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8-17 幸福論

 ――久透リアの過去語りの要約

 彼女の意識は、生後”マイナス”4ヶ月で目覚めた。

 人間の中でも稀に、母胎で過ごした記憶を有する者はいる。だけど久透リアは産まれる前から、胎教と、母の子守歌によって得た言語で、思考能力を得るまでに至っていた。

 そこまでの強い思いを得た引き金は、死への恐怖からである。

 2012年、久透リアは産まれる。

 死にたくない、死にたくないと、助産婦に取り上げられた彼女は、その恐れを伝える為にめいいっぱい泣いた。だが言葉を使わなければそれも伝わらないと解り、自分の意志で”成長”を加速させ、1歳にして、言葉を得た。

 ――死にたくないと、泣きながら言った

 ……幼かったリアは、その叫びが、産まれたばかりの赤ちゃんが死にたくないと泣き続ける事が、どれだけ人々に不安を与えるか解らなかった。それは、彼女の父を恐怖のどん底に陥れ、そして、周囲もリアを過度に恐れた。

 このままでは見放され、力なき自分は、本当に死んでしまう。

 だけど、

 リアの母は、リアを、ぎゅっと抱きしめた。

 ――それからは二人で生きていく事になった

 リアの母の親族は財産には恵まれていた。それで、東京の外れに二人で暮らす事を両親は許した気味が悪いお願いだ離れてくれ

 3歳になっても、4歳になっても、死を恐れ泣き続けるリアに、母は毎日優しい笑顔でよりそった。

 7歳の時には、彼女の頭脳は完成した。

 そこからは、己の中にある死の恐怖と立ち向かう為に、あらゆる知識を吸収した。全ての宗教を崇拝し、あらゆる哲学に傾倒し、この世の科学を全て得た。

 ――それはまるでAIのような暴食学習

 それでも、どれだけやっても、答えは見つからない。

 種の存続の為には、死というサイクルが便利だという事くらいは解っても、それが納得に繋がる訳でもない。

 ――十二歳になっても泣き続ける彼女は

 とうとう、母親に聞いたのだ。

 どうして人は、死を悲しみながら生きなきゃいけないの?

 母の答えは、簡単だった。

 悲しい事があるから、楽しい事があると。

 ……それはどこにでもある陳腐な言葉だった。だけど、母が言うだけで、何故か特別に聞こえた。

 それから久透リアは、楽しむ、という事を学び始めた。

 母と一緒に出かけたりした、美味しい料理も作ったりした、ゲームもやったり、作ったりもした。

 その時間は楽しかった――母親に、笑顔すらみせた。

 その中で、怪盗の小説に出会った。

 それは盗みという罪である、けれど物語の中であるなら、その罪すら楽しくエンターティメントなる。

 詐欺も、殺しも、本来なら許されない事ばかり。だけど、それが絵空事であるならば、罪も生きる力になる。

 ――それがもしかしたら、死という原罪の救済になるかもしれない

 そんな風にリアが思えた時、母だけでなく、他の誰かとも生きていく気持ちを得ようとした、その時、

 リアの母は、亡くなった。

 2025年、リアが13歳の時だった。一緒に出掛けた先で、怪盗の小説を買って貰った帰りに、交通事故で呆気なく。

 笑顔は消えた、リアは泣いた、悲しみに沈んだ、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、

 その涙の中ではたと気付く。

 ――人間はこの悲しみからも逃れられない

 自分の死に脅えるどころか、他人の死にも脅え無きゃいけない。そして、脅え続けた所で、その死からは逃れられない。人は必ず、悲しみのままに終わる。

 ――それが人の宿命だと諦めるには

 そうなるように自分達人間を作ったこの世界に――

 この地球ほしに、

 怒りを覚えた。

 ――もう誰も悲しませてやるものか

 お前の思惑通りに、生きてやるものかと、

 彼女の世界最強の頭脳による復讐譚、全人類の不老不死化計画が始まった。




 “C”handrababuとして、自分を不死にする技術を、インドラとしてリリースし、

 “L”ightning技研の名で、テープPCという人類を進化させる技術を世に広め、

 “E”ye's for I'sという、世界規模のVRMMOで人々へのアクセス手段を増やし、

 “A”ct、悪徒を集め、グリッチの覚醒者からブラックパールを完成させる奇跡サンプルを探し、

 “R”ainbow、虹橋アイという、全人類不老不死化コンピューターを完成させる。

 ――Rainbow Makes Tommorow

 虹が作る明日、人類救済というカルマを背負う者、

 RMT業者こそが、久透リアの正体である。




 0から1に、橋をかけるために。







 ……動画を見終えた二人は、


「……」

「……」


 何も言えなかった、語れなかった。

 久透リアの行動理念は解った。だが、同情すべき過去だったかと言われれば、解らない。

 人が死ぬのはいずれ訪れる運命、だからその日まで精一杯生きる。

 ……それが普通の考え方だから、それを許せない彼女には、ついていけないというのが本音だ。

 だが、だからこそ、ソラは、


「余計にこの世界を――僕達を許せなかったんでしょうね」


 本当はみんな死にたく無いはずなのに、悟った振りをして生きているような人達を。

 誰も死んで欲しくないのに、誰かが殺されていくこの世界を、許容する人達を。


「僕も、レインさんがあの時、亡くなってたら」

「ああ、仮にお前が、死んでしまっていたら」


 泣いた後に、その死を覆す手段を見つけ出したとしたのなら、

 今頃、リアと同じ気持ちになっていたかもしれない。

 ――約束されたエターナルフェアウェル

 ……二人の言葉のあと、静寂は戻る。

 リアのPCから得られた情報は、本当に、彼女の過去と、そして全人類の不老不死を目指した理由だけだった。どうやって人々をそこに導くかの一切は解らない。

 無論、単純、全人類をVRMMOからログアウト出来なくして、排泄も代謝もない体をバッテリーにして、永遠の命を得させるという可能性もある。

 だけどそれでは、悲しみが生まれる。

 単純、VRMMOをやってない人達は救われないし、そもそも、現実で生きたい人も沢山居るからだ。

 誰もが納得するものでは無い。

 それでも、彼女のすべき事が、本当に人類が、永遠に生き続けられる世界へと至るというなら、

 自分達にそれを止める権利はあるのか?

 怪盗として奪う理由があるのか?

 そう、思った時――


「あっ」


 ――白銀レインが右耳に放り込んでいた

 虹橋アイのデバイスが、起動した。

 そして自動的に勝手に二人のデバイスとリンクして、自分の姿をARで表示する。


 ホログラフの彼女は、

 ――ゲーミングPCと同じように

 虹色の長髪を揺らしながら、こう言った。


『私を奪って、二人とも』


 その言葉は、


『お母さんを、救う為に』


 何時ものように、優しく響いた。


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