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8-16 2025年のタイムカプセル

 ――配信終了から72分後


「待たせた」

「レインさん」


 マスクを外したソラが待つ、最奥の部屋の扉の前までに、スカイゴールドのコスプレから私服に着替えたレインが、全てのトラップが停止した通路を歩いてやってきた。


「アメさんは」

「母上は、今、警察と交渉中だ」

「こ、交渉中」

「ああ、少なくともお前の容疑は晴れると思うが、この部屋の管理はどうなるか解らぬ」

「――だから、僕達が先に覗くんですよね」


 久透リアという、世界的な犯罪者。その彼女の秘密が眠る部屋を、警察より先にチェックする。それは本来許されない事だが、


「難しく考えるな、私達はゲームに勝利した」


 レインは、あっけらかんに言った。


「そもそも、私の母上警察が許可している」

「――そうですね」


 だいたい二人は、虹橋アイの願いでここに来た。だから、この部屋には必ず二人で入らなければならない。


「それじゃ、行きましょうか」


 そうレインに言って、扉の開閉ボタンへ視線を移そうとしたが、


「――その前に少しいいか?」

「え?」


 その声に、視線をレインに戻した瞬間、

 ソラはぎゅっと、レインに抱きしめられた。


「――あっ」


 ドキッとしたが、すぐに自分の頭に、声をかけられる。


「……生きてて、良かった」

「……レインさん」


 怪盗ごっこという遊びであれど、久透リアの用意したセキュリティは余りに暴力的だった。非殺傷と言っていたが、命さえあるならば、骨や臓器を潰してもいいや、くらいのコンセプト設計理念が見て取れた。

 最悪の場合、死ぬ事すらもあった。

 そんな彼女の心配が、腕の震えと供に伝わってきたから、ソラは、


「ぼ、僕は無敵です」


 すこし、かっこいい事を言おうとして、


「レインさんが、キスをしてくれるから」


 そう言ったのだけど、

 ……なんだか、おねだりみたいになってしまったので、急に恥ずかしくなったソラ、


「え、えっと、今のはその」


 少年は、顔を真っ赤にするものだから、


「ああもう、本当にお前は」


 そういうところがかわいくて、レインも顔を赤くした後、ふっと微笑みを浮かべた後に、ソラのお望み通りにしてあげた。







 キスの後――ボタンを押して、扉を開く。プシューッ、という音と供に横へとスライドする硬質の扉。

 二人の目に飛び込んだのは、

 ――余りにも、普通の部屋だった

 サイズは八畳で、一見すれば、どこにでもある子供部屋といった風情。地下だというのにわざわざガラス窓がある事から、おそらく、上の荒廃した部屋を、そのまま移築したか、あるいは再現したのだろう。

 ただしそれはあくまでも、


「うわぁ」

「これは」


 2025年の感覚である――ベッドや棚といったものがある事は同じだけど、それでも2089年の二人には、VRでの再現でしか見た事がないような、歴史的なものが沢山あった。


「うわ、これって液晶テレビ? 本当にこんな厚いものを置いてたんだ」

「紙のカレンダーもあるぞ?」

「これって貯金箱? コインだけじゃなくて、紙のお金も入ってる」


 彼女が作り出したインドラによるデジタル革命は、あらゆるものをこの世から消した。その事による寂しさを覚える者も少なくなり、二人はただただ新鮮に驚く、そんな中で、


「――あっ」


 ソラが見つけたのは、


「本、だ」


 今やほぼ全て、電子書籍に移行した書物というもの。現代で残ってるのは、子供の情操教育の為、手触りも求められる絵本くらいだ。


「科学技術に、哲学、社会学、色々なジャンルがあるようだ」

「子供向けのもある――やっぱりこの部屋って、久透リアの子供部屋でしょうか」


 そうやって本のタイトルを目で追った時、


「あっ」


 ソラは目を見開いた。


「――怪盗小説」


 しかも、ソラも好きな作品である。思わず胸が高鳴り、その一冊を本棚から出した。

 表紙は色褪せてるものの、自分がデジタルで見たのと全く同じである。


「……怪盗だけでなく、詐欺師や、暗殺者の作品もあるな」


 ――それが何を意味するか

 ……簡単に答えは出せないので、探索を続けている内に、レインが気付く。


「キレイに掃除されてるな」

「僕達に、明け渡す事になってもいいように、してたって事ですよね」

「ああ」


 そこまで律儀に彼女は、守らなくてもいい約束を果たしたという事である。ソラの大切な友達を、昏睡状態に追い込んだ悪逆非道であるというに、そこらあたりキッチリする行動は、うまく咀嚼出来ない。

 本当に彼女は何を考えてるのか? その手がかりを探す為に視線を動かした時、


「えっ」


 部屋の隅に配置されていデスク、その下に、ソラは、とんでもない物を見つけた。


「レ、レインさん、あれ!」

「あれ? 一体――」


 その実物を見て、レインも目を見開いた。


「もしや、デスクトップパソコンか!?」

「凄い、おっきい!」


 机下きかに収納されたそれを見つけた途端、屈み、急ぎ近づく。

 2025年最新鋭のゲーミングパソコン、であるが、二人の目にはまさに骨董品である。興奮を覚えながら覗き込む。


「ほ、本当にこのサイズなのだな」

「これ、USB端子ってやつですよね? 物理的に繋げなきゃいけなかった名残の」

「今や全てがワイヤレスだからな……」


 思わず素に戻りながら、パソコンを眺め回したり、おっかなびっくり触ってみたり。そして、


「……電源、いれましょうか」

「あ、ああ」


 普通、パソコンというものは、パスワードなりでセキュリティがかかっている。

 だがわざわざ、久透リアが部屋を掃除しているのなら、勝者への報酬を、この中に残している可能性は高い。

 70年前の遺物が動くのか、ドキドキしながら、ソラは電源ボタンを押せば、

 ――うううぅぅぅっと


「うわ!?」

「唸った!?」


 ファンが回り始め、モニターに起動画面が表示される、その待機時間は十秒も満たないが、二人の常識的には余りにも遅い、だがその間に、


「ちょ、ちょっと待てソラ、パソコンが虹色に光っているぞ!?」

「何の為に!?」


 LEDによる七色の光に、思わずビビる二人。一応理屈的には、七色の光を網膜から脳に摂取する事で脳に刺激を与え脳のパフォーマンスをあげる、らしいが、科学的根拠は何も無い。

 そんな七色の光に戸惑っている内に、机上のモニターに、デスクトップ画面が表示された。

 ――その中央に

 君達へ、という、動画ファイルがあった。

 二人は顔を見合わせた後、レインが、おっかなびっくりトラッキングボールマウスを握って、ゆっくりと、まるで画面から零れないよう注意するように、カーソルをそれに合わせる。

 一度押したが、開かない。なので、何度か押している内に、それがダブルクリックになって、動画が再生された。

 ――自分達が今居るこの部屋の中央に


『勝利、おめでとう』


 久透リアが、佇む映像だった。


『……これが、君達に、渡る確率は、少ないが、ゼロとは言えない。そもそも君達は、愛により、一度、奇跡を起こしている』


 相変わらずの無表情、声も抑揚無くて途切れ途切れ、

 だけど、画面越しというのに、


『私の秘密に、価値があるとは、思えないが』


 その様子は、


『それでも、よければ、くれてやる』


 ――寂しそうに見えて




『私は、この世界を、許さない』


 その言葉は、


『私を殺そうと、して、母を殺した、だけでなく』


 狂気を一つも秘めず、


『君達を、人間を、殺そうとする世界を、許さない』


 放たれた。




 直ぐには理解できないリアの言葉に、二人が黙る中で、続けて、

 リアは言った。


『全ては私が、死に脅え始めた、事から、始まる』


 ――久透リア


『死にたくないと、私は』


 どれだけ彼女が、人の域を超えてしまった存在であろうと、


『母の胎内で、産まれる前、から、泣いていた』


 赤ちゃんだった頃が、ある事は変わらなかった。

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