――2089年9月15日18時30分
怪盗ナイトゴールドに、VRMMOという
東京某所のカラオケボックスでは、
「本当、マジ有り得ねぇ!」
中学生の制服に身を包んだ少年が、マイクを通してそう叫んだ。それに顔をしかめる女子高生。
「ちょっと、タケ、うるさい」
「うるさいくらい叫びたいんだよ、あの怪盗なんとかゴールドに届くようにな!」
「ナイトゴールドね」
カラオケボックスに集まってるのは、中高生の男女六人。それぞれ、アイズフォーアイズだけでなく、様々なVRMMOのプレイヤーだ。
「いや本当、体調が悪くなるくらい辛いんだよ俺」
「それは私もぉ、食欲落ちたぁ」
「犯人は、白金ソラって言うんだろ、顔写真は、出回る端から削除されっからゲットできてないけど」
「いや、まだそいつって確定した訳じゃ」
「どう考えてもそのソラって奴が犯人だろ!」
五人が喧々諤々とやる中で、
「違う」
六人の中の一人が、しっかりとした声をあげた。
彼はVRMMO、アイズフォーアイズのプレイヤーであり、
――スカイゴールドに憧れてゲームを始めた
犬耳のシーフの、プレイヤーである。
「……まぁ、信者のお前ならそう言うよな」
「ちょ、カズキ、そんな言い方」
厳しい言い方をとめる少女、だが、犬耳シーフのプレイヤーは、苦笑した。
「ううん、カズキがそう言うのは当たり前だよ、でも、ナイトゴールドはスカイじゃない」
彼が、そう信じる理由は、
「
ただ、それだけだった。
けれどその少年が浮かべる笑顔が、余りにも、穏やかだったから、
「……まぁ、タロがそう言うなら」
皆の心の苛立ちを、納めるくらいの力はあった。
「だけど、ネットじゃほとんどがスカイ=ナイト説だぜ?」
「でも、スカイの名前で新しい予告状も出たらしいじゃん」
「え~、あんなの信じる人なんていないわよ」
「だけどさ~」
世論は現在、荒れに荒れている。怪盗に模倣犯が現れるというのは、ある意味でお約束の展開であるが、”
だがそれでも、少なくとも、スカイに関わった事があるアイズフォーアイズのプレイヤー達は、スカイゴールドを信じている。
――この少年と同じ理由で
そんな時、
「え? ええっ!?」
「あーだから、いちいちマイクで叫ぶな!」
「どうしたの~?」
声をあげた理由を尋ねられた少年は、慌てて、デバイスのAR画面を共有して、WeTubeのチャンネルを開く。
それは、スカイVSクロスと、怪盗ナイトゴールドの事件の動画を、配信したチャンネル、
その予告配信の欄に、
◇
――同日、21時30分
東京にも自然深い所は多く、ソラとレインがアメに連れられてやって来たのは、山奥にある、最早廃墟と言って差し支えの無い、瓦屋根の一軒家であった。
ガラス窓は破れ、壁は崩れ、屋根には穴があき、とても、人が住めるようなものでは無い。
白金ソラはそれを、暗視ゴーグル付きのデジタル双眼鏡で眺めていた。
「……やっぱり、家の中にも誰かがいますね」
「地下室への入り口を固めてるんだろうな」
「ごめんなさい、私が、無理にでも警察の応援を呼べたなら」
車でここまで来る道中、白銀夫妻が、上司ガン無視の単独行動をしてる事は、なんとなく感じられた。
既に処罰の対象になってるかもだし、もし、このミッションを失敗すれば、ますます取り返しのつかない事になるかもしれない。
ただ、アメの心配はそれでなく、
「本当に、地下室に、
予告状を出された側の、至極真っ当な対応である。
「当たり前ですが、現実はゲームじゃありません、ソラ君を捕まえる為に集まってるだけかもしれない」
アメの当然の分析に、ソラは言葉を返す。
「それだったらなんで、アイさんが、予告状を出せと言ったのかって事になります」
ソラの言葉に、アメ、少し考えてから、
「……もしかして、ソラ君の挑戦を受けなければ、
「私もそう考えています、母上。アイさんは、”怪盗側の絶対不利”な条件で、久透リアを納得させた」
「だとしたら、高島駅前で貴方達を襲った事は矛盾しませんか?」
「あれは単純に、予告状通りに怪盗を間に合わせない為の妨害だと思います」
「二人の意見は、予想というより、こうであってほしいという願望ですね」
だがそれでも、
「ただ、私自身も、その考えを否定する材料がありませんが」
それもまた事実――ゆえに、ソラは決意する。
「僕のやる事は、あの時と変わりません」
――あの時、そう、あの時
小悪党グドリーに、自分の願いを聞いてもらう為に、
100VS1という無茶苦茶な条件を受け入れたのと同じ。
「だから、
「ああ、怪盗スカイゴールドが、華麗にお宝を盗み出すだけだ」
そんな、ソラとレインの笑顔に、
とうとうアメも、ふっと笑った。
「解りました、それでは」
そしてレインの母親は、
「今の格好も可愛らしくてステキですが、怪盗に相応しいお着替えをしましょう?」
未来の息子へのとっておきのプレゼントを用意し始めた。
◇
――9月15日の21時59分
WeTubeにて、配信が始まる。
暗視カメラが映し出すのは、
22時になった瞬間、配信画面に映ったものに、みんな視線を奪われた。
――怪盗スカイゴールド
ノーネクタイの白スーツ、足元まで長いマント、丈の低いシルクハット、そして、これみよがしのマスク。
画像は荒く、音はないものの、その登場に驚きと喝采、あとは憎悪が溢れて――そして、民家から何か武装した者達が飛び出してきて、ますます視聴者達のテンションはあがる事になった。
カメラは幾つか用意されてるようで、怪盗スカイゴールドが、それと交戦し、やがて、距離をおいていく様子が見える。
豆粒のような小さな状態でも、人々の視線のほとんどが、それに釘付けだった。
だから、多くが気付かなかった。
――スカイゴールドの扮装をした白銀レインを囮に
152cmの小柄な少年が、廃墟へと侵入する様子を。
◇
白金ソラが、裏手から侵入した家の中は、最早生活が出来ないレベルで荒廃していた。
ところどころの床が抜け、雑草が当たり前の様に生えて、テレビといった、今や博物館でしか見られない映像家電は、ブラウン管が割れている。
そんな場所を――足を怪我せぬよう、細心の注意を払って進みながら、ソラは、目当ての地点へ辿り着く。
――台所にある地下室への入り口の前にいたのは
「――久透リア」
「……あぁ」
思わず構えるソラであったが、リアは首を振った。
「戦うつもりは、無い、忍者と、戦い、肉体は、再生したが、心が、疲れている」
「に、忍者?」
「ああ――車を、爆破、させたが、どうせ、生きてるだろうな」
非現実が非現実を語る。それには戸惑うソラだったが、
次の言葉には、より驚く事になる。
「行くなら、行け」
――地下室への侵入をリアが許した
……想像だにもしなかった展開、そこでソラは、正面から聞いた。
「
「……
「本当に、それだけが理由ですか?」
虹橋アイからの願いがあったとしても、それを受け入れたのは、怪盗が好きだからではないか?
……そんな仮説を提示したが、リアはそれに答えず、淡々と、
「PVPの、ルールに、ついて」
説明を始める。
「君の目当ての、部屋の前に、宝箱を、設置した、30分以内に、辿り着けば、君の勝ちだ、私は手を引き、この場所ごと、くれてやる」
「ありがとうございます」
「礼など、言うな、虹橋アイが、私の、
リアは、告げる。
「君は、無様に、負ける」
――自分のセキュリティに絶対の自信を持つように
そして、
「
その事実が、どれだけ重いかを、突きつけるというよりかは教えるように。
「――そうですね」
ソラは一度それを肯定した、その上で、
今、必死に、自分の為に囮になった人を思い浮かべる。
「だけどそんな
そう言ってからソラは、動かない冷蔵庫の前にある、一見、ただの床下収納の取っ手をとり開いた――何も無いスペースがあるだけだったが、縁にあるボタンを押せば、その部分がスライドして階段が現れた。ソラはそれを下っていく。
一人、生まれ育った廃墟に残されたリア。
視線を落とし、こう言った。
「――お母さん」
◇
WeTubeの配信は、暫くの間、
だが次の瞬間、そのカメラが切り替わる。
現れたのは、真っ白な壁や天井に囲まれた広い通路であり、ただ、道が続くだけでなく、障害物や赤外線センサー、果ては、警備ロボットなんていう映画のセットのようなものまで用意されているのが、次々とカメラが切り替わっていく事で解った。
先程までとは違って、突然表示された鮮明な映像に、視聴者達のコメントがどよめく中で、
――それは、現れた
ゲームの中のようなスーツ姿では無く、
白を基調とした、タイツのように体にピッタリと吸い付く、
けれどそれを包むのは、175cmの長身ではない、
152cmの小柄な体。
それでも、
「我が名は怪盗スカイゴールド」
その、確かな声と、そして、
目元迄を覆い隠す、淡い金色をカラーリングした白いマスクが、
――彼があの怪盗である事を
「罪には罪を! 世界奪還の時来たり!」
この
最愛の人に、そして、世界中の人々に、
かっこつける為に、白金ソラは走り出した。