むが、やがて逃げ場が無くなる。

 とどめを担ったのは、


「――お返しよぉ」


 捨てられた杖を、もう片方の手で拾い直した、苦痛に汗を滲ませる、青赤の魔術師、


マーブルーレッド水火奔流!」


 ――水と火の合成魔法が、渦のヤリとなってナイトゴールドへ襲いかかる

 だが、

 それに対し、ナイトゴールドは、

 微かに歌った。




クラマフランマプロトタイプ原始の炎


 呼び出しグリッチで、クラマフランマの開発段階verぶっ壊れを呼び出し、


ダブル二つ装備


 増殖グリッチで二つ増やし、装備バグで二刀流にし、そして、


アスタリスクロスト三重ノ一閃


 ――データー破壊グリッチ

 輝星の剣戟が、水と炎を壊すだけでなく、

 ソーサーラの体そのものを、バグで引き裂き、そして、

 BANした。




「――えっ」


 ナイトゴールドの攻撃によって、魔法どころか、青赤ソーサラーが跡形も無く消え失せた。


「え、ちょっと、まぎまぎ!?」


 慌てて、ソーサラーのPTメンバーが、メニューを開いて状態を確認するが、


「いや、【このアカウントは存在しません】ってなってる!?」

「ええ、ログアウトじゃなくてぇ!?」


 PTを組んでいた者達の焦りが響く中で、誰かが、呟く。


「ま、まさか今の攻撃で、BANされた?」

「は?」

「い、いや、BANってそんなまさか」


 ――そんな事、GMにしか出来ない所業

 だけど、ああだけど、圧倒的優位数は力だと思ってたプレイヤー達は、また固まった。二本の、資料集でしか見た事が無いデザインの、クラマフランマプロトタイプ原始の炎を両手に下げるナイトゴールドを見ても、誰も手を出せない。

 そしてその中で、


「――上手に、出来た」


 ナイトゴールドが――黒金くろがねの怪盗キャラでプレイする郷間ザマが、

 独り言を、語り出す。


「でも、足りない」


 彼の脳内に、ミルフィーユのように重なっていくのは、愛と恐怖である。

 成功すればプライドを褒められ、失敗すればプライドを砕かれる。

 久透リアとの愛憎の日々は、もう、ザマを笑ったり泣いたりするのも難しくしてしまった。彼女と同じような無表情で、再び、禁じられた没になったクラマフランマを構えてみせる。

 そんな彼の目の前には、データー破壊グリッチの練習相手が、

 ――殺しBANの実験体が

 彼の目の前に、無数に広がっている。


「――もう一度」


 そう言って――巨漢のウォリアー相手に、再び放たれたアスタリスクロスト、

 だが、今度はBAN出来ず、ただ、その巨躯の右足を切り落とし、無理矢理に膝をつかせただけだが、


「ひいい」


 その象徴的な攻撃と、BANされるという事実は、


「ひいいいいいいいい!?」

「うわああ!?」

「た、助けてぇ!?」


 恐怖を世界中ゲームに生み出すに十分だった。

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