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―第五十章 振り出し―

「タクマ! 起きろ!」


 ぺちぺち、と頬を叩かれる感覚がして、拓真は目を開ける。すると、視界いっぱいに赤毛のもじゃもじゃが目に入った。


「なんっ……コウテツ! コウテツなのか⁉」


 目の前の人物は、紛れもなくガリオン家の館に侵入することを手伝ってくれた鍛冶師、コウテツだった。コウテツは呆れたように頷き、倒れたままの拓真の手を引いて立ち上がらせる。


「よく無事だった、な……」

「それはこっちが言いたいわい。悪運が強いんだのう、お前さん」


 立ち上がった拓真は、言葉を失った。気を失う前に見ていた光景と、大広間の様子がだいぶ変わってしまっていたのだ。

 自分とアキヒトが戦っていたせいもあるのだろうが、天井は完全に崩れて空が見える。瓦礫がいたるところに転がっており、少し視線を動かせば天井の瓦礫に潰されたのであろう私兵の足が見えた。


「お前さんのところだけ、偶然にも瓦礫が降ってこなかったようだな。それで、お仲間は助けられたのか?」

「いや、まだ助けられてなくて……そうだ! この辺に、ガリオン家の長男と、もう一人っ……」

「ぼくなら生きてますよ」


 上の方から声が聞こえ、拓真は振り向いた。二階へ繋がる踊り場に落ちた瓦礫に座っているのは、自らをオーマ・ガリオンと名乗った少年だった。

 オーマの顔を見て、拓真は安堵したように肩の力を抜いた。


「生きててよかったよ」

「タクマさんも、生きてらして安心しました。エルヴァントの支配者と戦い始めて、どうなることかと思いましたけど、ご無事でよかったです」

「……ああ、そうだな」


 エルヴァントの支配者―アキヒト―との戦いを思い出す。

 下手すれば、死んでいてもおかしくなかった。それだけアキヒトの力は強大で、傷を負わせられたことすら奇跡のように思えた。だがこうして生きているのは、三大精霊の加護と、剣豪憑依で力を貸してくれた足利義輝のおかげだろう。

 話しているうちに、拓真は身体にかかる圧が無くなっていることに気付いた。倒れたままだった身体を伸ばし、筋肉を解しながら拓真は訊ねる。


「そういえば、動けるようになったんだな」

「はい。タクマさんが気を失っている間、一度大きな魔力の爆発がありました。そのおかげで、魔力の圧は無くなったみたいです。代わりに、館は崩壊してしまいましたが……」


 寂し気に当たりを見渡してから、オーマは軽い足取りで瓦礫を降り、タクマの元へ駆け寄った。それからコウテツと軽く紹介し合い、話は地下牢のことに切り替わる。


「地下牢は埋もれてないよな……?」


 拓真の不安げな問いに、オーマは少し自信がないように頷いた。


「おそらく大丈夫だと思いますが……正面からは行けなくなりましたね。別の道から行きましょう」

「まさか、崖側から入るというんか……⁉」


 コウテツが驚愕してみせるが、オーマは落ち着かせるように穏やかに答える。


「いいえ、番兵用の入り口があるので、そちらから案内します。一度外に出ましょう。この状態では、私兵たちも散り散りになっているでしょうから、出くわしても何とかなると思います」


 そうして半壊した正面入り口から出て、一行は館に沿って拓真たちは外側へ進み始めた。

 オーマとコウテツが言っていた通り、館は崩れてあちこちに瓦礫が積み上がっていた。そんな中、仲間の救出に急ぐ者、ここぞとばかりに気に入らない相手と殺し合いをする者、略奪行為をして立ち去ろうとする者など、様々な姿の私兵が散見された。だがそのおかげで、無駄な戦いはせずに済んでいる。


「まとめ役の兄様も、父上もいない……もうガリオン私兵団は、ほぼ崩壊しましたね」

「あんたが使っていた私兵は、いないのか?」


 拓真の問いに、オーマは首を横に振る。


「ぼくは私兵団を使っていませんでした。彼らはぼくがガリオン家の人間だとわかっているので、一応命令や指示を聞いてはくれますが……基本的に使っていたのは、父上と兄様だったので」

「そうか……それで、あんたの兄様はどこに?」

「それが、ぼくにもわからないんです。瓦礫が崩れた時に、兄様の姿も一緒に見えなくなってしまったので……」


 思わずその返事を聞き、拓真は顔をしかめた。アキヒトのことは追わなければならないが、その前にエリオットとも決着をつけるべきだろうと思っていたのだ。


「でも、兄様も鍛えている方ですし、実戦で経験も積んでいる方です。あの程度でどうにかなってしまうような方では、ないと思っています」


 オーマの言葉に、拓真も同意するように頷いた。どこか粗があるが、戦う者としてはるかに格上だと、拓真も肌で感じていた。

 また戦う時が来るとは思うが、最優先すべきはロザリンの救出だ。拓真は自身の頬をはたき、気合いを入れる。


「悪いがあんたの兄様は、いったん後回しだ。今はロザリンを助けることに集中したい」

「はい、それでいいと思います。道も……繋がっているみたいですし!」


 明らかに声色が良くなったオーマは、外側から通じる扉を指差した。どうやらこの辺りはあまり崩れていなかったようで、扉付近も比較的綺麗に見える。


「さあ、行きましょう。ロザリンさんも、タクマさんと会うことを待っているはずですから」


 オーマの案内で、扉の中へと入っていく。壁に武具が立てかけてある部屋を抜け、だんだんと地下へ降りていく階段を行き、辺りは薄暗くなってきた。


「うう、寒い……諸島生まれにはキツいわい」

「すぐに出られると思いますから、少しばかり我慢を……あ、れ?」


 地下へ降り、狭い部屋に入ったと思うと、オーマは困惑の声を上げた。その視線の先には、鍵が刺さりっぱなしの扉が開いたままになっている。


「な、なんでここが開いて……まさか!」


 オーマが走りだし、その後ろを拓真とコウテツが続いた。三人分の足音と呼吸が響く地下牢の中、嫌な予感ばかりが拓真の胸を包み込む。

 オーマが立ち止まった場所まで拓真が追いつくと、その嫌な予感は的中してしまった。


「ロザリンが……いない……」

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