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―第六十章 明けない夜―

「ロザリン! タクマも! 良く帰ってきたなあ!」


 テントの中に入ると、傭兵ギルドの長、アルバが出迎えてくれた。乱雑に拓真とロザリンを同時に抱きしめると、オーマの存在に気付き、すぐに駆け寄った。


「この子はどこで保護してきたんだ……⁉ 大丈夫か、ボウズ。怪我は? 痛いところとか何もないか?」

「お、お気遣いありがとうございます! ぼくは大丈夫です!」

「そうか? 元気のいいボウズだな。よし、話は飯を食いながらでも大丈夫だよな、ロダンのじいさん?」

「かまわんよ。それより、声量をもうちと下げてくれんかね……」


 アルバは「そうだな!」と中身のない返事をして、すぐに食事の用意をしてくれた。オーマはアルバの勢いに気圧されたのか、ぽかんとしたままでいる。


「アルバさんって、ああいう感じの人だっけ……?」


 見ているだけでも気圧されてしまった拓真は、そっとロザリンに耳打ちする。


「元々孤児院の先生をされていた方でね……若い子のことは、どうしても甘やかしちゃうみたい」


 一度は四十歳まで生きた身なので、どことなく複雑な心境で頷く拓真。すると、野菜や肉がたっぷりと入ったスープが目の前に置かれた。ロダンやコウテツの分と比べると、ずいぶんと多い。


「ア、 アルバさん……こんなに、いいんですか?」

「いい! 食え!」

「それじゃあ……いただきます」


 数日ぶりの満足がいく温かい食事に、拓真は舌鼓を打つ。コウテツも「なかなか美味い」とがっついており、オーマは丁寧ながらも多量な食事をしっかりと食べているようだった。

 そんな中、ロダンは紙とペンを取り出し、ロザリンへと身体を向ける。


「さて……食べながらでも良い。ガリオン邸で何があったのか、聞かせてもらおうかの」


 ロダンの言葉に、ロザリンは拓真と顔を見合わせる。どこから話そうか、何を話そうか。言葉がなくとも目で伝えあったところで、ロザリンが口を開く。


「まず……ガルトール公は、私の手で討ちました」


 その言葉に、ロダンとアルバは目を見開いた。


「なんと……一体何があった……?」

「これから細かくお話させてください。それから、改めて紹介します。この子はオーマ・ガリオン。ガリオン家の、三男にあたる子です」


 ロザリンに紹介されると、オーマは食事の手を止めて、深く頭を下げた。


「この度は、ぼく……わたしの父と、兄による攻撃で、多大な被害を生み出してしまい、申し訳ございませんでした。謝って済む問題ではないですが……ガリオン家で何があったのか、情報を皆さんに提供させてください」


 オーマは、ガリオン家とエルヴァントの支配者―アキヒト―との関係を、全て話した。その間、ロダンの紙とペンは魔法にかけられているのか、宙に浮かびながらオーマの言葉を全て書き写していた。

 そして、怪物と化したガルトールを討ったことは、ロザリンと拓真が主体となって話す。メファールの村を襲った犯人であるエリオットは、戦いの最中に逃げられてしまったと、拓真が補足して嘘の説明をした。

 ガリオン家での出来事を話し終えると、ロダンは難しい顔をして話の内容を記した紙を見ており、アルバは顔面をくしゃくしゃにしながら泣いていた。


「ぐっ……! 父親を失っても……兄が逃げたとしても……なおのこと、ガリオン家の者として責任を果たしにここまで来るなんて……くぅうっ……! なんていい男なんだ、オーマよ!」

「それがぼくのできる、唯一のことなので……」

「えらい! よく頑張ったな! もう一杯、飯食うか⁉」

「アルバ殿、少し黙っててくれんか……」


 ロダンはふぅ、と重たいため息をつく。その様子が気になって、拓真はそっと訊ねた。


「何か、気になることでも……?」

「……果たして、本当にガルトール公は討てたのだろうかと、思ってな」

「え……?」


 不穏なロダンの言葉に、その場の全員が視線を寄せる。


「館が崩壊する魔力爆発の前日……タクマ殿とロザリンがガリオン邸に連れていかれた日に、儂はここで転送魔法陣を調べていたんだが、その時に大きな魔力が動くのを感じてのう。この村と、ガリオン邸の距離でだ」

「それが、何か問題でもあるんか?」


 コウテツがさっぱりわからないと言った様子で訊ねると、ロダンは顎を撫でつつ、難しい顔で答えた。


「歩いてほぼ一日かかるような位置で感じる魔力というのは、相当大きなものだ。剣術を学んでいたガルトール公は、おそらく魔力ステータスはそんなに高くないだろう。そういった並大抵の人間があれほどの魔力を受け入れるのは、非常に難しい」


 ロダンは、皮でできた水筒を取り出した。


「それでも無理矢理受け入れようとすると……魔力がこうして、溢れ出してしまう」


 水筒を軽く振ると、ちゃぷちゃぷという音が聞こえた。そこへロダンが蓋を開けて、さらに水を注ぎ込む。見ていると、案の定水が溢れ出してしまった。


「これがおぬしらの感じた、魔力の圧ができている状態。これをどうすれば解決できるかというと……」


 すい、と指で何かを呼び寄せる動作を見せると、ナイフがロダンの目の前までやってきた。そしてロダンが突くような動きをすると、ナイフは水筒を飲み口付近を一周するように差して穴をあける。


「器を壊し、程よく魔力を受け入れられる状態にすると、魔力爆発が発生する。そしてその影響で生まれたのが、おぬしらの討った怪物……いや、魔獣というべきだろう。魔獣化したガルトール公だ」

「でも、それが討てたかどうかっていう、疑問に繋がるのはなぜ……?」


 拓真が続けて問いかけると、ロダンは少々俯き、目を閉じた。


「魔獣は、いくつもの生き物を魔法で掛け合わせて作られた魔法生物。最近の研究で、魔獣は獣と人間を魔法で掛け合わせ、作られたものとわかった。そして魔獣は、命を絶たれると魔法の粒子となり、消えていく……だが、ガルトール公の身体は消えずに、残っていたのだろう?」

「に、人間が……魔獣?」


 拓真は、魔獣と戦った時のことを思い出す。確かに、いずれの魔獣も複数の動物的な特徴があり、倒すと光となって消えていた。だが、あれが人間だったなんて、到底信じられない。


「お、俺は……人間を……?」

「人間が材料とはなっているが、もはや魔獣となってしまっては人ではない。おぬしが斬り捨てているのはあくまでも魔獣だ、タクマ殿」


 ショックを受けている拓真を宥め、ロダンは話を続ける。


「それで、儂が何を言いたいのかというと……ガルトール公は、死んでいない可能性がある。壊れていた器を、整えてしまったのではないかと思うのだ。つまり、おぬしらはガルトール公を討ったのではなく……」


 ロダンは水筒に対し、横向きで真っすぐに指を動かした。ナイフは柔らかなケーキを切るかのように水筒に入り、そのまま穴を開けた箇所より少し下を切り取っていく。新たな口が生まれた水筒は、溢れた水が落ち着きつつあり、ぴったりと収まって小さな水面を見せた。


「魔力に見合う、身体にしてしまったのでは……?」


 落ちた水筒の一部を見て、拓真、ロザリン、オーマ、コウテツは、皆が同じものを思い返していた。わざとらしく肉塊から切り離されたかのような、ガルトールの人間体を。


「で、でも!」


オーマが身を乗り出して、ロダンに問う。


「父上の変わり果てた姿は、他の生き物を入れたとは思えませんでした。仮に父上だけに……人間に魔力を与えただけなら、魔獣化とは言えず、ただただ身体が変異してしまっただけでは……?」


 その問いに、ロダンは首を横に振った。


「すまないが、なんとも言えぬ。おぬしの父親は、魔獣と化してから力を求めて、人間を食べている。それが他の生き物と組み合わされたことになるのか、それともただ溢れた魔力を取り戻すだけの行動だったのか……」

「それなら、魔獣と違う変化を起こし、ロザリンたちが討った。それで話は終わるんじゃないのか? もう子どもにつらい話を、何度もさせないであげてくれ」


 アルバも口を挟むが、ロダンはそれを無視して話を続ける。


「しかも魔力を与えたのは、エルヴァントの支配者本人。相当な魔力を持っていると話は聞いている。ましてや、身体が変異するほど魔力を注ぎ込まれた人間の前例など、儂は知らぬ。だからこそ、儂は怖いのだ」


 もはや誰も口を開かず、魔法のことを良く知っているロダンの話に耳を傾けている。ロダンは話の内容を記した紙に何かを加筆してから、魔法で鳥の形に折り、テントの外へと飛ばした。鳥の形になった紙は、地面に接しそうな低さで飛んでいく。

 沈黙が続くテントの中で、ロダンは警告するように声を低くして皆に言い聞かせた。


「普通ではないことが起こっている。あらゆる事態を想定しておいたほうがよかろう。きっとこの戦いは、まだ終わっていないのだから……」

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