――2089年10月15日18時52分
東名高速道路、神奈川県綾瀬市付近にて走るハイブリッドカー、
「はぁぁぁぁ……」
運転手の男は、
「HAAAAAAAA!」
助手席の女性は、ぶち上がりの声をあげた。その無駄に楽しそうな様子に、目を細めながら話しかける。
「なんでそんなにテンション高いの、もしかして、信じちゃってるの?」
「あったりまえでしょー! 怪盗の予告まであと8分、ああいやもう7分!」
そのノリで、ARを起動した彼女は、
「そしたらきっと、私達の
と、言った。
「……どう考えても無理だと思うけどねぇ」
テンションの明らかな落差――二人は、アイズフォーアイズのプレイヤー。電脳都市ゴルドデルタのトラップタワーで、スカイ達とPVPをした
リアル配信の翌日に投稿された、怪盗の予告状に対する世間の反応は、この親子のように真っ二つに意見が分かれていた。
やはりスカイゴールドは無実だった、ナイトゴールドとやらはRMT業者の仲間で、スカイはそれを奪い返すんだ! という意見と、
いや、どう考えても全部くだらないショーでしょ、スカイもナイトも同一人物の自作自演、マッチポンプで英雄になりたいだけ、という意見。
「いや、あんた、本気でスカイとナイトが同一人物だと思ってんの?」
「俺だって信じたくないよ、だけどさぁ」
老科学者の中の
「怪盗の所為で、あいつは眠ってるんだろ?」
グリッチを見抜いたあのアンドロイドの科学者が、120人の被害者にいる事を知っていた。
リアルで直接出会った事はない、だが、ちょうど
「あんなチートを使えるのは、スカイゴールド以外有り得ない」
それが、曲がりなりにも、ゲームでは科学者キャラの男の見解だった。
スカイゴールド達の技の全ては、チートだったという噂を、信じたのである。
だが、
「――あれはグリッチって、あの子が言ってたでしょ?」
女性は、そう言った。
「……その説はおふくろも否定してたじゃん」
「ええ、だけど、リアルの配信は貴方も見たでしょ?」
「ああ、まぁ」
「動きも凄かったけど、罠に対する見切りも凄かった、それだけ何かを察知する能力に長けてるなら、ゲームの
「デバッガーって事?」
息子の反抗期はとっくに終わっており、ゲームをするくらい仲の良い親子である。ゆえに、その意見も、
「そうだな、そうかもな」
無闇に否定せず、受け入れた。母親はそれににこりと微笑んで、
「きっと、奪い返してくれるわよ、あの子も、世界も」
「RMT業者から、っていうのが意味わかんないけどね」
「ああでも、噂では聞いた事があるわよ? 法律が改正されるって噂を聞いてホイホイ集まった業者を、怪盗様が裏でこっそりお仕置きしてるだとか」
「いやそんな訳ないっしょ、夢見すぎ――」
――その時
「えっ」
彼女の左耳に入ってるデバイスから通知が入る。なので、中指2回人差し指1回、こめかみをノックしようとしたが、
勝手にARが起動して、
「え?」
そして、ライブラリの一覧に、
――アイズフォーアイズのアイコンが表示される
「わぁっ!」
その事に、喜びの声をあげようとした瞬間、
ゲームアイコンは、
黒い、火花を散らす、球体のもの、
――ブラックパールに飲み込まれて
その侵食はアイコンだけに留まらず、
メニュー画面いっぱいに――デバイスそのものに広がった。
――彼女はその途端意識を失う
「お、おふくろ、どうした!?」
急に意識を無くした彼女に声をかける青年だったが、突然、自動じゃない運転が自動運転に切り替わった。
それに戸惑う暇もなく、彼のデバイスも勝手に起動して、そして彼女と同じような事が起きて、
……意識を失った親子の車は、そのまま、
メロンパンや鰺の唐揚げを買うわけでもないのに、海老名SAへと駐まった。
――同じような事が
世界中のVRMMOプレイヤー経験者に起きていた。
◇
――VRMMOアイズフォーアイズ
ドワーフの酒場があるメイン都市、8月31日には雷雲に包まれていた場所であるが、今は、雲一つ無い晴天の設定である。
だけれどそんな爽やかな場所で、
「え、ちょ、なんでログインしてんの!?」
「うわぁ、久しぶりのアイズフォーアイズだ!」
「いや俺、このゲームやった事ないし、アカウントも作ってないんだけど!?」
フェスかというくらいの密度で集められたプレイヤー達は、驚きと戸惑いを隠せなかった。会話の中にあった通り、ここにいるのは、別のVRMMOプレイヤーも含む。
「――一体何が」
強制ログイン、有り得ぬ事態に混乱を起こす全員に対し、
『さぁ』
声がした。
『始めろ』
それはAIの声、合成音声、このゲームの勝利の声としても告げられる、
『
――久透リアの声
――都市の城近くにある礼拝堂
その屋根が、音をたてて崩れた。
そこに祀られるのは――グドリーの屋敷の礼拝室にもあった、
この世界の
そんな彼女が礼拝堂を崩して、202cmを遥かに超えて、
20メートルの巨人として、
荘厳さと供に、立ち上がった。
「え?」
「な、なにあれ?」
「巨人の女神様?」
顔は虹橋アイに酷似しているが、その長髪も、そして、体の突起が存在しない肉体は、薄明るく発光している。
ネオンのようなエフェクトを発する、いわば、シルエットの真逆のような肉体を、虚ろな目のままに彼女は動かして、
「うえっ?」
近くにいた、戦士食のプレイヤーを優しく掴み、
「え、ちょ、ちょっとまって、何するの、まさか」
そのまま自分の口へと運び、
「待って――」
食べた。
――咀嚼も無く、ただ口の中へ入れてしまえば
0と1に分解されるエフェクトと供に、腹へと落ちる。
そうすると、ほんの僅かなミリ程度に、
彼女の体は膨らんだ。
「――あっ」
この美しき女神の凶行に、とうとう、
「「「うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
人々は、ヒステリックを起こした。ある者は逃げ出して、ある者はログアウトしようとする。だが、
「ああ、出来ない、メニューにログアウトが無い!?」
「こ、こうなったら戦うしか」
「――どうやって」
そう喋っている内に、二人まとめて握られて、
巨人の女神はそうやったあと、自分のおなかを大きな手の平で優しく叩いて、
「――ねーむれー」
子守歌を歌い出した。
「ねーむれー、ねーむれー」
そこから続く彼女の行いは、
「母のむねに」
如何なる力でも止められず、
「ねーむれ、ねーむれ」
涙ながらに助けてと言っても、怒り滲ませ止めろと叫んでも、
「母の手に」
その大きな手で掴まれて、捕食されていく。
「こころよき歌声に」
どこまでも非人道、愛の神の姿をしてる癖に、その行動は、
「むすばずや」
まるで
「楽し夢」
母に、逆らえない子供。
『――恐れる、な』
そしてその母の声を響かせながら、汎用アバターでログインした彼女は、大きく膨らんでいく娘の肩に乗って、
『次に、目覚めれば』
逃げ惑う者達に、目を細めて告げる。
『新しき、世界だ』
無理矢理この
その手に握られようとする。
「
その危機を、奪うように助けたのは、
『――なっ』
怪盗の絶技、グリッチによる超加速、
マントをはためかせるその白い存在に、久透リアは無表情のままに、
仰天、した。
「う、うおおお!? スカイゴールド来たぁ!?」
「予告状通り!」
「ねぇ、一体何が起きてるの!?」
歓声と、そして、この事態に対する戸惑いが包む。そんな声の中で真白の怪盗は、助けたプレイヤーを下ろしてから、
「ここは我に任せて、逃げて」
と言った。その言葉に従い、慌てて逃走を開始する者達。そんな中で、
『バカな』
彼女の肩から怪盗を見下ろすリアが驚いた理由は、スカイがログインした事ではない。
何故、ログインに気付けなかったかである。
『どんな、セキュリティだろう、と、デバイスで、ログインする、限り、完成した、ブラックパールという、ウィルスが、君を蝕む――』
そこまで言った時、周囲の声が聞こえる、
「あ、あれ、今日の怪盗いつもと違くね?」
「なんというか、コスチュームが――」
「いえ、体そのものが荒い?」
その言葉に、
『――まさか』
有り得ない可能性を、
『まさか!』
0が1になる奇跡について、気付いた。
◇
同時刻、東京にあるアイズフォーアイズ本社にある特別室。
警察の許可を得て持ち出した、ゲーミングPCと液晶モニターに、
その姿は映っている。
Glenderという3Dモデリグンソフトで、
作り上げた、自分の
64年前の技術のそれは、今のと比べれば余りに見劣りする。
だがそれでもソラは――ゲーミングチェアに座った彼は、
モニターに映る、
左耳デバイスを外した頭につけた、ゲーミングヘッドホンのマイク越しに、
――虹色に輝くコンピューター経由で参上した世界に
「我が名は怪盗スカイゴールド」
浪々と己の存在を、
「罪には罪を! 世界奪還の時来たり!」
謳い上げた。
プレイヤー達の歓声が、ヘッドフォンを通じて聞こえてくる。そして勿論、
『馬鹿、な』
リアの、抑揚無くとも、十分に戸惑いが伝わる声も。
それに対しては言葉を返さず、ゲーミングマウスのボタンの一つをクリックし、いつものあの笑顔を浮かべさせて、
「――最後の
キーボードの
「奪い返させて貰うぞ、この世界を!」
中指を思いっきり叩き付けた。