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―第五十二章 一時休戦―

 地下牢にロザリンの姿が見えないとわかると、拓真は館の中に戻ろうとしていた。


「だめですよ、危ないですってば!」

「でも、ここにいないなら中にいるとしか!」

「落ち着けタクマ! 今のままでは、何も良い案が浮かばないぞ!」


 オーマとコウテツに羽交い絞めにされても、拓真は無理やり探しに館内へと戻ろうとしていた。しかし、本気を出したコウテツが拓真の腕を後ろに回して押し倒したため、ようやく頭が冷えてきたようだった。

 外からの入り口まで戻り、地面に座って三人はロザリンの行方を考える。


「おそらく、エリオット兄様がどこかへ連れて行ったのでしょう。元々ロザリンさんを連れてきたのは、兄様なのですから」

「連れていくとしたら、どこに連れていくと思う?」

「うーん……元々アキヒト様への土産だとして、連れてきていたみたいなので……でも、おそらくアキヒト様はもうここにはいないと思うんです」


 オーマのその言葉に、拓真は眉を上げる。


「なんでだ?」

「アキヒト様は、メファール村での計画が始まったくらいからここに滞在されていて……それで、昨日発ったんです。なので、本来であれば今日はいるはずがなかったんですよ」


 だから、アキヒトの姿が見えた時に驚いたのだという。


「ですが、父の魔力がひどく暴走していたので、それで戻られたんでしょうね」

「なんでお前さんの親父さんは、そんなに魔力が暴走してるんだ?」

「それは……」

「アキヒト様から力を授かったからだよ」


 コウテツの問いに答えたのは、オーマではなく、エリオットの声だった。

 その姿を見て、拓真はすぐに刀の柄に手をかける。しかし、エリオットはため息をついて舌打ちをするだけだった。


「今はそれどころじゃねえんだよ、クズが」

「……どういうことだ?」

「タクマ!」


 エリオットの後ろから、ロザリンが姿を現す。拓真は声を出すこともできず、ただ口を開いて抱き着いてくるロザリンを受け止めるだけだった。


「よかった……! 絶対来てくれるって思ってた……!」


 拓真を抱きしめるロザリンの身体は、震えている。

 きっと、ここまで心細かったことだろう。助けを待ち望んでいたことだろう。ロザリンの気苦労を思い、拓真はしっかりとその背中を抱き返した。


「ロザリンも……よく、頑張ったな」


 もう一度強く抱きしめ合ってから離れると、ロザリンはオーマへ頭を下げた。


「オーマくん、ありがとう。タクマのために動いてくれて」

「いいえ。ぼくは結局、タクマさんに助けられっぱなしでしたよ」


 そんな朗らかな雰囲気を壊すように、エリオットが前へ出た。


「んなことより、てめえら少し手を貸せ。どうせすぐにはどこも行けねえんだろ」

「なにかあったんですか? 兄様」

「実は……」


 ロザリンがエリオットの代わりに、見てきたものの話をした。ガルトール・ガリオンの身体が変異していたこと。人間を食べていたことを。


「父上が……そんなことを……」

「なんとおぞましい……無駄に力を欲するからそうなるんだ!」

「今はそんな話してる場合じゃねえだろうが、カス」


 オーマは落胆し、コウテツが意見を申したのを、エリオットが反発した。

 乱れつつある場をなんとか宥めつつ、拓真はガリオン家に問う。


「なんであんたらのお父さんは、力を求めたんだ?」

「時間がなさそうなので簡単に言いますと……父は、騎士として認められようとしていました。ですが、王都アダルテでは認められず……しかし、アキヒト様には騎士として認められ、尽力している褒美としてさらに力を与えられました」

「アキヒト様の有り余る魔力を、その身体に受けたんだ。もっと強くなるためにな。昨晩から魔力を取り込むのに苦しんでいるのは、知っていたが……」


 エリオットは言葉を失ったものの、目つきは鋭いままだ。魔法で自分の大剣を呼び出し、それを肩に担ぐ。


「とにかく、親父はもう親父ではなくなった。私兵どももいねえし、戦える奴らと言ったら今ここにいるてめえらくらいだ」

「それで、あんたの父親を討つために手伝えって?」


 呆れたようにいう拓真に、エリオットは詰め寄る。


「やらねえともっと大変なことになんだぞ」

「正直、メファールの村に酷いことをしたあんたの頼みなんて、聞きたくないんだ」

「今は関係ねえだろうがよ……そんなに気になるなら、てめえとのケリを先につけた方がいいか?」

「言っとくが、俺はあの時より出来るぞ」


 今にも戦いが始まりそうなエリオットと拓真の間に割って入り、ロザリンは双方の顔を見た。そして、やめなさいと首を振って訴える。


「エリオットさんはガリオン家として、身内の不祥事は広まる前にどうにかしたい、っていう考えなのよね」

「……ああ?」

「うーん、ごめんなさい。言い方が悪かったわ。つまるところ……責任を取りたいって、思っているんじゃない?」


 ロザリンのその言葉に、エリオットは頷きもしないが、黙って見つめていた。


「このまま放っておいたら、きっとガルトール公は怪物として、この地方一帯を暴れるでしょうね。そうなれば、ガリオン家は汚名を着せられることになる……だから、今こうして手練れが揃っているうちに、なんとかしたいって思っているのよね?」


 エリオットは、何度か小さく頷いてそれを肯定した。

 拓真はなんとも心地の悪さを感じたが、討たねばならない相手であるアキヒトが絡んでいるということであれば、関わらないわけにもいかないと思っていた。


(もしガルトール公が正気を取り戻して、野口秋人の情報を手に入れられるのなら……)


 ならば、一時休戦して手を組むべきか。どちらにせよ、エリオットの言う通りすぐにどこかへ行けるというわけでもないのだ。


「……まあ、しょうがないな」

「あぁ? んだてめえ」

「手を貸してやるって言ってるんだ。そんな態度をとること、ないんじゃないか」


 そう言って、拓真は手を差し出した。エリオットは突然差し出された手に困惑し、拓真と手を交互に見つめる。


「……協力するんだから、手を取り合うって証明を見せてほしい」

「なんで俺がてめえなんかと……」

「じゃあ、あんただけでどうにかするんだな。メファールの村でのことも、俺は許していないしな」

「……チッ」


 エリオットは乱暴に拓真の手を取り、一瞬で手を離した。


「親父を討つまでだからな。その後はその女をまた渡してもらうぞ」

「待て、なんでロザリンをお前に渡さなきゃいけないんだ? それはおかしいだろ」

「はいはい、そこまで! 今は仲間なんだから、無駄に体力を使わないでよね!」


 ギャーギャーと騒ぐ三人を見て、オーマとコウテツは顔を見合わせて肩を竦める。

 討つ目標が扉の影から出つつあるのを、五人はまだ知らない。

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