生まれた事が罪であるならば、
――その罪に出来る事は
傲慢な侭に、ここに在る事そのものを誇り、
強欲の侭に、そこから更に良きものを目指して、
嫉妬の侭に、他者への憧れを己の道導にして、
憤怒の侭に、怒りを喜びの糧になるよう歌って、
色欲な侭に、愛しさと供に体を重ね合って、
暴食の侭に、無味にこそ味という意味を与えて、
怠惰な侭に、偶には心身を空へと委ねる。
悔い改めるべきは罪、
受け入れるべきは原罪、
生まれた時から、心にあった"君達"に、
"僕達"が出来る事は、
――約束すべき事は
たった一つ。
最終章 愛と喜びのセブンシンス
――2089年10月15日ワシントンD.C.
日本との時差
多くの者達が円卓の騎士のように集う中で、寡黙に、席に座る姿は頼もしく見える。だがその心の内は、疑問、動揺、呆然、と、全く定まっていない。
しかしそれでも、一国を預かる身として、
「
「Mr.
「
そう言って彼は、ポケットにいれていたデバイスを左耳に入れれば、こめかみを中指二回人差し指一回タップして、目の前にARによる数多の画面を展開してみせた。
もたらされる画と、情報は、
「……
言うなれば、静かな地獄。
今、この世界に起きている事は、
アイズフォーアイズを初めとした、VRMMO経験者の昏睡である。
眠るように気絶した者達が溢れた世界は、
隕石衝突や、宇宙人襲来のような、派手さもない癖に、
確かに、世界の終わりを感じさせていた。
アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米、南米、オーストラリア、南極、
世界中のライブ映像は、一人一人と眠っていく者達を映していく。
この事態が起きてから12分、聞き及ぶだけで既に人類の5%が、”日本で起きていたあの事件の被害者達”のように、眠りについているとの事である。
それも
ただしそれも無差別という訳では無く、例えば、電力会社や警察といった、眠られたら困る者達は、ゲームの経験者であっても昏睡には至らない。
そもそも、昏睡に至るのも突然ではなく、限り無く安全が保証された状況になってからだ。
これだけの事態に、
「It's
限り無く優しく、だからこそ恐ろしい。
――明確な意志は感じるが、目的は見えない
とはいえ、この件が、”VRMMO連続強奪事件”と無関係な訳がなく。
しかし、対策なんて全くしていなかった。世界規模とはいえ、VRMMOの乗っ取り劇が、世界の危機に繋がる可能性なんて想像していなかったからだ。
いや正確には、想像してもどうしようもない事だった、と言うべきか。終末のラッパが明日響くという情報があったとしても、それに出来る事は少ない。
アメリカ大統領という立場ですら、打つ手が無いのだ。
「
黙すばかりになった大統領に、ただ、その肩書きを部下は呼んだ。
大統領は、世界のルールが変わる予感を覚える。
いやもしかすれば、世界そのものが変わる事すら想像する。
だけどそれを、今この場で言ったところで、
「――
……それでも何か、
大統領という、己の名よりも重い
絶望の光景に、希望は無いか、その瞳でARを通しての情報を、ひたすらに貪り続け、そして、
――一つのURLに気付く
「
まるで何かに急かされるように、そのURLを指先でタッチすれば、再生されるのは、
――WeTubeの配信画面
VRMMOアイズフォーアイズ、
淡い光を全身から放つ、巨大な女神の前に立つのは、
――怪盗スカイゴールド
その、余りにも粗が目立つ、
悠然と佇む姿であった。
WeTubeの怪盗は、
しかし、ただ彼がそこに立っているだけで、WeTubeのコメント欄は勿論、ゲーム内での歓声も加熱しているのが見て取れる。
巨大な存在に、ただ一人の小悪党が、世界中の期待を受けて降臨した様子。それは、大統領になる為に、敢えて
「
「
とはいえ、その配信の様子は、希望というよりは悪夢かもしれない。
――今まで集めてきた情報から推察すれば
世界の命運は、この怪盗がこの女神を、どうにかすればなんとかなる、と推測出来るからだ。”ゲームのプレイヤーが世界の命運を握っている”のだ。
そんな非現実、本来なら、
――それでもだ
「
大統領という肩書き関係無く、そう思った。そして世界中の多くが、その行為に続いた。
――仮想空間の怪盗はここに来て
世界で一番、有名なGame Player として、その名を轟かす事になった。
◇
――アイズフォーアイズ、メイン都市
「ス、スカイゴールドが来たのは嬉しいけど」
「なんかかフリーズしてない!?」
周囲の者が言うように、肩の上に、汎用アバター姿のリアを乗せた巨大な女神の前で、怪盗スカイゴールドは微動だにしない。
いや、正確には動かない。
昔のVRSNSと同じく、フルトラッキングで無いのであれば、肩で息をする事もないからである。今、リアが見下ろすのは、
――2089年のVRMMOに
2025年のゲーミングPCで乗り込んできた大馬鹿者――
『……有り得、ない』
仮にそれが出来る技術があったとて、わざわざ1からモデリングして乗り込んで、
『有り得、ない!』
それで一体何が出来るのか、VRMMOにフルダイブもしてない状態で、
『十全に、戦う、事が、出来る、ものか!』
怪盗スカイゴールドが、まともに動けるはずもない――リアは、最早、激昂も隠そうともせずに吼えた後、叫んだ。
『やれ!』
すると――観衆の中から、武器を手にした剣士達が飛び出し、スカイへと斬り掛かる。
「え、ちょっと!?」
「何してるんだおまえら!?」
そんなギャラリーの戸惑いの声も聞きはしない。彼等は不老不死を望んでいるリアの仲間達だ。自ら愛の女神に捕食されようとしていた者達は、その前に、リアの命令通り、この不出来な怪盗を倒そうとする。だが、
――スカイは微動だにしないまま
「
そう、直立したまま、まるでロケットが射出するように真上へ飛ぶ!
「ええ、何その挙動!?」
「立ったままジャンプ!?」
慌ててスカイを見上げるリアの仲間達、だが、その瞬間スカイの放った弾丸が、リアの仲間達に正確に命中した。過半数が倒れる中で着地し、まだ体力が残ってる者達が突っ込んできたのなら、最小限の動きでかわしていく。
「うおおお、すげぇ!?」
「怪盗様、やっちゃってくださぁい!」
これら全てが、キーボードとゲーミングマウスによる精密動作である事を、ギャラリー達は知らない。この場でそれに気付いてるのは、リア一人だけである。
『なぜ、どう、やって、そんな』
今やゲームというものは、十字キーとボタンでプレイするものじゃない。無論、レトロゲーの愛好家は未だにいるが、スカイの正体、白金ソラにその趣味はなかったはずだ。
いくらセンスがあるとはいえ、たった一ヶ月でここまで
だが、
「ありがとう! リアさん!」
この時、いきなりスカイは、
理由はとてもシンプルで――
「こうやって遊ぶのも、とても楽しいよ!」
――楽しいから
ギターの天才にとっての練習が、ただの遊びのように、その気持ちこそが、白金ソラが古のゲームスキルを習得した理由。
キーボードをピアノのように打鍵し、マウスをチェロの弦のように滑らせ、背後のソーサラーが放った攻撃魔法をバク転でかわし、そのまま逆に背後を取って、ファントムステップで加速した蹴りを叩き込む。
その一撃で、HPが0になったソーサラーは、うつ伏せに倒れ込んだ。
「うおおお、全部倒した!」
「なんかカクカクしてるけど動きが神ィッ!」
キーボードを叩き、マウスを動かす、そんな、ソラの世代にとっては余りにも遠回りな入力方法こそが、新鮮に感じる理由、魅力を覚える訳。
そう、この時において、世界の存亡がかかっているような戦いにおいてですら、スカイゴールドは、
楽しそうに、笑っている。
「さぁ、遊ぼうか」
――そう告げる怪盗に
リアは、
『……遊びは、終わり、だと、言ったろう』
怪盗とは対照的に、一つも笑わないままに、
『やれ、アイ!』
今度は、実の娘に、攻撃の
「もう一度、予告させてもらうよ!」
それに対してスカイは――ゲーミングヘッドホンのマイク越しに、
「貴方から世界を奪い返す!」
叫びながら、