――VRMMOアイズフォーアイズ
かつて、レインを縛り続けた血染めの十字架の丘であるが、今やこの世界は真紅でなく、真白の広場となっていた。
理路整然に立ち並ぶ十字架に、虚ろな瞳をしていたプレイヤー達が、無数に磔になっている。
アリク、アウミ、マドランナ、アカネ、サクラ、グドリー、
そして――クロスも同じように。
ナイトゴールドの手によって
……だけど一人、
「……はぁ」
たった一人、縛られた状態で、声を放つ。
「うざ……」
――灰戸ライドのVRの存在
ジキルという、ゴスロリパンクダウナー少女である。
そのため息に誘われるように、
「相変わらず、強固な、意志だ」
真白な世界に、無個性な存在が、ジキルの前にログインした。
久透リアが、この世界でただ一人、意識を保っている相手にへと、合成音声で話しかける。
「君の、
ライトオブライトでのアイのサポート、キューティの場所の特定、ログアウト不能バグの修正、
灰戸ライドという表舞台の活躍並みに、裏方として働きに働いてきた存在である。
「君にも、眠っていて、欲しい、のだが、約束の、日まで」
「……全人類を、不老不死にする日?」
「ああ、そうだ」
そこでリアは、問いかけた。
「嬉しい、か」
その言葉にジキルは再び、心底と腹の底からため息を吐いた。そして、
「バーカ」
シンプルに罵倒する。
――不老不死という見果てぬ夢
確かにそれは全人類の憧れだろう、それを目指す事が悪いとは言わない。だから、灰戸ライドの正気が、久透リアに対する文句は一つだけである。
「死にたくない奴だけでやっとけし」
本当、それだけだ。勝手に、巻き込むなと。
……だが同時にジキルは、己の正論が、リアに通じない事も解っている。
「まぁそうもいかないから? 私達の意見も
さもなければ、久透リアという、知識の化け物みたいな人間が、こんな無茶苦茶に至るとは思えない。
「黙ってる理由は、成功率が1%くらいしかないからとかぁ? それとも、私達が何も知らない事が成功条件だとかぁ?」
「ジキル、いや、灰戸ライド」
「なに?」
「君は、私に、夢を語った」
――
「君の夢は、叶う、私を、信じろ」
……少しばかりの静寂の後、
「――ふざけるな」
ゴスロリ少女アバターから、
「ふざけるなよ、久透リアァッ!」
ボイチェンも使わない、素の、灰戸ライドの、雄々しくも力強い声が響いた。
己の鼓膜すら破らんばかりの発声と供に、小柄な体を激しく揺らす。白い世界の十字架は、ぎしりぎしりと音をたてて軋む。
「ああ解った、そうやってお前は、本当の自分だけに永遠を与えるつもりだな!」
この瞬間、灰戸ライドは、
「俺のような
久透リアの計画を理解する――だけど、その事をシソラに伝える術も無く、やがて彼の怒声もおさまっていく。
そして、灰戸ライドも、他の者達と同じように、何も言わなくなった。
――目覚めてはいれどうつらうつらの、意識の曖昧状態
それに彼が陥ったのを確認した後、久透リアはログアウトした。
◇
滋賀県高島市、ソラとアイの潜伏先である一軒家にて。
「先行して確認したが、デバイスには、アイさんへの私達のメッセージが入っていた」
「久透リアの計画ですか?」
「いや、計画そのものじゃなく、その計画を知る為の手段だ」
虹橋アイからのソラとレインへの願いは。シンプルである。
久透リアが産まれ、自分が
「住所は東京の――」
「ああ、今や、誰も住まなくなった集落の一軒家だ」
日本の首都と言われる東京とて、中には、人が住み続けるのが困難になった地域もある。
その家の写真が表示しているが、レインが操作をすると、内部の様子がARにて、3Dモデルで表示されている、1階と2階はごく普通の家屋であるが、問題は地下室であった。
「え、え、え?」
「……戸惑うのも、無理は無い」
――地下の面積は異様に広く、迷路のように張り巡らされていて
二人が目指すべき部屋は、地下室の一番奥にあるのだが、
そこに至る迄には、あらゆるセキュリティが存在していた。
「赤外線センサー、落とし穴、警備ロボット」
「まるでスパイ映画のトラップだろ?」
レインの言うとおり――流石に桜国のいえもん城レベルでは無い物の、トラップが張り巡らされる。
人の命を、奪う事すら躊躇わない。
厳重な警備であるのは確かだったが、
「なんていうか、おかしいですよね」
「ああ、本気でセキュリティを考えるなら、こんなものを用意する意味が解らない」
怪盗物の醍醐味として、難攻不落のトラップを、どう攻略するかというものがある。
だけど現実の警備で、そんな遊園地のアトラクションめいた障害を配置するのはおかしい。単純に、5メートルごとにでも扉を配置して、侵入者がいれば即ロックする程度の仕組みで良い。
それなのに、久透リアが作った地下室に満ちるのは、まるで”怪盗よ、攻略してみろ”と言わんばかりの
「そもそも迷路なんて、日常生活に支障を来しますよね」
「まぁ、それでも作った理由があるとするなら、彼女はそもそも、インドラをも作り出した天才開発者だ」
「センサーや警備ロボットは試作品?」
「今の所はそう考えるしかない、それより」
そこでレインは、心配そうに聞いた。
「――私達がする事は、住居侵入罪にあたる」
「……はい」
そう、ソラの信念として、
怪盗は、あくまでゲームの中でだけ許される事であり、現実ではけしてやってはいけない事だと思っている。
無論、今や久透リアの計画は、この世界を揺るがすレベルの物、彼女を止める為には、そんな罪かどうかなんて構ってられない、という考え方もある。
勝手に人の家に土足にあがる行為、それを、白金ソラという男は許容出来るのか。
「どんな判断だろうと、私はお前に着いていく、だが」
「……レインさん」
こんなのは本来、悩む意味もない。だけど、ここで葛藤するからこそのソラである。
理由があるとはいえ、リアルで、悪い事はしていいのか、
――心が迷いを背負う中で
「……あれ?」
「どうした、ソラ?」
「いえ、なんか、追加のメッセージがあるみたいで」
「追加だと?」
それは、ソラとレインが二人で見た時に、初めて呼びだされるデーター、虹橋アイからのメッセージ。
それを見て二人は、
顔を見合わせて、笑った。
◇
その日の夜、とある画像が、SNSへと投稿された。
予告状
9月15日22時、貴方の産まれた場所で、秘密を貰い受ける
怪盗スカイゴールド
その怪文書とも言えるメッセージは、信憑性は限り無く薄くとも、久々に踊るスカイゴールドの名と供に、瞬く間に拡散される。明らかな犯行予告に、人々はどよめいた。
しかし、これは、
――私の家で、怪盗ごっこで遊びましょ?
そう、見取り図に書かれていた。予告状を出したのも、虹橋アイの願いから。
ほんの些細な言葉遊びで、虹橋アイの思いやりで、ソラの罪悪感は笑ってしまうくらいに軽くなって、だから、
9月15日22時、ソラとレインの二人は、
東京にある友達の家へ、遊びに行く事にした。