WeTubeの配信で、スパイ映画のセットのような地下通路めいた空間に、ゲームのスカイゴールドとは似ても似つかぬ、現代風の怪盗が現れた衝撃は、瞬く間に広がった。
――例えば都内のスポーツBARで
「ええ、待って、子供じゃん!?」
「つか、これゲームじゃなくてリアルの映像!?」
「どうなってんのよ!?」
――残業が終わった後のオフィスで
「ああこの顔、仮面被ってるけど、ネットでちらっと見た奴!」
「嘘、ガセじゃなかったの!?」
「いやいやいや、ゲームと同じ背格好じゃないのおかしいだろ!」
――スーパー銭湯の休憩スペースで
「こ、こんな、男の子が、怪盗スカイゴールド?」
「いや、マジで?」
「信じられない……」
――そして、カラオケから帰った、犬耳シーフのプレイヤーの部屋で
「う、嘘?」
ナイトゴールド=スカイゴールドを信じなかった少年も、流石に、この事実は受け入れたがった。
VRMMOのどうしようもない仕様として、リアルとVRで体格の違いがあると、どうしても動きがズレる。
なので、PVPなどで激しく動く場合、リアルにVRの
なのに、今、通路を走っている少年は、下手すれば自分よりも背が低い。
とてもじゃないが、この少年が、スカイだなんて信じられない。
――だけど
「……あっ」
そこで、この犬耳シーフのプレイヤーは、いや、
怪盗に関わった者は、悉く気付く。
「笑ってる」
衣裳、身の丈、その風貌、あらゆる全ては違っていても、
その笑顔だけは、ゲームのままだった。
◇
――冷たい光に包まれた通路を走り抜けていく
硬質の床を駆ければ、甲高い音が響く。その音は、一定のリズムを刻む。
アメから提供された最新鋭のスニーキングスーツは、彼の筋肉を合理的に引き締めあげて、そのパフォーマンスを向上させていた。軽くなった体を試すように、体力を奪う為にあるような、長ったらしい迷い道をひたすら駆けていく。そんな時に、
『すまない、遅れた!』
左耳のデバイス経由で、
「レインさん、大丈夫ですか!」
『ああ、予定通り車に乗り込んだ、それより今の位置は』
「今から赤外線エリアに突入します」
『よし、お前の視点映像からもだが、WeTubeの配信でも確認してる』
「配信する理由って、僕の
『だとしたら、お前がやる事は一つ』
そう言ってる内に、ソラの目の前にも、配信画面にも、無数の赤外線のレーザーが、こんがらがった綾取りのように敷き詰められたエリアが見えてきた。
本来、不可視の赤外線を、わざわざ見せるようにして配置する。
――まるで怪盗が攻略する為のトラップ
レインは、ただ、言った。
『かっこつけてやれ』
その言葉を聞けば、ソラの体に熱が灯る。言葉なんて透明なものが、ソラのパフォーマンスを物理的にあげる。
だからソラは、幾重にも巡らされた、触れれば罠が発動する光線地帯を、
極限まで集中力を高めて、
「
その一言と一緒に、彼は跳んだ。
余りにも狭い小さな幾何学の隙間を、
まるで猫のように、体をしなやかにして、通り抜けていく。
人間業とは思えないその絶技に、
※ ええ!?
※ ファントムステップ!?
※ リアルで!?
絶叫と喝采を同時にあげた。
危なげなく赤外線エリアを潜り抜けた怪盗は、そのまま、間髪入れず走り出す。そうしながらソラは、ARでWeTubeの配信を表示した。
スカイの凄さを称えるコメントが溢れている。
(良し)
――自分は
それは現実でも変わらない。皆の反応を見て、出来る範囲であれば、リクエストにも応えたい、そう考えてた時、
『どうだ、私の恋人は凄いだろう!』
と、レインの声が聞こえた。
その言葉にも、嬉しく思ったものの――その奥から、
アメの声が聞こえた。
『レインさん、二人のやりとり、配信に乗ってますよ』
『えっ』
「あっ」
その、
※ わぁ、やっぱりリアルでも恋人なんだぁ!
※ つまり今、二人で愛の逃避行中!?
※ てか、今の美しい声の人は誰!?
WeTubeの配信は、別の方向でも盛り上がったので、
『い、いや、今のは!』
すっかり慌てた声が、ソラの耳にも聞こえ、彼も顔を赤くして慌てたものも、
その顔の赤さをそのままに笑いながら、
「我の愛しい人」
『ス、スカイ!?』
さっきまでのソラの声じゃなく、スカイの声色で、
「このままナビゲートを頼むよ」
開き直って、そう伝えた。盛り上がるコメントの中、レインは暫く黙っていたが、
やがて、聞こえた。
『わかった、私の最愛、スカイゴールド!』
そのやけっぱちの言葉を証明するように、キューティに導かれるままに、スカイは次々とトラップを攻略していく。
落とし穴を飛び越え、障害を乗り越え、仕掛けを崩して、
――怪盗スカイゴールドの代名詞
動きで魅せる。
その力の源が、シルバーキューティの声援である事を、世界中が目撃した。
◇
犬耳シーフのプレイヤーの部屋にて、
スカイゴールドを切っ掛けに、アイズフォーアイズを始めた少年は、
怪盗に憧れた理由を思い出す。
「――かっこいい」
少年の心は、どこまでもときめいていた。