――近江高島駅の朝6時
元々利用者は少なくあるものの、それでも、不自然なまでに、ソラとリアの大立ち回り騒ぎになっていない。そうなるように、駅の一部を勝手に封鎖したり、近くの無人コンビニの監視カメラを無効化したりと、やりたい放題してるからだ。
将棋に例えるなら、完全に詰みの状況で、
「終わり、だ」
投了をすすめてくるリア。
それでも真っ直ぐ、リアを睨み付けるソラの隣で、レインはくやしそうに歯を噛みしめる。そして呟く。
「最悪、お前だけを逃がせれば」
「それだけは嫌です、もう、あんな気持ちはごめんです」
「……そうだな、それは私もだ」
一蓮托生――だが、どれだけ理想を語ろうとも、
今の二人にはそれを叶える力が無く、
ゆっくりと、距離を詰めてきて、
「――やれ」
早朝早々、
その瞬間、
扉が開いたままのワンボックスカーが、
凄まじい勢いで、リアの仲間達を散らすように突っ込んできた。
その車は速度を緩めないままに、二人へと向かう中、
「乗りなさい、二人とも!」
――レインの母親、白銀アメがそう叫べば
すれちがったその刹那に、
ソラとレインは、文字通り車に身を投げ込んだ。
「よしっ!」
「わぷっ!?」
レインがソラを
「追うぞ!」
慌て、リアは
――車が発進しない
「すまぬな」
後部座席に、”何時の間にか”誰かがいた。
座っていたというよりも、まるで今、この瞬間に現れたかのように。
「お主とゆたりと
「……そう、か」
服装そのものは、どこにでもいるようなサラリーマンスタイルだったが、高身長かつ厚みのある肉体、頬に十字の傷がある強面の風貌、そして、”娘と同じ”銀髪が、
「忍者、か」
「ああ」
彼が、白銀レインの父親である事を、示していた。
……ドアのロックがかかり、内側からは開ける事も出来なくなった車はゆっくりと、アメの車戸は逆後方へ走り出した。その間に忍者は、耐電流用のグローブを手に付け、車内という、極狭い空間で、
「――参る」
久透リアの、無力化の為の徒手空拳を奔らせる。
リアは座席を倒せば、それを正面から迎え撃つ。
――決着が付くその間まで
車内から漏れる蒼い雷光は、早朝の道路を照らし続けた。
◇
――それから15分後、東京へと向かう高速道路
アメが運転する、パトランプも収納したワンボックスカー内では、三人が明るい顔で話していた。
「連絡がとれなくてごめんなさい、レイン、ソラ君」
「いえ、しょうがないですよ」
「ああ、まさか父上と母上が、二重スパイの疑いをかけられていたとは」
アメがレインに対して、すぐさま返事が出来なかった理由はこれである。
長野県飯田市で久透リアを追い詰めながらも、逃がしてしまったのは、アメがリアの手先からではないか?
どう考えてもとんでもない言いがかりではあった。ただ、これがリアの情報工作なのか、本当に上がそう判断したのかは未だもって解っていない。
「でも、こうやって助けに来られたって事は、疑いは晴れたんですよね」
レインの両親の救援は、昨日の捨てアカからの予告状への、DMで来ていたものである。
それも、父が好きな忍びの暗号を使って。
レインもソラも、その作戦に乗った訳だが、
「まぁ、晴れたというか、無理矢理押し通したといいますか」
「え?」
「は、母上?」
「そんな事より、聞きたい事があります」
どうやらまだ、危険な橋を渡っている様子のアメは、問い質した。
「――どうやって、地下室へ侵入するのですか?」
なにせ、予告状が送った事で、現在、
「久透リアが産まれた家は現在、彼女の仲間が集められているはず、いやそもそも、宝物そのものを、処分しているかもしれない」
現実でわざわざ、犯行予告がされない理由はこれである。
盗むためのターゲットに対する警戒レベルを、悪戯に引き上げるのだから、全くもってする理由がない。
だけどそれでも、
「何故あのような事をしたのですか?」
「……あの予告状は、アイさんのお願いで出したものです」
その行為に、意味があるとしたら、
「久透リアも、怪盗ごっこが好きだと思います」
「予告状を叩き付けられれば、無視が出来ないくらいには」
それが多分、久透リアという人間が、
わざわざ地下室に、怪盗に攻略させるような迷宮を作り、そして、
彼女が発案した神の悪徒に、怪盗なんて
ソラはそう予想したのだ。
「……だけど、それはもう、否定されたのでしょう?」
アメが言うとおり、だがその目論見は、ついさっき、破綻した。
子供の頃はそう思っていても、大人になれば考えも変わる、だが、
それでも、
「僕は、信じてます」
子供の頃の憧れは、
そう簡単に、捨てられない事を。