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―第五十四章 ―急襲―

 ガリオン家の屋敷内は、動く者がいないのか、異様に静かだった。

 エリオットとロザリンが出入りした屋敷の入り口から入り、ひび割れた廊下を通って、拓真たちは階段を上っていた。聞こえるのは、細かな瓦礫が時折崩れる音だけ。そして、五人分の重い足取りだった。


「この階段を上がりきれば親父の部屋だ。そろそろ用意しておけよ」


 エリオットの言葉に、拓真とオーマは武器の柄に手をかけた。ロザリンは生唾を飲みこみ、コウテツは拳を突き合わせる。

 階段を上がった先の階は、空気が淀んでいるような感覚があった。身体に纏わりつく、もったりとしたような空気があるような気がして、拓真は肩を回す。

 そして、その空気が漏れ出ているであろう、大きな扉を五人は見た。

 声は出さず、エリオットが扉を開けると手で示す。コウテツは両足に力を込めて、扉の正面に立った。その後ろにはロザリンとオーマが控え、拓真はエリオットと挟むようにして扉の横に立つ。

 細く息を吐き、拓真は刀の柄に集中した。


(誰も死なせないように……力を貸してくれ!)


 そう祈りながら、ぐっと柄を掴む。それとほぼ同時に、エリオットが扉を蹴破った。


「来い!」


 コウテツは腰を落とし、肉の蔓―触手―が伸びてくるのを待った。しかし、部屋の中の暗がりからは、何も現れない。


「……なんだ? もっと前に出ないとだめか?」


 恐れることなく、自らの役割を果たすためにコウテツは前へと出る。だが大袈裟に腕を振ってみたり、床を踏み鳴らしてみても、触手が伸びてくる気配はなかった。


「どうやら作戦は失敗したようだな……」

「だから言ったじゃねえか。作戦なんか立てても、どうにもならねえって」


 コウテツが肩を落とすと、エリオットは呆れたように小さく言った。それでも大袈裟な動きを続けるコウテツを止めて、オーマがひっそりと呟く。


「……もしかして、もう、父上は部屋にいないのでは?」

「確かめてみよう」


 今度は拓真が前に出て、部屋へと足を踏み入れる。無論、細心の注意を払ってはいるが、部屋の中に何かがいる音も、息遣いも聞こえなかった。


「部屋が暗すぎるな……カーテンを開けてみようか」


 あまり部屋自体は崩れていなかったので、重たいカーテンはついに開かれることとなった。拓真によってカーテンは開かれ、夕焼けに変わる前の太陽が、部屋の中に差し込まれる。


「こ、これはっ……」


 部屋を覗き込んだオーマは、そのまま後ずさりをして、顔を背けて膝をついた。そしてそのまま、胃の中の物を全て吐き出す。ロザリンが心配して、まだ青く若い背中を優しく撫でてやった。


「なんとも……惨いもんだ……」


 コウテツは吐くことはしなかったものの、直視をし続けることは厳しいようで、目を逸らす。


「……散らかすだけ散らかして、満足したみたいだな」


 拓真は目を細めつつ、部屋の中の惨状を確認した。

ガルトールがいたであろう大きな赤黒い染み。その周りに散らかる人間のあらゆる部位。そしていくつかの剣が、床に突き立てられていた。


「くそっ、あのクソ親父! でけえ図体しておきながら、どこいきやがっ……」


 ガルトールがいない事実に壁を殴り、怒りを露わにしたエリオットだったが、部屋に光が差し込んだことによってあることに気付いた。


「……そう遠くには、いけねえよなぁ?」


 部屋の外へ向かって、血が伸びていたのだ。何かが擦れてついたのであろう、血の跡が。


「どうしたんだ、エリオット」

「気安く呼ぶんじゃねえ、カス。見てみろ」


 エリオットの様子に気付いた拓真が駆け寄り、二人は血の跡を見る。それは、掠れつつではあるが、確実に同じ階の反対側へと向かっていた。


「あっちには何があるんだ?」

「……私兵どもの休憩所がある。もしかしたら、餌があると思って移動したのかもしれねえな」

「まだいるかわからないけど……一度見に行ってみようか」

「んなことわかってんだよ、指図すんな」


 じろりと拓真を一瞥してから、エリオットは血の跡を追いかけて歩き出した。拓真はロザリンたちに様子を見てくる、と言ってエリオットの後ろにつく。

 ガルトールの部屋の反対側は天井が崩れている箇所も多く、瓦礫が階段のように積もっていた。つまり、外に出ようと思えば、いつでも出られる状況だ。しかし、ガルトールが残したであろう血の跡は、瓦礫の上を這って行った形跡はなかった。


「どういうことだ……?」

「図体がでかすぎて、瓦礫に乗り上げられなかったんだろ」

「だとしたら、下の階に向かったとか?」

「俺が知るかよ。だが、可能性としてはありえなくねえ」


 様々な考察をする拓真とエリオット。話しているうちに、エリオットは高く積まれている瓦礫に上り、外を見渡した。


「外に出ていたなら、まだ近辺に残ってる私兵どもが食われてるだろうしな。奴らの襲われている声がしねえなら、まだ屋敷内をうろちょろしてんだろ」


 チッ、と舌打ちをしてから、エリオットは瓦礫を降り始める。


「早く探しに行かないとな……」

拓真はロザリンたちの元へ戻ろうと、先に歩き出す。すると、ガラガラと瓦礫の崩れる音がした。


「おい、だいじょう……」


 エリオットがこけたところで、手を貸すつもりはない。それでも、反射的に振り向いてしまうわけで。

 しかし、そこに転んだエリオットはいなかった。振り向いた拓真の目に映ったのは、瓦礫の下から起き上がる大きな肉塊が繋がったような人間と、その人間に足首を掴まれて逆さ吊りになっているエリオットの姿だった。


「なっ……エリオット!」

「こんのっ……クソ親父がああああっ!」


 エリオットを掴む人間―ガルトール・ガリオン―は、虚ろな目をしたまま、ニタリと微笑んだ。そして、おおよそ人間のものとは思えない歯列を見せつけながら、その牙をエリオットへと向ける。

 零れ落ちる唾液が、食事への期待を見せつけた。

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