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8-9 容疑者、白金ソラ

 ――2089年9月14日、早朝

 滋賀県高島市にある築53年2036年建造の一軒家、雨戸をすっかり閉めて、防音もしっかりして、空調の効いた部屋。

 そんな場所で一人の少年が、何か暖かいものを感じた。


「――んっ」


 それが、覚醒のトリガー、少年が、


「……あれ?」


 白金ソラが、目を開けば、


「――あ」


 布団の上で、タオルケットをかけた状態で仰向けに寝る自分を覗き込む、白銀レインの顔が見れた。


「レインさん」


 彼女の名前を呼んだ瞬間、白金ソラは、ぎゅっと抱きしめられた。


「わっ」


 とても強い力、そのままソラは抱き起こされる。お互い座った状態になってから、レインはまた正面から、ソラの顔をしっかりと見た。


「良かった、本当に、良かった」


 レインの声は震え、そして、涙ぐんでいた。


「必ず目覚めると言われてたが、このままだったらどうしようと、不安だった」

「……レインさん」


 察するに、おそらく自分は、かつてのレインのように”代謝も排泄も無い昏睡状態”だったのだろう。

 その間、ずっとこの場所で、自分の帰還を信じてくれていたのだ。


「ありがとうございます」


 まずは何よりもその感謝を伝えて――そして、


「状況を、説明してください」


 ――今、必要な事を聞いた

 レインはソラの言葉に、ああ、と言いながら、自分の涙をしっかり拭ってから、告げる。


「まず、今は2089年9月14日、お前が目覚めるまでに2週間経っている」


 そして、最も伝えるべき事実を、告げた。


「お前は今、警察に追われている」

「――へ?」

「本物の怪盗のように、世界中のお尋ね者だ」


 流石に予想だにしなかった答えに、ソラは間抜けな声をあげてしまった。そこでレインは、ソラに、AR&VRデバイスの起動を促した。


「あ、でも、今僕のデバイスを起動したら、リアにハッキングとかされませんか」

「大丈夫だ、それを妨害するアイさんのデバイスを、黒統クロから借り受けてる」

「――クロが」

「彼から聞いた事も、順序だてて説明する」


 そう促されてソラは、自分のこめかみを中指二回人差し指一回でノックした。途端に起動するAR――レインも同じようにデバイスを起動すると、ソラと視界を共有して、WeTubeの配信画面を目の前に浮かべた。

 そして、一つのチャンネルへと。


「このチャンネルって」

「ああ、お前とクロスが戦う様子を配信したチャンネルだ」


 たった一つの動画きりしか無かったはずだが、そこにもう一つ追加されていた。

 タイトルは、20890831_2347、つまり、2089年8月31日23時47分の出来事。

 それはVRMMOアイズフォーアイズに、怪盗ナイトゴールドが、予告状と供に現れてから29分経った時の事だ。


「――ナイトゴールド」

「この男が、郷間ザマだというのは聞いた」

「誰から?」

「それも後で説明する」


 配信映像は、黒金くろがねの怪盗が今まさに、宝箱を奪おうとする所だ。コメントもリアルタイムで受け付けている為、”ついさっきまでこの場所に居たプレイヤー”から、ナイトゴールドに対する罵詈雑言が投げかけられる。

 だが、ナイトゴールドが、宝箱に触れて、

 【スティール】と言って、その宝箱を己の懐にしまったかに見えたその瞬間。

 コメントに変化が起きた。

 ――アイズフォーアイズが、アプリから消えたと


「……え?」


 信じられないコメントが、怪盗が宝を奪った瞬間、ログインが出来なかったゲームそのものが、アプリの一覧から消えたという報告が、次々と溢れた。

 慌てて、ソラも片手間で、自分のデバイスのライブラリを確認する。

 ――ソフト一覧からアイズフォーアイズは消えていた

 つまりナイトゴールドは、本当に、プレイヤーから世界ゲームを奪った事になる。


「……そんな」


 どんなゲームにも、様々な理由で訪れる世界の終わりサービス終了、だがそれらは本来、運営の意志で決まる事だ。

 それがたった一人のプレイヤーによって、あっさりと、幕を閉じた。

 こんな事をしでかしたらなら、怪盗ナイトゴールドが、恨まれ、お尋ね者になる理由はわかる、だが、


「――この黒金くろがねの怪盗の蛮行は終わらない」


 レインはWeTubeに続いて、ニュースサイトのページを開く。

 そこには、ソラにとって更に衝撃的な言葉が踊っていた。


「怪盗ナイトゴールド、アポカプリスVRMMO”chaos Z online”を盗む!?」


 プレイこそしてはいないが、名前は知っているVRMMO、その世界ゲームすら奪ったと書かれていて、流石にソラは混乱した。


「ま、待ってください、CZOは別ゲーですよ!? そんなのどうやって」

「私達も、似たような事異世界転生はしただろう?」

「あっ」


 レインに言われて、はたと気付く。


「ライトオブライト」


 あの時は、虹橋アイとジキル灰戸のおかげで、別ゲーの中に無理矢理に、自分の存在キャラをねじ込んだ。


「でもあれは、ライトオブライトが、アイズフォーアイズのシステムをベースパクりにしてたから出来た事じゃ」

「今のアイさんなら、それすらも容易いのだろう」


 そして、レインはもう一度、時系列に沿って状況を説明し始めた。

 まずはそもそも、白銀レインは、ログアウトが出来ない白金ソラごと、リアの手下に誘拐されかけた事。

 その絶対的なピンチを、バイクに乗った黒統クロに助けられた事。

 虹橋アイのデバイスを譲り受けて、クロと別れた後、そのデバイスの指示に従って、なんとか、虹橋アイが用意していたこの高島市の一軒家に辿り着いた事。

 そうしてから、アイのデバイスを通じて、社長灰戸達の状況を知った。


「社長達は――神の悪徒に関わった者達は、皆、昏睡状態に陥ってる」

「関わったって」

「ああ」


 レインは、そこで一度息を飲んでから、


「リクヤも、ウミも、……マドランナも、アカネやサクラもグドリーも、そして、クロもだ」


 そう、自分達二人以外が、目覚めていないと知った。


「正確には、社長達だけじゃない、あのPVPでナイトゴールドにBANされた者達も目覚めない、被害者は皆、同じ病院に入院している」

「……レインさんの時みたいに、血染めの十字架の丘に囚われてるんでしょうか」

「その可能性が高いだろうな」


 それだけでも、怪盗ナイトゴールドは許されないが、ここから更に彼は、世界中のVRMMOを奪っていくという事をしでかす。

 その犯行理由は語られていない。だが、あらゆる考察は凄まじい速度で広まった。

 ――怪盗スカイゴールドはチートを使っていた

 それが運営にバレて、逆ギレした。

 腹いせに、闇堕ちした姿ナイトゴールドで、世界を奪う犯罪者になった。


「……これが一番、悪意のある視聴者数を稼げる考察だな」

「だから僕が、容疑者として指名手配されてるんですね」

「あくまで疑いの段階の被疑者としてだが、……実際、こうやってお前が姿を隠してるのは、”悪い事をしてるからだ”と、盛り上がってる」


 無論、この考察を鵜呑みにする人間ばかりではない。

 怪盗ナイトゴールドは、スカイゴールドの真っ赤な偽者で、スカイゴールドの中の人を拉致監禁して、その名前を借りて好き勝手している、とか。

 ――だってスカイゴールドなら、こんなつまらない事はしないと

 だけど普段から、怪盗スカイゴールドの遊び方を知らない者にとっては、スカイとナイトが同一人物だと考える方が自然だった。


「お前の名前と顔は、既にネットで晒されているようだ」


 2089年のネットワーク、そういう情報はフィルターがかかるようになっているが、それにも限界がある。ちょっとズルをする者であれば、見ようと思えば見れてしまうレベル。

 警察じゃない一般人が、まだ罪も確定していない者の情報を、無闇矢鱈に拡散させる行為は、けして褒められるものではない。しかし、正義の心怒りという快楽は止められない。

 無実とはいえ、己が容疑者として、市井の幾らかに知れ渡り、警察に追われている事実。

 そこまで聞いてソラは、ずっと我慢していた事を、やっと聞いた。


「父さんや母さんは、大丈夫ですか?」


 息子が、世界的犯罪の容疑者になったのだ。大衆の怒り正義中毒に晒されているのではないかと気が気では無かった。

 それに対しレインは、慰めになるかは解らないが、


「お前を信じていると、語っている記事がある、警察も家に常駐して、被害が及ばないようにしてるようだ」


 付け加え、教師やクラスメイト達も、ソラの無実を信じていると。


「つまらない情報だと、ネットには余り振るわない情報らしいが」

「そうですか」


 ソラはそれ以上、聞く事も出来ず、代わりに、もう一つの心配をした。


「――レインさんの、ご両親は」

「連絡がつかない」


 レインの父母は、警察の中でも特殊な部署にいると聞いている。もともと二人は、久透リアを追っているメンバーのはずだが、


「父と母に頼りたいが、こちらからのコンタクトには、一切、反応が無い」

「それって、なぜ」

「解らない、何か思惑があっての事か、それとも――」


 二人の身に、何かがあったのかもしれない、と。

 ……ここまで聞いて、状況はどこまでも絶望的なのを感じる。

 今までのように、頼れる友も仲間もいない。単純、灰戸ライドという、あらゆる意味で頼りになる男の後ろ盾が存在しない。

 ――ゲームの中では最強の二人であっても

 リアルではどこまでも、白金ソラと白銀レインは、弱い存在だ。

 だけど、


「……大丈夫です、なんとかなります」


 ソラが絶望しない理由は、あった。


「レインさんがいますから」


 ――笑顔と供に放たれたその言葉は


「……全く、お前は」


 そんな訳があるはずもなくて、だけど、ソラにとっては限りなく真実に近くて。ソラがそう言ってくれた事に、レインは素直に嬉しくなる。

 だから、


「……また、キスをしていいか?」

「え、またって――あっ」


 自分を目覚めさせた暖かいぬくもりの正体を知ったソラは、顔を真っ赤にして、

 だけど彼女がそれを望むくらい、自分もそれを望んだものだから、


「お、お願いします……!」


 両手を広げて、目を閉じた。

 余りにも可愛い仕草をみせるものだから、レインはときめくままに顔を近づけ、そのまま”とさり”とソラを押し倒した。

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