――9月15日朝の6時
15日間お世話になった潜伏先をこっそりと抜けだし、徒歩55分をかけて、まだ誰もいない近江高島駅にやってきた二人。ロータリー中央にある巨大なガリバー像を背中に、駅の500円ロッカーに、
「よし、身支度は大丈夫だな、ソラ」
東京への旅支度を確認するレイン――とは言っても、デバイスさえあればキャッシュレスどころか、チケットや身分証明書さえ持ち運ぶ必要が無い2089年、レインが言うのは本当にそのまま身の支度、即ち、服装の事であった。
お尋ね者扱いのソラに求められるファッションはトレンドでは無く、変装、それに今、この駅で着替えた訳だ。
レインも自分が悪目立ちしないよう、銀髪を覆い隠すようなキャップと、薄いサングラスを付けている。ただ己より大切なのはソラのコーデの方。担当したのは、
「どうした、ソラ?」
彼女にとっては会心の出来でも、
「レ、レインさん」
ソラにとっては、受け入れにくい格好であった。
何故ならば、
「ああ、そうだな、ここからは迂闊に名前を言わない方がいいか」
「レインさん」
「では目的地に着くまでは、お前の事をクウと」
「レインさん!」
顔を真っ赤にして、ソラは言った。
「や、やっぱり女の子の格好は、無理がありませんかっ」
そうソラが訴えるとおり、今の彼の姿は、
ホワイトとライムグリーンをベースにした、ノースリーブのワンピースは、彼の肩幅どころか、ふとももから足首まで隠そうともしない。だけど、骨格レベルで小柄な少年にとっては、本物の少女の服ですら、あっさりと着こなしてしまっている。
髪はウィッグでセミロング、顔の方、うすらとメイクはしたものの、ほぼ、天然そのままに、性別を超えた姿になったソラを見てレインは、
無言でサムズアップした。
「レインさんっ」
確かに変装の必要はあったかもしれない。にしたって女装というのは、
「絶対、レインさんの趣味ですよね……」
「半分は否定はしない、だけど、一部とはいえ、かわいいお前の写真は出回ってるのだぞ? ならば更にかわいくすべきだろう?」
「無茶苦茶ですよ……」
無茶苦茶、というものの、あながち間違っていない手段ではあった。下手な変装は、かえってその正体を見抜く違和感になるが、ここまで振り切れば逆に、可愛いが目立って、一般人には早々バレない。
悪目立ちによる隠れ蓑という忍びの術。
「頼むから私を信じてくれ」
「解りましたよ、それより」
仕方無く、ソラは現状を受け入れ、
「
「ああ、すぐ乗ろう」
乗り場へとやってきたその車へ歩きながら、会話をする。
「やっぱり、タクシーで目的地に直接へ行くのはまずいですか?」
「いや、何度も乗り換えた方がいい、アイさんのデバイスで私達の個人情報は誤魔化せているはずだが、”滋賀から東京まで向かうタクシー”という情報から、私達が割り出される可能性がある」
「乗り継ぎ、というのも、不安ではありますけど」
「とはいえ、新幹線という動く密室で、変装がバレた方がよほどダメだろう」
「そうですね……、こんな事なら、クロみたいにバイクの免許を取っておけば良かった」
そこまで言った時には、自動運転のタクシーの前まで付いて、
後部座席のドアが、ばかりと開いた。
「すまない、が」
既に座席には、座る者が居た。
「あの、予告状は、受け入れたとしても」
――久透リア
灰戸ライド等からの情報で、その容姿については知っていても、
リアルでは初対面の彼女は、合成音声を用いず、
「遊びに、付き合う、つもりは無い」
透き通った声を、透き通った姿で、
「――死ね」
放った。
「優しく、殺して、あげるから」
心の虚を突くように、リアは手の平に、己の内から発した
(――まずい)
だが、そう言葉を浮かべる事そのものが硬直になる。完璧な不意打ちに、このままソラは、気絶するはずだったが、
それを救ったのはレインの
そして迷う事無く走り出すが、
「追ってきます!」
「正しいフォームだな!?」
レインが叫んだ通り、手を直角にして両腿を高くあげる、スプリンターめいた走りである。通学路の林でさんざ修行した二人、本来なら引き離せるが、今、レインはソラを
ソラを降ろさなければいけないが、そのタイミングでやられる気がする。そう思った時、
「レインさん!」
腕の中の
「投げて!」
と、言った。その言葉に、レインは躊躇いなくソラを、後ろのリアへとぶん投げる!
「――バカな」
リアがそう思ったのも無理もない、何故なら今のリアは、触れるだけで気絶するレベルの体内電流を纏っているのだから。だが、そのまま自分へとぶつかるはずだったソラの体が、
――すり抜けた
「なっ」
トリックはシンプル、レインはソラを、リアの足元に着地するように投げたのだ。そこからは何時も通りのステップ、かわすギリギリまで自分の顔を視界におさめ、そこから一気に体を反らす事で、消えたように見せかけた。
リアは、目を見開けば、そのままインドラによって強化された肉体で振り返りながらソラへと飛びかかる。触れれば気絶のその攻撃を、ソラは冷や汗をかきながら躱していく。
レインは二人の元へと近づき、ソラの名前を呼びたい気持ちを堪え、
「何故、私達の居場所がわかった!」
少しでもリアの
リアの力さえあれば、ネットワーク経由での把握は無理でも、全国の駅に仲間を見晴らせる、という事は可能かもしれない。だがそれでは久透リア本人が来た事の説明が付かない。
――滋賀県内に潜伏していると、類い希なる頭脳で予想していたのか
だが答えは、もっとあっさりしていた。
「アイから、聞いた」
「――アイさんが」
その答えに動揺したのはレインだけでなく、ソラもであり――心の動きを見るのに長けたリアは、ソラの顔面を電流の掌で覆おうとして、
「わっ!?」
必死になってしゃがんだ瞬間、リアの手は、ソラの
握ったその髪を、焦げ臭く燃やしながら、ゆっくりとソラとレインの方を向く
「彼女は、まだ、抵抗を、続けている、君達の、居場所も、時間をかけて、ようやく、聞き出せた」
リアが余裕をもった理由は、
「娘は、もうすぐ、私の、言いなりに、戻る」
気付けばリアの仲間達が――ソラとレインを囲むように、集まってきたからである。
男も女も老いも若きも、サラリーマン、女子高生、介護犬を連れた老人、様々ないでたちをした者達が、ごく普通の一般人を装いながら、ゆっくりと
……だが、そんな事よりも、ソラは、
「……それが、親のする事ですか」
憤った。
「自分の娘を、道具みたいに!」
その言葉に、リアは目を細める。
「解って、くれ、君達を、救う為には、必要な、犠牲だ」
「誰がそんな事を願ったんですか!」
「――私だ」
ハッキリとしていた。
「それが、私の願い、私の夢、私が望む、のは」
ソラとレインを、本気で、愛しくみつめながら、
「悲しみの、無い、世界」
そう告げた。