「それで、どうやって戦えばいいんだ?」
「んなことくらい自分で考えろ。その空っぽな脳みそでよぉ」
一時的に協力体制をとるとは決めたものの、エリオットはすぐに喧嘩を売る
「タクマは今のガルトール公を見ていないもの、私とあなたで作戦を提案しないといけないでしょう?」
「はっ。提案つっても、人間相手じゃねえんだ。多分、決めてもどうにもならねえぞ」
「それならもっと情報をくれんか? ワシらも今のままじゃ立ち向かうにしても、不安しかないぞ」
コウテツの言葉に、エリオットは面倒くさげに深く息を吐くも、口を開く。
「大方はさっき話した通りだ。身体はもう人間のものじゃねえ。下半身がでけえ肉になっていて、そこから気持ち悪ぃ蔓みたいなのが伸びてくる」
「動いているものに対して、反射的に伸ばしているようなの。大きな動きを見せたら、すぐに肉の蔓が飛んでくるわ」
エリオットの説明に補足するように、ロザリンも話す。その説明を聞き、拓真は渋い顔を見せた。
「動きを見せられない以上、正面突破は無理そうだな……それだと、奇襲をかけるとか?」
「まだ部屋の中にいるようでしたら、音を立てないようにゆっくり動いて、背後に近づいてみるのはどうですか?」
オーマの提案に、ロザリンは首を横に振る。
「少しよろめいただけの兵士さんの動きすらも見ていたようだから……それはちょっと難しいかもしれないわ」
どの程度の動きに反応するかもわからないけど、と続けようとしたところ、それを遮るようにエリオットが声を上げる。
「だからよお……わからねえことも多い以上、結局は正面からぶつかるしかねえってことだ」
そういうと、エリオットは自分の大剣を魔法で呼び出し、肩に担いだ。もう戦う準備は万全といった様子で、ガルトールがいるであろう部屋の方角を見やる。
「無駄に喋ってねえで、そろそろ向かうぞ。移動して他の餌を探し回られても、困るからな」
「待て。ワシから一つ提案がある」
進みだそうとするエリオットの背に、コウテツが呼びかける。怠そうに振り向いたエリオットは、続きを促した。
「ワシは力が自慢だ。体力、攻撃ステータスもお前さんたちよりずっと高い自信がある。だから、ワシがガルトールとやらの前に出て、囮になるのはどうだ?」
コウテツの提案に、エリオットは片眉を上げて反応を示す。興味が出たのか、顔だけではなく身体までコウテツに向け、さらに続きを促した。
「ワシが奴の前に出れば、肉の蔓を伸ばしてくるだろう。それを掴み、動きを止めている間にお前さんたちが斬りかかるといい。さすがに三本の剣があれば、どんな化け物だって倒せるだろ」
一に拓真、二にエリオット、そして三にオーマを指差し、コウテツは頷く。ロザリンはエリオットにここへ連れてこられる前に、メファールの村で剣を落としてしまっていた。守られるだけの存在になってしまっていることを悔やみはするが、現状ではどうすることもできないので、ロザリンもコウテツに倣って賛成の頷きを見せる。
「おもしれえ作戦だ。よし、それで行くぞ」
「でも……」
機嫌が良くなっていたエリオットの言葉を遮ったのは、弟であるオーマであった。
「それは上手くいけば、の話ですよね。父上は半分ほど怪物になっていても、上半身は人の形で、剣も扱っていたのでしょう?」
「ぐだぐだうるせえな。何が言いてえんだ?」
「……もし、失敗してしまったら……コウテツさんは……」
オーマの言いたいことは、拓真も危惧していることだった。剣の手練れが怪物と化し、元々の剣の腕以外にも力を手に入れているのなら、ここにいる全員で止められるかどうかすらも怪しいと思っている。
それをエリオットは、馬鹿にするように鼻で笑った。
「戦いにおいて、死者が出ないことなんざありえねえ。おっさんの命と、いずれ親父に食われるその他大勢の命、どっちを護るべきだっていうんだ?」
「そんなの、両方に決まってるだろう」
必ず問われることに、拓真はきっぱりと答えを出した。
「あ? てめえ、そんな甘ぇこと言ってよぉ……頭沸いてんのか?」
「俺は誰も死なせるつもりはない。みんなで生き残るんだ」
「どうやって?」
エリオットが喧嘩腰であろうとも、拓真は至って冷静に向き合う。
「コウテツが囮になってもらう案は、そのまま使う。正面で抑えてもらっている間に、俺とあんたとで背後に回り、ガルトール公を襲撃するんだ。そして今度はこっちに気が向いた時、オーマくんとロザリンでコウテツの拘束を解いてもらう」
「肉の蔓はいくつも出るんだぞ。俺とてめえも襲われんだろうが」
「まさか、それくらいも退けられないっていうのか? あんたほどの剣の使い手が?」
ちら、と拓真はエリオットの持つ大剣を見た。鈍い輝きを放つ大剣は、沈黙を貫いている。
エリオットは歯を食いしばり、拓真に殴りかかるのを抑えた。その代わりに額を突き合わせるほど近付き、威嚇するように睨みつける。
「言ってくれるじゃねえか……いいぜ。てめえの作戦、乗ってやんよ」
「ありがとう。協力してもらえて助かるよ。コウテツもそれでいいか?」
「いいぞ。ワシも簡単に死ぬつもりはないしな」
コウテツは掲げた片腕をもう片手で叩き、良い音を鳴らした。
拓真とコウテツの態度が気に食わないのか、エリオットは唾を吐き捨ててから先に歩き始める。
「てめえらさっさと来い! んなとこに突っ立ってても、終わらねえんだよ!」
「その前に、もう一つだけ」
「うるっせえなあ! んだよ!」
拓真の言葉に、エリオットは振り向かずに答えた。苛立っているのか、エリオットは後頭部をガシガシと力任せに掻く。
「あんたとオーマくんは……父親を手にかけることになるんだぞ。本当にいいのか?」
その時、エリオットの纏う空気が変わったのを、拓真は確かに感じた。冷たい水を打たれたような、静寂。先ほどまでの話し合いが意味を為さなくなったとしても、拓真は聞いておきたかった。
オーマは、エリオットから答えるのを待っているようだった。ただただエリオットを見つめ、自分は口を噤んでいる。胸の内が同じであるかどうかを、不安に思っているようにも見えた。
ほんの僅かな時間が流れ、エリオットが口を開く。
「親父はいない。俺の親父は、もっとずっと昔に死んだ」
そして、今度は怒鳴ることなく、エリオットは先に一人で進んでしまった。
拓真はオーマにも振り向く。オーマは困ったように微笑んだが、腰に差した細剣を手に取って答えた。
「父上は、ずっと前から……ぼくたちの父上ではなく、名声と地位を求めるだけのガルトール・ガリオン、その人でした。つまり……討つ覚悟は、できています」
兄弟二人の意見に、拓真はただただ複雑な心境だった。しかし、ここで慰めと同情を向けている余裕はない。
「わかった。俺たちで、倒しに行こう」
ならばせめて、寄り添うまで。
拓真の返事に頷いたオーマが駆け出し、その後ろをロザリンが追いかける。残ったコウテツと目配せをして、拓真も戦うために駆け出した。
その腰に差した、刀の柄に手をかけながら。