――配信終了から72分後
「待たせた」
「レインさん」
マスクを外したソラが待つ、最奥の部屋の扉の前までに、スカイゴールドのコスプレから私服に着替えたレインが、全てのトラップが停止した通路を歩いてやってきた。
「アメさんは」
「母上は、今、警察と交渉中だ」
「こ、交渉中」
「ああ、少なくともお前の容疑は晴れると思うが、この部屋の管理はどうなるか解らぬ」
「――だから、僕達が先に覗くんですよね」
久透リアという、世界的な犯罪者。その彼女の秘密が眠る部屋を、警察より先にチェックする。それは本来許されない事だが、
「難しく考えるな、私達はゲームに勝利した」
レインは、あっけらかんに言った。
「そもそも、私の
「――そうですね」
だいたい二人は、虹橋アイの願いでここに来た。だから、この部屋には必ず二人で入らなければならない。
「それじゃ、行きましょうか」
そうレインに言って、扉の開閉ボタンへ視線を移そうとしたが、
「――その前に少しいいか?」
「え?」
その声に、視線をレインに戻した瞬間、
ソラはぎゅっと、レインに抱きしめられた。
「――あっ」
ドキッとしたが、すぐに自分の頭に、声をかけられる。
「……生きてて、良かった」
「……レインさん」
怪盗ごっこという遊びであれど、久透リアの用意したセキュリティは余りに暴力的だった。非殺傷と言っていたが、命さえあるならば、骨や臓器を潰してもいいや、くらいの
最悪の場合、死ぬ事すらもあった。
そんな彼女の心配が、腕の震えと供に伝わってきたから、ソラは、
「ぼ、僕は無敵です」
すこし、かっこいい事を言おうとして、
「レインさんが、キスをしてくれるから」
そう言ったのだけど、
……なんだか、おねだりみたいになってしまったので、急に恥ずかしくなったソラ、
「え、えっと、今のはその」
少年は、顔を真っ赤にするものだから、
「ああもう、本当にお前は」
そういうところがかわいくて、レインも顔を赤くした後、ふっと微笑みを浮かべた後に、ソラのお望み通りにしてあげた。
◇
キスの後――ボタンを押して、扉を開く。プシューッ、という音と供に横へとスライドする硬質の扉。
二人の目に飛び込んだのは、
――余りにも、普通の部屋だった
サイズは八畳で、一見すれば、どこにでもある子供部屋といった風情。地下だというのにわざわざガラス窓がある事から、おそらく、上の荒廃した部屋を、そのまま移築したか、あるいは再現したのだろう。
ただしそれはあくまでも、
「うわぁ」
「これは」
2025年の感覚である――ベッドや棚といったものがある事は同じだけど、それでも2089年の二人には、VRでの再現でしか見た事がないような、歴史的なものが沢山あった。
「うわ、これって液晶テレビ? 本当にこんな厚いものを置いてたんだ」
「紙のカレンダーもあるぞ?」
「これって貯金箱? コインだけじゃなくて、紙のお金も入ってる」
彼女が作り出したインドラによるデジタル革命は、あらゆるものをこの世から消した。その事による寂しさを覚える者も少なくなり、二人はただただ新鮮に驚く、そんな中で、
「――あっ」
ソラが見つけたのは、
「本、だ」
今やほぼ全て、電子書籍に移行した書物というもの。現代で残ってるのは、子供の情操教育の為、手触りも求められる絵本くらいだ。
「科学技術に、哲学、社会学、色々なジャンルがあるようだ」
「子供向けのもある――やっぱりこの部屋って、久透リアの子供部屋でしょうか」
そうやって本のタイトルを目で追った時、
「あっ」
ソラは目を見開いた。
「――怪盗小説」
しかも、ソラも好きな作品である。思わず胸が高鳴り、その一冊を本棚から出した。
表紙は色褪せてるものの、自分がデジタルで見たのと全く同じである。
「……怪盗だけでなく、詐欺師や、暗殺者の作品もあるな」
――それが何を意味するか
……簡単に答えは出せないので、探索を続けている内に、レインが気付く。
「キレイに掃除されてるな」
「僕達に、明け渡す事になってもいいように、してたって事ですよね」
「ああ」
そこまで律儀に彼女は、守らなくてもいい約束を果たしたという事である。ソラの大切な友達を、昏睡状態に追い込んだ悪逆非道であるというに、そこらあたりキッチリする行動は、うまく咀嚼出来ない。
本当に彼女は何を考えてるのか? その手がかりを探す為に視線を動かした時、
「えっ」
部屋の隅に配置されていデスク、その下に、ソラは、とんでもない物を見つけた。
「レ、レインさん、あれ!」
「あれ? 一体――」
その実物を見て、レインも目を見開いた。
「もしや、デスクトップパソコンか!?」
「凄い、おっきい!」
2025年最新鋭のゲーミングパソコン、であるが、二人の目にはまさに骨董品である。興奮を覚えながら覗き込む。
「ほ、本当にこのサイズなのだな」
「これ、USB端子ってやつですよね? 物理的に繋げなきゃいけなかった名残の」
「今や全てがワイヤレスだからな……」
思わず素に戻りながら、パソコンを眺め回したり、おっかなびっくり触ってみたり。そして、
「……電源、いれましょうか」
「あ、ああ」
普通、パソコンというものは、パスワードなりでセキュリティがかかっている。
だがわざわざ、久透リアが部屋を掃除しているのなら、勝者への報酬を、この中に残している可能性は高い。
70年前の遺物が動くのか、ドキドキしながら、ソラは電源ボタンを押せば、
――うううぅぅぅっと
「うわ!?」
「唸った!?」
ファンが回り始め、モニターに起動画面が表示される、その待機時間は十秒も満たないが、二人の常識的には余りにも遅い、だがその間に、
「ちょ、ちょっと待てソラ、パソコンが虹色に光っているぞ!?」
「何の為に!?」
LEDによる七色の光に、思わずビビる二人。一応理屈的には、七色の光を網膜から脳に摂取する事で脳に刺激を与え脳のパフォーマンスをあげる、らしいが、科学的根拠は何も無い。
そんな七色の光に戸惑っている内に、机上のモニターに、デスクトップ画面が表示された。
――その中央に
君達へ、という、動画ファイルがあった。
二人は顔を見合わせた後、レインが、おっかなびっくりトラッキングボールマウスを握って、ゆっくりと、まるで画面から零れないよう注意するように、カーソルをそれに合わせる。
一度押したが、開かない。なので、何度か押している内に、それがダブルクリックになって、動画が再生された。
――自分達が今居るこの部屋の中央に
『勝利、おめでとう』
久透リアが、佇む映像だった。
『……これが、君達に、渡る確率は、少ないが、ゼロとは言えない。そもそも君達は、愛により、一度、奇跡を起こしている』
相変わらずの無表情、声も抑揚無くて途切れ途切れ、
だけど、画面越しというのに、
『私の秘密に、価値があるとは、思えないが』
その様子は、
『それでも、よければ、くれてやる』
――寂しそうに見えて
『私は、この世界を、許さない』
その言葉は、
『私を殺そうと、して、母を殺した、だけでなく』
狂気を一つも秘めず、
『君達を、人間を、殺そうとする世界を、許さない』
放たれた。
直ぐには理解できないリアの言葉に、二人が黙る中で、続けて、
リアは言った。
『全ては私が、死に脅え始めた、事から、始まる』
――久透リア
『死にたくないと、私は』
どれだけ彼女が、人の域を超えてしまった存在であろうと、
『母の胎内で、産まれる前、から、泣いていた』
赤ちゃんだった頃が、ある事は変わらなかった。