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8-12 子供と夢

 ――近江高島駅の朝6時

 元々利用者は少なくあるものの、それでも、不自然なまでに、ソラとリアの大立ち回り騒ぎになっていない。そうなるように、駅の一部を勝手に封鎖したり、近くの無人コンビニの監視カメラを無効化したりと、やりたい放題してるからだ。

 将棋に例えるなら、完全に詰みの状況で、


「終わり、だ」


 投了をすすめてくるリア。

 それでも真っ直ぐ、リアを睨み付けるソラの隣で、レインはくやしそうに歯を噛みしめる。そして呟く。


「最悪、お前だけを逃がせれば」

「それだけは嫌です、もう、あんな気持ちはごめんです」

「……そうだな、それは私もだ」


 一蓮托生――だが、どれだけ理想を語ろうとも、

 今の二人にはそれを叶える力が無く、インドラ火花を散らす彼女と、その仲間達が、

 ゆっくりと、距離を詰めてきて、


「――やれ」


 早朝早々、仮に目撃されても問題無しゴリ押しするとばかりの誘拐劇を、実行しようとした、

 その瞬間、




 扉が開いたままのワンボックスカーが、

 凄まじい勢いで、リアの仲間達を散らすように突っ込んできた。

 その車は速度を緩めないままに、二人へと向かう中、


「乗りなさい、二人とも!」


 ――レインの母親、白銀アメがそう叫べば

 すれちがったその刹那に、

 ソラとレインは、文字通り車に身を投げ込んだ。




「よしっ!」

「わぷっ!?」


 レインがソラを仰向けでキャッチする形になる。アメはドアの扉を閉めるボタンと、覆面パトカー用のパトランプ装置露出ボタンを同時押しして、サイレンを鳴らしながら猛スピードで走り始めた。


「追うぞ!」


 慌て、リアは自動運転のタクシー改造車へ走り、助手席へと飛び乗る、席に座った瞬間にドアが閉じる、だが、

 ――車が発進しない


「すまぬな」


 後部座席に、”何時の間にか”誰かがいた。

 座っていたというよりも、まるで今、この瞬間に現れたかのように。


「お主とゆたりと話す戦う為に、システムを弄らせてもらった」

「……そう、か」


 服装そのものは、どこにでもいるようなサラリーマンスタイルだったが、高身長かつ厚みのある肉体、頬に十字の傷がある強面の風貌、そして、”娘と同じ”銀髪が、


「忍者、か」

「ああ」


 彼が、白銀レインの父親である事を、示していた。

 ……ドアのロックがかかり、内側からは開ける事も出来なくなった車はゆっくりと、アメの車戸は逆後方へ走り出した。その間に忍者は、耐電流用のグローブを手に付け、車内という、極狭い空間で、


「――参る」


 久透リアの、無力化の為の徒手空拳を奔らせる。

 リアは座席を倒せば、それを正面から迎え撃つ。

 ――決着が付くその間まで

 車内から漏れる蒼い雷光は、早朝の道路を照らし続けた。







 ――それから15分後、東京へと向かう高速道路

 アメが運転する、パトランプも収納したワンボックスカー内では、三人が明るい顔で話していた。


「連絡がとれなくてごめんなさい、レイン、ソラ君」

「いえ、しょうがないですよ」

「ああ、まさか父上と母上が、二重スパイの疑いをかけられていたとは」


 アメがレインに対して、すぐさま返事が出来なかった理由はこれである。

 長野県飯田市で久透リアを追い詰めながらも、逃がしてしまったのは、アメがリアの手先からではないか?

 どう考えてもとんでもない言いがかりではあった。ただ、これがリアの情報工作なのか、本当に上がそう判断したのかは未だもって解っていない。


「でも、こうやって助けに来られたって事は、疑いは晴れたんですよね」


 レインの両親の救援は、昨日の捨てアカからの予告状への、DMで来ていたものである。

 それも、父が好きな忍びの暗号を使って。

 レインもソラも、その作戦に乗った訳だが、


「まぁ、晴れたというか、無理矢理押し通したといいますか」

「え?」

「は、母上?」

「そんな事より、聞きたい事があります」


 どうやらまだ、危険な橋を渡っている様子のアメは、問い質した。


「――どうやって、地下室へ侵入するのですか?」


 なにせ、予告状が送った事で、現在、


「久透リアが産まれた家は現在、彼女の仲間が集められているはず、いやそもそも、宝物そのものを、処分しているかもしれない」


 現実でわざわざ、犯行予告がされない理由はこれである。

 盗むためのターゲットに対する警戒レベルを、悪戯に引き上げるのだから、全くもってする理由がない。

 だけどそれでも、


「何故あのような事をしたのですか?」

「……あの予告状は、アイさんのお願いで出したものです」


 その行為に、意味があるとしたら、




「久透リアも、怪盗ごっこが好きだと思います」

「予告状を叩き付けられれば、無視が出来ないくらいには」




 それが多分、久透リアという人間が、

 わざわざ地下室に、怪盗に攻略させるような迷宮を作り、そして、

 彼女が発案した神の悪徒に、怪盗なんて役者ロールプレイを定めた理由。

 ソラはそう予想したのだ。


「……だけど、それはもう、否定されたのでしょう?」


 アメが言うとおり、だがその目論見は、ついさっき、破綻した。

 子供の頃はそう思っていても、大人になれば考えも変わる、だが、

 それでも、


「僕は、信じてます」


 子供の頃の憧れは、

 そう簡単に、捨てられない事を。


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