――久透リアの過去語りの要約
彼女の意識は、生後”
人間の中でも稀に、母胎で過ごした記憶を有する者はいる。だけど久透リアは産まれる前から、胎教と、母の子守歌によって得た言語で、思考能力を得るまでに至っていた。
そこまでの強い思いを得た引き金は、死への恐怖からである。
2012年、久透リアは産まれる。
死にたくない、死にたくないと、助産婦に取り上げられた彼女は、その恐れを伝える為にめいいっぱい泣いた。だが言葉を使わなければそれも伝わらないと解り、自分の意志で”成長”を加速させ、1歳にして、言葉を得た。
――死にたくないと、泣きながら言った
……幼かったリアは、その叫びが、産まれたばかりの赤ちゃんが死にたくないと泣き続ける事が、どれだけ人々に不安を与えるか解らなかった。それは、彼女の父を恐怖のどん底に陥れ、そして、周囲もリアを過度に恐れた。
このままでは見放され、力なき自分は、本当に死んでしまう。
だけど、
リアの母は、リアを、ぎゅっと抱きしめた。
――それからは二人で生きていく事になった
リアの母の親族は財産には恵まれていた。それで、
3歳になっても、4歳になっても、死を恐れ泣き続けるリアに、母は毎日優しい笑顔でよりそった。
7歳の時には、彼女の頭脳は完成した。
そこからは、己の中にある死の恐怖と立ち向かう為に、あらゆる知識を吸収した。全ての宗教を崇拝し、あらゆる哲学に傾倒し、この世の科学を全て得た。
――それはまるでAIのような
それでも、どれだけやっても、答えは見つからない。
種の存続の為には、死というサイクルが便利だという事くらいは解っても、それが納得に繋がる訳でもない。
――十二歳になっても泣き続ける彼女は
とうとう、母親に聞いたのだ。
どうして人は、死を悲しみながら生きなきゃいけないの?
母の答えは、簡単だった。
悲しい事があるから、楽しい事があると。
……それはどこにでもある陳腐な言葉だった。だけど、母が言うだけで、何故か特別に聞こえた。
それから久透リアは、楽しむ、という事を学び始めた。
母と一緒に出かけたりした、美味しい料理も作ったりした、ゲームもやったり、作ったりもした。
その時間は楽しかった――母親に、笑顔すらみせた。
その中で、怪盗の小説に出会った。
それは盗みという罪である、けれど物語の中であるなら、その罪すら
詐欺も、殺しも、本来なら許されない事ばかり。だけど、それが絵空事であるならば、罪も生きる力になる。
――それがもしかしたら、死という原罪の救済になるかもしれない
そんな風にリアが思えた時、母だけでなく、他の誰かとも生きていく気持ちを得ようとした、その時、
リアの母は、亡くなった。
2025年、リアが13歳の時だった。一緒に出掛けた先で、怪盗の小説を買って貰った帰りに、交通事故で呆気なく。
笑顔は消えた、リアは泣いた、悲しみに沈んだ、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、
その涙の中ではたと気付く。
――人間はこの悲しみからも逃れられない
自分の死に脅えるどころか、他人の死にも脅え無きゃいけない。そして、脅え続けた所で、その死からは逃れられない。人は必ず、悲しみのままに終わる。
――それが人の宿命だと諦めるには
そうなるように自分達人間を作ったこの世界に――
この
怒りを覚えた。
――もう誰も悲しませてやるものか
お前の思惑通りに、生きてやるものかと、
彼女の世界最強の頭脳による復讐譚、全人類の不老不死化計画が始まった。
“C”handrababuとして、自分を不死にする技術を、インドラとしてリリースし、
“L”ightning技研の名で、テープPCという人類を進化させる技術を世に広め、
“E”ye's for I'sという、世界規模のVRMMOで人々へのアクセス手段を増やし、
“A”ct、悪徒を集め、グリッチの覚醒者からブラックパールを完成させる
“R”ainbow、虹橋アイという、全人類不老不死化コンピューターを完成させる。
――Rainbow Makes Tommorow
虹が作る明日、人類救済という
RMT業者こそが、久透リアの正体である。
◇
……動画を見終えた二人は、
「……」
「……」
何も言えなかった、語れなかった。
久透リアの行動理念は解った。だが、同情すべき過去だったかと言われれば、解らない。
人が死ぬのはいずれ訪れる運命、だからその日まで精一杯生きる。
……それが普通の考え方だから、それを許せない彼女には、ついていけないというのが本音だ。
だが、だからこそ、ソラは、
「余計にこの世界を――僕達を許せなかったんでしょうね」
本当はみんな死にたく無いはずなのに、悟った振りをして生きているような人達を。
誰も死んで欲しくないのに、誰かが殺されていくこの世界を、許容する人達を。
「僕も、レインさんがあの時、亡くなってたら」
「ああ、仮にお前が、死んでしまっていたら」
泣いた後に、その死を覆す手段を見つけ出したとしたのなら、
今頃、リアと同じ気持ちになっていたかもしれない。
――約束されたエターナルフェアウェル
……二人の言葉のあと、静寂は戻る。
リアのPCから得られた情報は、本当に、彼女の過去と、そして全人類の不老不死を目指した理由だけだった。どうやって人々をそこに導くかの一切は解らない。
無論、単純、全人類をVRMMOからログアウト出来なくして、排泄も代謝もない体をバッテリーにして、永遠の命を得させるという可能性もある。
だけどそれでは、悲しみが生まれる。
単純、VRMMOをやってない人達は救われないし、そもそも、現実で生きたい人も沢山居るからだ。
誰もが納得するものでは無い。
それでも、彼女のすべき事が、本当に人類が、永遠に生き続けられる世界へと至るというなら、
自分達にそれを止める権利はあるのか?
怪盗として奪う理由があるのか?
そう、思った時――
「あっ」
――白銀レインが右耳に放り込んでいた
虹橋アイのデバイスが、起動した。
そして
ホログラフの彼女は、
――ゲーミングPCと同じように
虹色の長髪を揺らしながら、こう言った。
『私を奪って、二人とも』
その言葉は、
『お母さんを、救う為に』
何時ものように、優しく響いた。