誰かに見られているような気がして、拓真は薄暗くなりつつある森を振り返った。
「タクマ? また何かを感じたの?」
「……うぅーん。いや、やっぱり気のせいみたいだ……」
実はコウテツの鍛冶場から出発して、何度か気配を感じて振り返っていたのだが、毎回何もいないのだ。疲れているのかなんなのか、よくわからないと思いつつ、拓真は再び前を向いて歩きだした。
「ひぃ、ひぃ……もう日が暮れるのか……こんなに歩いたのなんて、初めてだわい……」
その少し後方を、コウテツが肩で息をしながらついてきていた。さらに後ろには、背中を押して手伝っているオーマがいる。
「コウテツさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫だと言わんと、誰も進めなくなるからな。ワシは弱音は吐かんぞぉ!」
そう言って背中の荷物を背負い直すと、そのままコウテツは前に倒れた。地面は整えられていない道なので、立ち上がったコウテツのもじゃもじゃの髭には、砂利がたくさんついてしまっていた。
「まったく、道もひどいもんだ。村が近くなっている気がせんよ……」
「一応、近づいてはいると思うんだけど……みんなも疲れているみたいだし、今日はこの辺で野宿でもする?」
ロザリンの提案に、拓真は悩む。少年に老人、そしてうら若き乙女。ガリオン私兵団も散り散りになっているというので、この辺りで遭遇しないとは限らない。できれば村について、どこか建物で寝られるのが一番安全で理想的だと考えているところで、馬の足音がした。
「誰かしら……?」
「俺が前に出るから、ロザリンは二人と隠れていてくれないか」
拓真がそう指示して、ロザリンはコウテツ、オーマと共に茂みの深いところへ身を潜めた。
やがて道の真ん中に立つ拓真の前に現れたのは、松明を手にして馬を歩かせる、一人の男だった。
「何者だ!」
男は険しい表情で、拓真を問い質す。拓真は敵意がないのを示すため、両手を上げて答えた。
「俺は怪しい者ではない。ただ、メファールの村に行きたいだけだ」
「メファールの村に……? 貴様、まさかガリオン家の!」
「待って!」
「なっ⁉ 仲間がいたのか!」
馬に乗る男が首から下げていた笛を鳴らす直前、ロザリンが茂みから飛び出した。
「私はロザリン・ライトフィールズ! 王都アダルテの剣術協会の一人よ!」
「剣術協会の……⁉」
男は驚き、笛を指から離した。馬から降りた男は、ロザリンをじろじろ見る。
「……本物か? ライトフィールズさんは、ガリオン家に連れ去られたと聞いていたが……」
「助けられたのよ、ここにいるタクマにね。ねえ、あなたは傭兵ギルドの方? アルバさんも近くに来ていたりするかしら?」
「隊長を知っている……? ふむ……いいだろう。一度、隊長のところへ案内する」
男は傭兵ギルドの長であり、剣術協会の一員であるアルバの名が出ると、その表情を若干和らげた。再び馬にまたがると、道案内をするために進み始める。どうやらメファールの村まで、もう少しという距離らしい。
「よかった! やっぱりメファールの村に、まだアダルテから人が来ていたのね」
「この調子なら、早めにアダルテに帰れそうだな。みんな、あの人についていこう」
拓真の声に、コウテツとオーマも茂みから姿を現す。もう少しで休めるとわかったからか、皆の足取りは少しだけ急いているようだった。
そんな中、コウテツはロザリンの姿を目に捉える。
(確かにライトフィールズと言っておった……ということは、あの子はやはり、ライラ様の……)
コウテツの思考は、灯りが見えてきたことで切り替わる。
「おお、灯りだ!」
「とはいっても、村の灯りってわけじゃないんだけどな……」
できるだけ喜びを否定しないように、拓真は補足する。メファールの村の周辺には、松明があちこちに置いてあり、魔獣を警戒してなのか武器を持つ男たちが巡回をしているようだった。
メファールの村は、拓真が最後に見た記憶からほぼ変わっていなかった。変わったことといえば、すぐ近くに多くの墓標が立てられているということだろうか。それを見てオーマは心を痛めているのか、指を組んで祈りを捧げつつ歩いている。
馬に乗った男は、両脇に畑のある道を通った。そこはエリオットが転送魔法で、村人たちをどこかへ送っていた畑だった。魔法陣はどうやら残っているようで、その周りではいまだに人々が何かを調べているのか、畑に膝をついている。
「ん? あれって……」
何かに気付いたロザリンは、畑へと足を踏み入れていった。馬に乗った男の静止も聞かずに、ロザリンはある人の元へと一直線に駆けていく。
「ロダンさん!」
大きな声で名を呼ばれた魔法協会の長であり剣術協会の一員であるロダンは、振り向いて立ち上がると、驚いたようにぽかんと口を開けた。
「ロ、ロザリン……⁉」
駆けてきたロザリンの手を取り、ロダンは何度もその姿を上から下まで眺める。
「なんと……! ガリオン家に攫われたと聞いておったが、まさか自力で帰ってくるとは……!」
「いいえ、自力じゃないんです。タクマが助けてくれて……向こうでも、助けてくれた人がいて……」
ロザリンは、タクマとコウテツ、そしてオーマを手招き、ロダンに紹介した。馬に乗った男はロダンとロザリンたちが話しているのを見て、個人的に抱いていた疑惑が晴れたらしく、そのままアルバの元へと向かったようだった。
ロダンは、拓真の姿も見て驚く。
「タ、タクマ殿まで帰ってくるとは……! 今や剣術協会の中では、おぬしらは行方不明扱いでな。早急にミルフェムト様へお伝えせねば……」
慌てた様子で紙とペンを取り出したロダンの手を、そっとロザリンが手を重ねて止めた。
「私たちも話さなくちゃいけないことが、たくさんあります。お手紙を出す前に、まずは聞いてもらえませんか?」
そう言ったロザリンに、ロダンは深く頷く。
話をするために、拓真たちはメファールの村の一時的な拠点に案内されることとなった。
村内を移動中、拓真の鼻頭に何かが落ちてくる。
「うへぇ、なんだこれ……鳥の、糞……?」
べっとりとした不快感のあるものは、松明の灯りしかない暗がりの中では良く見えない。拓真はあまり深く気にすることなく、すぐに拭って拠点として建てられた簡易的なテントの中へと入っていった。
その上空では肉の溶けた鳥が一羽、旋回しながら様子を伺っている。片方しかない頼りない目玉は、拓真の姿をきっちりと捉えていた。