目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

8-7 愛の悪徒

 地獄絵図、としか言いようが無い。

 アイズフォーアイズのメイン都市、宝箱が出現した城へと続く道程は、黒雲から雷鳴が轟く中で、

 |黒金くろがね怪盗ナイトゴールドによって、次々とプレイヤーがバグつけられていくのだから。


「あ、ああ、い、痛い、痛い!?」

「なんでゲームVRなのに痛みを感じるの!?」


 ナイトゴールドのデータ破壊グリッチは、半分くらいが普通のダメージになり、四割くらいがバグという傷になり、そして、残り一割が、容赦無くアカウントがBANされるという結果を生んでいる。


「ああやばい、逃げないと!?」

「あれ、でもログアウトも、テレポートも出来ない!?」

「嘘だろぉ!?」


 最早、一方的な殺戮者になったナイトゴールド相手に、ただただ取り乱すばかりの者達。多くの者が逃げ惑い、その内いくらかが抵抗するも、あえなく返り討ちになっていく。

 圧倒的な蹂躙、為す術も無い力、


「あ、あはは、こ、こんなの、こんなのって」


 最早逃げ遅れて、ただ引きつった笑いを浮かべる女ヒーラーは、

 こう、言わざるを得ない。


「チートじゃん」


 ――多くが憧れる無双状態

 だけどそれを、ナイトゴールドは、


「チートじゃない」


 こう、否定した。


「グリッチだ」


 ――そして女ヒーラーをアスタリスクで斬り掛かる

 だが、


「ふんっ!」


 その一撃から、間一髪、ヒーラーを救ったのは、蒼炎の高速であった。


「え、マ、マドランナさん!?」


 蒼い炎を纏うシャープな姿になった英雄竜、ヒーラーを抱えながら飛んだ後、すぐさまに降り、彼女を降ろしながら言った。


「走って! 自力でエリア城壁の外へ出たら、ログアウトも出来るわ!」


 マドランナに続いて――この場所に駆けつけた、アカネやサクラも皆に叫ぶ。


「このままじゃ、アカウントをBANされちまうさ!」


 BANされたレインの昏睡状態を知ってるアカネ達にとって、それだけは避けねばならない事態である。


「皆さん、逃げてください!」


 スカイゴールド関連の有名人の言葉に、多くの者達は従った。だが、


「い、いや、それよりなんなんだよこれ!?」

「一体何が起きてるの!?」


 当然に、疑問をぶつける者が居る。だが、それに対する答えを、彼女達とて持ち合わせていない。

 今、現れているのが、スカイゴールドで無いのはわかる、久透リアの企みであろう事も解る。

 だがそれを今、説明する術がないのだ。だから、


「信じてください!」


 もう、その言葉に頼るしかなく。


「――し、信じろったって」


 ただサクラと話続けようとした、その剣士のプレイヤーも、


「あっ」


 アスタリスク六つ裂きにされて、消えてBANされていった。その事態におののく周囲に向かって、


「ともかくも、逃げなさい!」


 グドリーが叫ぶ。


「どうやろうと、この黒金くろがねの怪盗は止められない、このまま私達がここに居ても――彼が完成に近づくだけだ!」


 そう、今からナイトゴールドが目指すのは、少なくとも、

 かっこいい怪盗義賊が好きな、白金ソラの忌避の対象、


「人殺しの怪盗に!」


 そういうものになる為に、宝箱は後回しにしているのは目に見えていた。なんとかそればかりは避けねばならぬと、


「トモカクハシルンデスヨー!」

「避難経路、付け焼き刃だけど確保したから!」

「エリア外に出たら即ログアウトしろぉ!」


 グドリーの一味誘導役が声をあげる。少しでも多くを逃がす撤退戦である。PVP開始から5分、ようやくに、明確な方針を得れた事で、全員の動きに統率が出る中で、

 一部のプレイヤー達が、グドリーを守るように武器を構えた。


「……っ! 貴方達も、逃げなさい!」


 そう、小悪党は返したけれど、


「バカ言うなよ、復帰したばかりの小悪党」

殿しんがりがどう考えても足らないヨネー?」

「グドリーさん、どっちかってっと指揮官ポジだろ? 僕等を使えよ」


 そう、初見のプレイヤーにまで言われて、そして、

 その中の一人が、尋ねた。


「それで、あいつは、怪盗スカイゴールドなの?」

「アカウントは同じだけどよぉ」


 ……その問いかけに、メガネのブリッジをくいっとあげながら、グドリーは、


「解りません」


 正直に言った。

 グドリーが考える最悪のパターンとしては、ブラックパールが完成している事。

 もしも、問答無用で相手を洗脳させる装置が仕上がっていたならば、目の前の黒金くろがねの怪盗がその毒牙にかかった、スカイゴールド白金ソラの闇落ちバージョン、という可能性は捨てきれない。

 だが、この時、グドリーは、


「だけどねぇ、私は、知ってるんですよぉ!」


 スカイゴールドを、いや、怪盗シソラを、


「彼の底無しの、甘っちょろさをねぇ!」


 信じた――例え黒い信念だろうと、けして汚せないだろう、彼の夢を、怪盗としての誇りを。ゆえに目の前の黒金くろがねの怪盗は、断じて、シソラの成れの果てではないと信じた。

 ――ファントムステップでナイトゴールドが跳んだ

 その足を、ドンピシャのタイミングで、アカネのヨーヨーが絡め取った。しかしナイトゴールドは、アカネを引きずったままグドリーへと蹴りを仕掛ける。


ダイヤモンドシールド最強硬度!」


 それを守るシールダープレイ歴15年の、防御スキルでその蹴りは受け止めたものの、続いて繰り出されたクラマフランマの一撃で、盾はそのままバグり、脆くも崩れていった。その隙に、後ろへと下がったグドリーは叫ぶ。


「立ち止まらない、常に動きなさい! 心理的な動揺でのグリッチのミスが望めないなら、動きのズレで相手の技を防ぐしか無い!」


 必死前提の時間稼ぎ、今のグドリー達には、それしか出来る事が無い。


「ああ、折角、復帰したばかりだというのにねぇ!」


 それでもグドリーは、笑うのだ。

 彼のように――自分をこの世界へと、引き留めてくれた少年の為に、


「貴方とは遊びたくないんですよ、この偽者がぁ!」


 約束を、守る為に。







 ――岩作りの牢

 現在、リアに囚われているシソラは、身動きが取れない状態で、この虐殺の光景をモニターを通して見せられていた。

 自分の偽者、怪盗ナイトゴールドによって、グドリー達や、他のプレイヤー達が、バグ付けられて、そしてBANされていく映像。

 あらゆる感情がわき上がるが、叫びたい衝動を必死に堪える。

 ただ怒りをぶちまけるよりも、冷静に、聞き出さなければならない事がある。

 そう、


「なんで、こんな事をするんだ?」


 久透リアの目的である。

 問いかけられた彼女は、相変わらず無表情のままに言った。


「悪徒の、完成」


 そして、続ける。


「私、一人では、何も、出来ない、私は、弱い、生物だ、だから、優秀な、仲間が要る」

「――仲間」

「ああ、人を、死から救う為の、同士だ」


 久透リアが、想像以上に沢山の人間と繋がりを持っている事は、解った。

 インドラの発明で得た莫大な資産もそうだろうが、何よりも彼女が掲げる、不老不死という目標は、どこまでも魅力的。

 金と理由があれば、人というのはどこまでも着いていく。

 久透リアが、多くの人間を抱えている事は疑問に覚えない。

 だが、どうしても、シソラは納得がいかなかった。


「仲間じゃ無くて、道具だろう」


 ――虹橋アイを生きたパソコン扱いしてるようなもの


「否定は、しない」


 だがリアは、それをあっさりと認めた。


「私にとって、他者は、目標の為に、必要な”物”だ」

「須浦ユニコも、そうだったのか」

「ああ――彼女は本当に、利用価値の、ある、仲間道具だった、そして」


 そこでリアは目を細めた。


「本来なら、君も――私の、仲間に、するつもりだった」

「え?」

「君だけで、なく、黒統クロも、灰戸ライド――いや、ジキルも」


 ――神の悪徒の発案者

 ……怪盗、暗殺者、詐欺師、そんなコードネームが冠されたメンバー、RMT業者に対抗する為という目的で集まったが実際は、


「グリッチの、奇跡バグの、覚醒者、として」


 それが、リアの目的だった。


「だが、君達は、もう、要らない、私には――世界で一番、愛しく、憎い、仲間がいる」


 そう言って、モニターに目をやった次の瞬間、

 ――ナイトゴールドはその一撃で

 英雄竜マドランナを、BANしてみせた。


「――あっ」


 アカネが絶望の悲鳴をあげるが、サクラが直ぐに気を逸らさないで! と叫ぶ。グドリーは一度だけ苦しげに呻いた後、冷静に、次の指示を送る。

 黒金くろがねの怪盗の無双は続いている。


「今の彼は、怪盗、で在り」


 逃げる多くを、殺しBANの練習台にしながら、ゆっくりと宝箱へと近づいていく。


「己を偽る、詐欺師、で在り、そして」


 そしてついにその刃は、グドリーへと、


「殺し屋、だ」


 届いた。




 消えゆくグドリーの声が、モニター越しに響いた。

 ――後は任せました、と

 それが自分シソラに向けた言葉だと思いながらも、

 うなずく事も出来ず、シソラは、絶叫した。




 大切な友達が、BANされる様子を見せられたシソラに、無慈悲にリアは呟く。


虹橋アイの悪徒は、もう、要らない、私には」


 とても無価値であるからこそ、

 惜しみなく愛を注げる彼を、


久透リアの悪徒、が、いるのだから」


 誇るように。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?