――2089年9月14日、早朝
滋賀県高島市にある
そんな場所で一人の少年が、何か暖かいものを感じた。
「――んっ」
それが、覚醒のトリガー、少年が、
「……あれ?」
白金ソラが、目を開けば、
「――あ」
布団の上で、タオルケットをかけた状態で仰向けに寝る自分を覗き込む、白銀レインの顔が見れた。
「レインさん」
彼女の名前を呼んだ瞬間、白金ソラは、ぎゅっと抱きしめられた。
「わっ」
とても強い力、そのままソラは抱き起こされる。お互い座った状態になってから、レインはまた正面から、ソラの顔をしっかりと見た。
「良かった、本当に、良かった」
レインの声は震え、そして、涙ぐんでいた。
「必ず目覚めると言われてたが、このままだったらどうしようと、不安だった」
「……レインさん」
察するに、おそらく自分は、かつてのレインのように”代謝も排泄も無い昏睡状態”だったのだろう。
その間、ずっとこの場所で、自分の帰還を信じてくれていたのだ。
「ありがとうございます」
まずは何よりもその感謝を伝えて――そして、
「状況を、説明してください」
――今、必要な事を聞いた
レインはソラの言葉に、ああ、と言いながら、自分の涙をしっかり拭ってから、告げる。
「まず、今は2089年9月14日、お前が目覚めるまでに2週間経っている」
そして、最も伝えるべき事実を、告げた。
「お前は今、警察に追われている」
「――へ?」
「本物の怪盗のように、世界中のお尋ね者だ」
流石に予想だにしなかった答えに、ソラは間抜けな声をあげてしまった。そこでレインは、ソラに、AR&VRデバイスの起動を促した。
「あ、でも、今僕のデバイスを起動したら、リアにハッキングとかされませんか」
「大丈夫だ、それを妨害するアイさんのデバイスを、黒統クロから借り受けてる」
「――クロが」
「彼から聞いた事も、順序だてて説明する」
そう促されてソラは、自分のこめかみを中指二回人差し指一回でノックした。途端に起動するAR――レインも同じようにデバイスを起動すると、ソラと視界を共有して、WeTubeの配信画面を目の前に浮かべた。
そして、一つのチャンネルへと。
「このチャンネルって」
「ああ、お前とクロスが戦う様子を配信したチャンネルだ」
たった一つの動画きりしか無かったはずだが、そこにもう一つ追加されていた。
タイトルは、20890831_2347、つまり、2089年8月31日23時47分の出来事。
それはVRMMOアイズフォーアイズに、怪盗ナイトゴールドが、予告状と供に現れてから29分経った時の事だ。
「――ナイトゴールド」
「この男が、郷間ザマだというのは聞いた」
「誰から?」
「それも後で説明する」
配信映像は、
だが、ナイトゴールドが、宝箱に触れて、
【スティール】と言って、その宝箱を己の懐にしまったかに見えたその瞬間。
コメントに変化が起きた。
――アイズフォーアイズが、アプリから消えたと
「……え?」
信じられないコメントが、怪盗が宝を奪った瞬間、ログインが出来なかったゲームそのものが、アプリの一覧から消えたという報告が、次々と溢れた。
慌てて、ソラも片手間で、自分のデバイスのライブラリを確認する。
――ソフト一覧からアイズフォーアイズは消えていた
つまりナイトゴールドは、本当に、プレイヤーから
「……そんな」
どんなゲームにも、様々な理由で訪れる
それがたった一人のプレイヤーによって、あっさりと、幕を閉じた。
こんな事をしでかしたらなら、怪盗ナイトゴールドが、恨まれ、お尋ね者になる理由はわかる、だが、
「――この
レインはWeTubeに続いて、ニュースサイトのページを開く。
そこには、ソラにとって更に衝撃的な言葉が踊っていた。
「怪盗ナイトゴールド、アポカプリスVRMMO”chaos Z online”を盗む!?」
プレイこそしてはいないが、名前は知っているVRMMO、その
「ま、待ってください、CZOは別ゲーですよ!? そんなのどうやって」
「私達も、
「あっ」
レインに言われて、はたと気付く。
「ライトオブライト」
あの時は、虹橋アイと
「でもあれは、ライトオブライトが、アイズフォーアイズのシステムを
「今のアイさんなら、それすらも容易いのだろう」
そして、レインはもう一度、時系列に沿って状況を説明し始めた。
まずはそもそも、白銀レインは、ログアウトが出来ない白金ソラごと、リアの手下に誘拐されかけた事。
その絶対的なピンチを、バイクに乗った黒統クロに助けられた事。
虹橋アイのデバイスを譲り受けて、クロと別れた後、そのデバイスの指示に従って、なんとか、虹橋アイが用意していたこの高島市の一軒家に辿り着いた事。
そうしてから、アイのデバイスを通じて、
「社長達は――神の悪徒に関わった者達は、皆、昏睡状態に陥ってる」
「関わったって」
「ああ」
レインは、そこで一度息を飲んでから、
「リクヤも、ウミも、……マドランナも、アカネやサクラもグドリーも、そして、クロもだ」
そう、自分達二人以外が、目覚めていないと知った。
「正確には、社長達だけじゃない、あのPVPでナイトゴールドに
「……レインさんの時みたいに、血染めの十字架の丘に囚われてるんでしょうか」
「その可能性が高いだろうな」
それだけでも、怪盗ナイトゴールドは許されないが、ここから更に彼は、世界中のVRMMOを奪っていくという事をしでかす。
その犯行理由は語られていない。だが、あらゆる考察は凄まじい速度で広まった。
――怪盗スカイゴールドはチートを使っていた
それが運営にバレて、逆ギレした。
腹いせに、
「……これが一番、
「だから僕が、容疑者として指名手配されてるんですね」
「あくまで疑いの段階の被疑者としてだが、……実際、こうやってお前が姿を隠してるのは、”悪い事をしてるからだ”と、盛り上がってる」
無論、この考察を鵜呑みにする人間ばかりではない。
怪盗ナイトゴールドは、スカイゴールドの真っ赤な偽者で、スカイゴールドの中の人を拉致監禁して、その名前を借りて好き勝手している、とか。
――だってスカイゴールドなら、こんなつまらない事はしないと
だけど普段から、怪盗スカイゴールドの遊び方を知らない者にとっては、スカイとナイトが同一人物だと考える方が自然だった。
「お前の名前と顔は、既にネットで晒されているようだ」
2089年のネットワーク、そういう情報はフィルターがかかるようになっているが、それにも限界がある。ちょっとズルをする者であれば、見ようと思えば見れてしまうレベル。
警察じゃない一般人が、まだ罪も確定していない者の情報を、無闇矢鱈に拡散させる行為は、けして褒められるものではない。しかし、
無実とはいえ、己が容疑者として、市井の幾らかに知れ渡り、警察に追われている事実。
そこまで聞いてソラは、ずっと我慢していた事を、やっと聞いた。
「父さんや母さんは、大丈夫ですか?」
息子が、世界的犯罪の容疑者になったのだ。
それに対しレインは、慰めになるかは解らないが、
「お前を信じていると、語っている記事がある、警察も家に常駐して、被害が及ばないようにしてるようだ」
付け加え、教師やクラスメイト達も、ソラの無実を信じていると。
「つまらない情報だと、ネットには余り振るわない情報らしいが」
「そうですか」
ソラはそれ以上、聞く事も出来ず、代わりに、もう一つの心配をした。
「――レインさんの、ご両親は」
「連絡がつかない」
レインの父母は、警察の中でも特殊な部署にいると聞いている。もともと二人は、久透リアを追っているメンバーのはずだが、
「父と母に頼りたいが、こちらからのコンタクトには、一切、反応が無い」
「それって、なぜ」
「解らない、何か思惑があっての事か、それとも――」
二人の身に、何かがあったのかもしれない、と。
……ここまで聞いて、状況はどこまでも絶望的なのを感じる。
今までのように、頼れる友も仲間もいない。単純、灰戸ライドという、あらゆる意味で頼りになる男の後ろ盾が存在しない。
――ゲームの中では最強の二人であっても
リアルではどこまでも、白金ソラと白銀レインは、弱い存在だ。
だけど、
「……大丈夫です、なんとかなります」
ソラが絶望しない理由は、あった。
「レインさんがいますから」
――笑顔と供に放たれたその言葉は
「……全く、お前は」
そんな訳があるはずもなくて、だけど、ソラにとっては限りなく真実に近くて。ソラがそう言ってくれた事に、レインは素直に嬉しくなる。
だから、
「……また、キスをしていいか?」
「え、またって――あっ」
自分を目覚めさせた暖かいぬくもりの正体を知ったソラは、顔を真っ赤にして、
だけど彼女がそれを望むくらい、自分もそれを望んだものだから、
「お、お願いします……!」
両手を広げて、目を閉じた。
余りにも可愛い仕草をみせるものだから、レインはときめくままに顔を近づけ、そのまま”とさり”とソラを押し倒した。