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―第四十八章 転生者―

「めぇんっ!」


 踏み出した一歩と同時に、アキヒトの頭に目掛けて拓真は一太刀を振り下ろした。アキヒトは全く避ける素振りもなければ、受け止める動作さえ見えない。ただ刀を見るだけで、またも時を止めたようにぴたりと止めたのだ。


「またかっ……!」

「はははっ。本物の刀を使って、剣道? それでいて殺さない? すごいなあ」


 感心しているのか呆れているのか、判断のつきにくい声色で言うと、アキヒトは首を傾げた。それに合わせて刀は横へ逸らされ、拓真はよろけてしまう。


「まあ、君の剣は僕に届かないよ」


 アキヒトは、拓真の足元へ指先を向けた。


「土魔法、“波立つ土イル・ウェイブ”」


 崩れて破片となった石畳の下から、土が盛り上がって拓真の足元を波立たせた。簡単に真っすぐ立たせない状態に、やむなくその場から拓真は離れる。


「ほらね? こんな簡単な魔法でも、君はあっという間に近づけなくなる」


 続けてアキヒトは、手の平を伸ばして天井に向けると、何かを握るような動きを見せた。ゆっくりと開くと、その手のひらの上には、小さな炎が揺らめいていた。


「炎魔法、“炎の玉フレイ・ボル”」


 そして唱えると、炎は拓真に向かって勢いよく飛んでいった。


「遠くからちまちまと……!」


 だが拓真も避けるつもりはない。刀を構えて短く息を吸うと、一瞬だけその刃は虹色に輝いた。


「はあっ!」


 炎は拓真に届く前に、刀に切られて消えてしまった。さすがに思いもよらない結果だったのか、アキヒトは少しばかり目を見開いた。


「おお……ここに住んでけっこう長いけど、魔法を斬る人は初めて見たよ……! それも三大精霊の力のおかげかな?」

「だとしたら、なんだ?」

「やっぱり、君を仲間にしたくなってきたよ……!」


 そう言って、アキヒトは姿を消した。いや、消したのではない。瞬間的に移動し、拓真の目の前までやってきたのだ。


「いっ……⁉」


 アキヒトは、いつの間にか土と石畳が混ざったものを剣のような形にし、片手に持っていた。

 瞬間移動に反応できなかった拓真は、そのままアキヒトの土の剣に身体を吹っ飛ばされてしまう。


「タ、タクマさんっ……!」


 地を這って大広間の隅へ移動していたオーマが、声を上げる。


「俺は大丈夫だ! 君はそこにいろ!」


 ようやくオーマの声に気付いた拓真がそう返事すると、またもアキヒトが迫ってきた。まだ圧が身体を覆う中、拓真はより広い場所へ移動しつつ、アキヒトの土の剣を受けていた。


「俺の剣は届かないつってたのに、届く範囲に来ていいのかよ!」

「だって君は僕を殺さないんでしょ? だったら、その力をもっと確かめたくてね!」


 土と石でできた剣は、エリオットの大剣とまではいかないが、それでも受けるには重たい。弾き飛ばされないよう足に力を入れながら、拓真はアキヒトの雑な剣を受ける。反撃のチャンスを狙ってはいるが、なかなか思うようにいかない。


「そもそもっ……俺を仲間にしてどうする⁉ お前はなんのためにここにいるんだ⁉」

「ははっ、剣でも負けそうになったらおしゃべりタイム? いいよお、僕も君に聞きたかったんだ。君は何のために、この世界に転生したの?」

「俺は……負けてねえ!」


 小馬鹿にするような言い方に、拓真はつい、力を入れて刀を振るう。すると、ガァン! と強い音が鳴った。


「……なっ!」


 土の中に混ざっていた石畳に、刃が少し深めに嵌ってしまったようだ。身動きが取れないと気づいたアキヒトは、ニタリと微笑んで顔を近づける。


「それで? 君がここに転生したのはどうして?」


 拓真は刀を引き抜こうとしながらも、アキヒトを睨みつけた。


「俺は……ウェルファーナと精霊たちに託されたんだ。ある者を倒せって。誰のことなのか、今までさっぱりわかってなかったが……今ならわかる」


 石畳を通じて、拓真の力の加え方が変わったのをアキヒトは察した。もう引き抜こうとはしていない。断ち切ってしまおうと、力を込められている。


「俺は、お前を倒すためにここへ来たんだ!」


 アキヒトが退いた時には、遅かった。


「伊東一刀斎伝授 “切り落とし”!」


 拓真の刀は石畳を割り、そのまま土と石でできた剣を斬った。真っ二つになって割れていく剣を手放すのが遅れ、アキヒトの手の甲がそのまま切り付けられる。


「……!」


 そのままアキヒトの命を絶つために、刀が振り上げられた。拓真自身はそんなことを望んでいない。剣豪憑依の影響だろう。


(だめだ……これ以上は……!)


 だが、拓真は力の暴走をあえて止めなかった。止めたくなかった。止められなかった。言い訳だけは無限に思い浮かび、そして消えていく。身体が熱い。このまま振り下ろせば、血を見ることになる。しかし――


「久々に怪我したなあ」


 なんてことはない。ほんの少し指先を切っただけのような軽さで呟き、アキヒトは笑った。


「土魔法、“阻む土壁イル・ウォル”」


 剣としていた土と石が再び動き出し、今度は壁になって拓真の前に現れた。


「こんなものっ!」


 殴りつけ、拓真は壁を壊す。あっさりと崩れた土壁だったが、その隙にアキヒトは宙に浮かんで拓真と距離を取っていた。


「降りてこい! まだ勝負はついてないだっ……」


 アキヒトにそう呼びかけた拓真だったが、先ほどから発生している謎の圧がさらに強くなり、またも地面に伏せることになった。アキヒトに若干力を奪われてしまったせいだろうか。先ほどよりも圧に抵抗して動くことが、難しいように感じられた。


「う、がっ……!」

「いやあ、僕も続けたいんだけど……彼自身が壊れちゃうと思うから、そろそろ行ってあげないと」


 そう言っている間に、アキヒトは回復魔法を使ったようだ。わずかに緑の光が見えたと思うと、拓真が傷つけた個所はあっという間に治っていた。


「逃げ……るのかっ……!」

「やだなあ、逃げるわけじゃないよ。ただ、僕もいろいろ忙しいって話」


 ふわり、と拓真の身体が浮く。どうやらアキヒトが魔法の力で、拓真を浮かせているらしい。何もできずに身じろぐが、拓真はあっという間にアキヒトと同じ目線まで浮いてしまった。

 戦いの疲労に慣れない魔力の圧。そのせいで鼻血が静かに流れ、拓真の唇と顎を伝って落ちていった。アキヒトがそっとその血を拭い、優しく微笑む。


「やっぱり君は転生者なだけあって、面白いスキルを持っているね。ぜひ仲間になってほしいところなんだけど……もう少し力をつけてもらってからでも、良さそうだ」

「誰がっ……人殺しの、仲間なんかにっ……!」

「あはは。それが僕の役割なんだから、文句は言わないでほしいな」

「……は?」


 人を殺すことを肯定するような答えに、拓真の怒りは再び燃え上がる。しかし、宙に浮いたままでは何もできない。ただただ、余裕綽々で笑みを浮かべる憎むべき男を睨みつける他なかった。


「そういえば、君の名前を聞いてなかったなあ。それだけ教えてくれない?」

「……教える必要なんか、ないだろ……!」

「僕は名乗ったのになあ。じゃあ、いいや」


 軽くそう言うと、アキヒトは手を挙げ、そして勢いをつけて下げた。それに合わせて、拓真の身体が僅かに上がり、次に強く地面へと叩きつけられる。


「がっ……!」


 以前ミルフェムトと戦った時にも、同じような目に遭ったが、それと比にならないほどの強烈な痛みが拓真の全身を襲った。何せ、石畳が割れるほど強く叩きつけられたのだ。


「ああ、ごめんごめん。ちょっとやりすぎちゃったね。君が名乗ってくれないからさ、つい力が入っちゃった」


 悪びれる様子もなく、アキヒトはそのまま二階へと降り立った。叩きつけられた影響で頭から血が流れ始めた拓真は、霞む視界の中、アキヒトの姿を追う。


「ま……て……!」

「それじゃあね、転生者くん。頑張って僕を倒しに来てね」


 アキヒトは、振り返ることなく歩いていってしまった。


「待てっ……もど、れぇっ……! まだ、俺は……たた、か……」


 腕を上げようとしても、すぐに地面へと落ちる。身体は鉛のように動かず、ビリビリと鳴り続ける館に屈服するように、伏しているだけ。

 やがて、拓真は涙を流した。それは血と交じり、赤い涙に変わっていく。


「……しょ……」


 それは、ふと口をついて出た言葉。


「ちくしょう……ちく、しょう……!」


 悔しさが滲んでいるのか。自分が情けなくて出たのか。

 そのどちらとも知ることなく、拓真の瞼は閉じていったのだった。

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